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「ごめんなさい」その九十六_第九十三話_笑顔で乗り越えていける

 こんばんは、三日月です。
 今回は大事なお話。いつかは来ることを描きます。「これ仮にも官能小説でしょ? これって必要?」と思われるかもしれませんが、官能小説にせよ萌え小説にせよ、「お話」でありますので、作者はその部分も書きたいのです。「官能小説」ならば、小説でなければ官能できないのではないかと、思っていたりいなかったり。
 これ以上は蛇足ですので控えますが、読んでくださればこれ幸い、作者至上の喜びであります。ぜひともページをめくっていただけたらなと(ウェブでそういうのもあれですが)。この連載が完結した折には、ぐだぐだと蛇足の続きを日記としてでもしたためようかなぁ、と。せっかくブログ上でのことですしね。あ、ここを読んだことは秘密ですぞ?
 拍手コメントメール、いつもありがとうございます。励みになっております。
 次回予告のコーナー! 次回はようやくの、千歳さんたちの学園祭になります。懐かしいなぁ……(二回目)
 それでは第九十三話です、どうぞ。




















 九十三 笑顔で乗り越えていける








「おばあちゃん? おばあちゃん!」


 自分の勤める、病院への救急車に運ばれていく、愛する祖母。虫の知らせを感じ、慌てて帰ってきたときにはもう、おばあちゃんの顔は苦悶に彩られていた。急変した祖母の体は、あまりにも早く、終わりへと向かっていた。自分が看護師なだけに、これは、これはもう、戻ってくることが難しい類の、容体だと、わかって、しまう。


 いえ、いいえ。
(いずみ)は、あたしはそんな判断ができないほど、動揺しているから、きっと、助かる、助かるの。うちには相良(さがら)先生だって五十川(いそがわ)先生だっているわ。きっと助けて、くれ……


 涙が止まらない。救急車も止まらず、病院へと走っていった。


『元気でやるんだよ、泉』


 最後にそう、言ったきり。おばあちゃんの瞼は、開かなかった。
















 私は例の寄付について、
中川(なかがわ)の祖父から話を聞くことになり、今日がその日だった。


 外で会うことになり、適当な飲食店を見繕って、個室で話となる。やってきた中川の祖父は(本人は忙しかった)、白髪のおじいさんだったが、まだまだ現役と思える眼光の鋭さがあった。


「で、なにが聞きたい? ええっと、
深町(ふかまち)の、憲邇(けんじ)くんだったか?」


 運ばれてきたお茶を飲みながら、挨拶もそこそこに彼が聞いてくる。私はすぐに話に移った。


「寄付金のことです。単刀直入に聞きますが、あれは一体なんなんですか? それ以外にも、最近妙に話がすんなりいくことがあるんです。そのたびに、中川の祖父、つまりあなたの名前が聞こえます。なにをしているんですか?」


 九月に入って以降、ずいぶんととんとん拍子に話は進んでいっている。ありがたいことだが謎ではあった。先に話が伝わっていることが、無視できないほどの数あったのだ。


「迷惑だったかい?」


「いえ、助かってます。どう交渉しようかと思った相手に、話が通じていて、しかもすんなりと協力してくれる。なにか根回しをしてくれているんだとは、すぐにわかりました」


「ああそうだ。医者が苦労しているのは知っている。協力しようと思ってね。まあ、教師も大変だそうだが。医者を増やそうってのはいい試みだと、思ってね」


「それでしたらどうして、堂々とこちらに知らせてくれなかったんですか。不気味でしたよ」


「ああ、いや、すまない。なるたけそっちにはバレないようにしてくれって、頼まれてね。わしは代行だ、わしのつてを頼ってきた人がいてね、その人にわしは恩義がある。だから君たちに協力したんだ」


「誰ですか、その人は」


「それだけは教えられない。君たちに協力する代わりと思ってくれればいい」


「……スジものの手を借りたとなれば、この話はご破算になりかねませんが」


「ああ、そっちになるか。そこは安心しろ、わしが保証してやる」


「なら、名前を出してください。出自のわからない金や、人の協力はありがた迷惑です。それなら私たちは私たちだけで頑張ります、教えてくれないのなら、以後お節介はやめていただけませんか」


「……なるほど、あの人が協力してやってくれというわけだ。青いくせに、まったく」


「答えてください」


「うーん、それとなくでいいか? わしは本当にあの人に助けられたんだ。その人の一生の頼みだってんで受けたんだ。直接は言えない、これは絶対だ」


「……わかりました。ほのめかすだけで結構です。誰ですか」


「まず君が知っている」


 知り合い? なんてことだ、気づかなかったなんて。


「あと一つあればわかるだろう、そうだな……最近、嬉しいことがあった。これくらいでわかるだろう」


「……嬉しいことは、とても嬉しいことですか? それこそ、一生に何度もない」


「はは、それを言うとわかるだろう?」


 いや、この顔はそうだと、反応した。きっとそうだ。


 なんて、こと。それなら繋がる。昔堅気で頑固、不器用で意地っ張りなあの人なら。それくらいは同じ屋根の下、わかってしまう。八月の終わり、一緒に住むのを辞退した、そのときに清算したいと言っていた、古い友人と会って、知ったとしたら。繋がる。少しでもこっちのことを進められるよう、世話を辞退した、と考えれば。仕事を頑張れと、言ったのもそれに関係があったのだ。こっちの、医者を増やすほうも頑張れ。そういうこと。つてを頼ったというのも年齢ならありそうな話、あの家には私が仕事の間、人がよく来ているとご近所さんも世間話で言ってくれていた。意地っ張りなところが、つい口を出た拒絶の言葉が、彼女が『嫁』に行ったと言ってしまい、意地を張ってそれを拒絶の言葉として連呼した。ありえそうな話だ。


 彼女自身も言った、言わずにおく、最後の意地。それはこの人も言ってくれたこと。それは単に、知られるのが恥ずかしいと、言った言葉そのままだったのだ。お年寄りの、昔の女の、表に出る恥ずかしがりだったのかも、しれない。


「お前さん、察しがいいな。顔に確信が宿ってる」


「そうですね、わかりやすいヒントでしたから」


「そうか? まあいい、これからも協力させてくれよ、わしだって医者の苦労は少しでも減らしたいと願っているのはあるんだ。なにせ随分お世話になっているからな」


「ありがとうございます。そうですか……わかりました、なら、援助も受けましょう。私たちみんなで協力して、医者の数を増やしましょう」


 すっと手を差し出す。彼もがっしりと握ってくれ、固い握手を交わした。


「それで話をつけておくというのはわかるんです、単にあなたたちが昔のつてで、今のお偉いさんに会い、協力してくれと頼みこんだとすればすぐですから。でも、お金はどうやって調達したんですか? まさか自腹を切ったとか」


「まさかもなにも、そうさ。それこそ寄付でも募ったと思ったかい? ああ、一人じゃあないけどな、もちろん。お金持ちから出してくれたんだ」


「やはりそうでしたか。……すみません、わざわざ。お返しは多分、できませんよ」


「そう思うなら今度のことを成功させろよ、それで充分だし、そのために寄付したんだ。気にするなよ、あんたたちはただ、突っ走ってくれたらいい。わしら年寄りが後ろから支えてやる。相談にも乗ってやるぞ、人生経験だけは豊富だからな、はっはっは」


「ありがとうございます……おかげで早ければ来年度に案が通りそうですよ」


「そうだろう。あんたたちは若い、グループを作るってのはいいが、そこでもっと協力者を募っておくべきだったんだ。方法は問うべきだが、ちょっと抜けてたな」


「ええ、ほかに協力者を募ることは忘れていました。お恥ずかしい話、自分たちだけでやりたかったのでしょう」


 青いと、言われるわけだ。


「はっはっは、気概があっていいことだぜ、それは。その気持ちを忘れないほうがいい」


「そう、ですか」


「そうさ。若いときの気持ちってのはすぐどっかへ消える、持ち続けたほうがいい、財産になるぜ」


「なるほど……」


「おっと、説教臭くなる前に退散しとくよ。頑張ってくれよ、応援しているぞ」


「ありがとうございます。頑張ります」


 いつの間にか運ばれてきた食事にも手をつけず、話に夢中になってしまった。しっかり中川のおじいさんは食べている辺り、ここでもちょっと年季を感じてしまう。


 笑顔の彼と別れ、私は家路を急いだ。


 泉の待つ、家へ。


 直接とは言わないまでも、話をしよう。あなただと、わかったのだから。


 私のこの、湧き上がる歓喜の気持ちを、少しでも伝えたかった。
















 九月十七日、木曜日、夜、十時八分。


 祖母は急に苦しみだし、すぐに救急車を呼ぶも、待つ間に目を閉じて、もう、それ以降、開くことはなかった。


 あんなに元気だったのに。あっさりと、その魂は天に召されてしまった。


『元気でやるんだよ、泉』


 祖母はそう、苦しい顔で言った直後、ぱたりと目を閉じ、動かなくなった。


 職業柄、人の死には、普通に暮らしている人よりは、多く接してきていた、つもりだった。


 けれど……自分の最後の肉親が、亡くなってしまった。その、事実は、そんな経験なんかでは止められない、涙を、流させて、いった。


 あっという間に、冷たくなった祖母の体……


 悲しみに暮れる、でもなく。あたしはただ、涙を流しながら、祖母の傍で、立ち尽くすのみだった。


 いってしまった……あんなに元気だったのに。九月に入ってむしろ、よくなっていったと思っていたのに。


 苦しいからあたしの前だと、元気なフリしてたの? ケアワーカーの人にも、黙ってるよう言ったの? そんなの、そんなのだったら、ないよ、ひどいよ、おばあちゃん。


 涙は止まらない……


 外は雨が、降りだしていっていた。








 扉を開けて、せんせーが入ってきた。息を切らして、少し雨に濡れてる。急いで来たんだ。


「そんな、
早苗(さなえ)さん……っ」


 祖母の亡骸にすがる、せんせー。いつもは大きい背中が、小さく見える。そのうち、その体は震えだした。


「そんな……せっかく、あなたのおかげだと知ったのに、気づいたのに……こんな、こんな急に、あっけなさすぎる……っ」


 そっと、震える背中に寄り添う。せんせーの体温を感じて、でもまた、涙を流していった。


 悲嘆に暮れる、病室は、暗さを増していくようだった。こんなにも明るいのに。


 二人、悲しんでいく、だけだった。なんの言葉も交わさず、交わせず。ただただ、震え、涙を流していく、だけだった。


 せんせーも泣いてる。泣いてくれている。おばあちゃんも少しは、報われるかしら。


 二人、悲しみが通り過ぎていくまで、そこでじっと、していた。


 雨は止まず、あたしたち二人の間に、ずっと降り続けていった。








「例の、ほら、医者の数を増やそうと、頑張ってたことさ。それの、援助をしてくれていたみたいなんだ」


「そうだったんですか」


 悲しい波が沈んで、見えなくなった頃。ぽつぽつとせんせーはあたしに話してくれた。


「本当のところ、どう思っていたかはもう、わからないけれど……早苗さんは単に、直接私に言うのがなんだか恥ずかしい、ほら、恥ずかしいとあのとき言っていたじゃあ、ないか、そのまま、本当に単純に恥ずかしい、この年にもなってなにを、とか、そう、そんな、気がする。それだけで、隠してたんだ」


 もう、わからない。おばあちゃんがどんな意味で、恥ずかしいからとヒミツにしたか、なんて。でも、せんせーの言うとおりな気もする。


 もう、わからない。おばあちゃんは帰ってこないんだ。


「……もっと早く、気づけていたら、もっと違う、ことを、早苗さんに、できた、はずなんだ。話してしまえば、介護だってできたかもしれない、苦しいと話してくれたかもしれない、そのとき対処していれば、もっと長生きができたかも、しれない」


「……そういうの、やめましょう? 辛いだけ、ですよ」


「……うん、そうだね、ありがとう」


 悔やんだってどうにもならない。時計の針が戻るなら、誰も後悔なんてしない。進むしかないから、人は毎日を一生懸命、走るんだ。


 そう、おばあちゃんだって。頑張って最後にできるだけのことをやって、あたしの花嫁姿を見送ってくれた。


 そのことは、忘れないでおこう。


「……おばあちゃんは、幸せだったと、思いますよ。心残りがないって、あたしにはちゃんと言ってくれました。花嫁姿を見られて、本当に嬉しかったって。その上最後に、若い子の手助けまでできて、よかったと思います。だから、だから死の間際も、毎日笑顔で、辛くなんてないって顔で、過ごしてくれたんです」


 きっとそうだ。おばあちゃんは強がりでも、笑ってくれた。その意味はきっと、そうなんだ。


「せんせーのおかげ、ですよ。式を挙げてくれました。そのおかげです」


「……泉がいたからだよ」


「じゃあ、二人でですね」


 そっともう一度、寄り添う。そっと抱き留めてくれる、せんせーの優しさを感じる。


 これであたしは正真正銘、一人になっちゃった。あの家は少し、広くなってしまう。


 でも。顔を上げて、大好きな人を見上げる。この人がいる。私は一人じゃあ、ない。


 二人、またそうして、悲しみを乗り越えようと、黙って過ごしていった。明日明後日はお通夜とお葬式で、忙しくなる。だから今だけは、この人と一緒にいよう。おばあちゃんも許してくれるはず。夫になる、人だから。


 もう少しの、間だけ。あたしたちは静かにただ黙って、過ごしていった。


 それで消えた火が、ともることを祈って。








 お葬式が終わり、やることを終え、自宅の自室で、ごろんと横になる。喪主は少し、疲れた。


 ……


 あ、そういえば。明日はまゆちゃんみゆちゃんたちの運動会だっけ。ごろんと寝転がり、カレンダーを見る。そうだ、日曜日だし。


 行こう、かな。休みだし。ちょっとでもいいし、顔を出そう。元気、もらお。


 ひとしきり、悲しんだ、あとに。


 せんせーは強かった。本心はわからないけど、傍目にはなにごともなかったかのように自然と仕事に復帰し、凛としていた。


 あたしはダメだ。おばあちゃんを失ったショックがまだ、抜けない。祝日の月曜からまた仕事に復帰なんて、できそうもない。


 悲しんでばかりもいられない。でも、今日は、まだ今日くらいは、悲しませて、ほしい。


 せんせーに包まれて眠りたいな。そう、思いながら、緩やかに眠りに落ちていった。


 温かいせんせーを、夢の中では、感じていた。


 あたしは涙を、流しつくしてしまおうと、それに泣きすがるの。
















「……元気ないわね、あなた」


「え?」


 まゆの運動会当日、はしゃぐまゆたちを送り出して一息つくと、うちの人は少し、影のある顔をした。
良子(りょうこ)さんも柚香里(ゆかり)さんも気づいたようで、そっとこちらにやってくる。


「泉さんのおばあさんの、こと?」


「……」


「あなたは、頑張ったわ。できるだけのことをした。わざわざあれだけ労力を使って、式を挙げたの。あんなに、あんなに笑顔を見せてくれてたじゃない。忘れたの? あの人が、笑顔だったこと、忘れたの?」


「いや、それは」


「同じ屋根の下で暮らすようになってからも、終始笑っていたって、泉さんも言っていたわ。それを忘れては、いけないわ」


「……」


 ちょっと説教臭かったかしら。


「ほら、今日はまゆとみゆちゃんの運動会よ。パティちゃんのほうにも顔を出さなくっちゃいけないでしょ。そんな辛気臭い顔してちゃあ、ダメよ。笑って笑って。笑ってくれるなら、私はなんでもするわ」


「私もです、ご主人様。張り切っていきましょう!」


「そ、そんなに暗い顔、してたかな」


「してたわよー? 憲邇、そんな顔じゃあ、みゆだって不安になっちゃうわ。……まだ泣き足りないなら、わたし、いくらでも傍にいるわ」


「……ありがとう。なんだか元気が出てきたよ。じゃあ、張り切って行こうか!」


 にっこりと影を振り切るように笑顔を作る、愛しい人。そうよ、今は無理にでも笑わなきゃ。笑う門には福来る。笑顔で元気を呼び寄せないと。


 三人にありがとうとキスをくれた人と一緒に、運動会へ行く準備を整えていった。


 泉さんは来るのかしら。しばらく自宅で一人にさせてくださいって、言っていたけれど。あとで様子を見に行ったほうがいいわね、来ないようなら。


 私たちはばたばたと、朝の喧騒を駆け抜けていった。








 一年生、初の運動会。親御さん一同(私ら含む)には一大イベントだわ。子供たちの輝きの一瞬を捉えるためにカメラは必須よね。うちの人がカメラ小僧でよかったわ。


 それにしても。生徒数、減ったわねぇ。もちろん私たちの頃と比べるべくもないけれど、それにしたって、少ない。整然と運動場に並ぶ全校生徒の数は、十年前ともずいぶん違うでしょうね。


 かわいい男子生徒と女子生徒が壇に上がり、宣誓をする。ゆっくりとした小学生独特のリズムでの宣誓は、私たち大人をほっこりと笑顔にさせてくれる。かわいいわぁ。うふふ。


 今日は日曜日、私たちハーレムの妾女房はほぼ、全員が揃っていたわ。
花織(かおり)ちゃんの運動会は来週なので彼女も一緒で、パティちゃんだけは別の小学校で運動会をしている。重なっちゃったから、あとで顔を出さなくっちゃね。パティちゃんもかわいい、うちの人の女で、娘ですものね。


 泉さんだけが、いない。いつ来るのかしらって、
広子(ひろこ)さんも少し心配そう。


 ひととおりの挨拶と準備体操が終わると、ぞろぞろと列を作った生徒たちが運動場を移動していく。それぞれが用意した椅子に戻っていった。


 ここから運動会が始まり、
春花(はるか)さんたちを始め先生方はテントで忙しそうにしている。最初の競技がアナウンスされるまで生徒たちはめいめいに時間を過ごしていた。まあ、このくらいの子たちがじっと椅子に座っているはずもなく。あちこち生徒たちは行き交い、おしゃべりや遊びに精を出していたわ。うふふ。そうでなくっちゃ。


 まゆとみゆちゃんはすぐに私たちの集団を見つけこちらに駆け出してきた。なんだかスカートじゃあないハーフパンツの体操服、見慣れないわね。うちの人のせいだわ。


「憲邇さんっ、最初すぐあたしたち一年のかけっこだかんね! ちゃんと見ててね!」


「ああ、もちろん。ちゃんと見てるし、カメラにも撮るぞ」


「えへへ、よろしくねっ。みゆちゃん、転んだら大変だかんね、気をつけなさい」


「ううう、わかってるよぅ。お、お母さんも、見ててね、みゆ、がんばるから」


「ええ、見てるわ」


「まゆも張り切って転んじゃわないようにしないといけないんじゃあない?」


「なにおっ。あたしそんなことしないもん、いーっだ」


「あはは、いいじゃないか、転んだって」


 うちの人が楽しそうに言ってくれる。元気、出たみたいね。さすがまゆだわ。


「転ばないってば! ふんだ、じゃあ転ばないで一番になったらお寿司連れてってよ」


「お、いいぞー。そうだね、たまには寿司もいいなぁ」


「やくそくだよ! 憲邇さん、一番じゃなくってもあとで連れてくの、なしだかんね!」


「うん、わかった」


 そこで最初のかけっこに参加する生徒は準備に集合してくださいとのアナウンスが、春花さんの声でされる。


「お、きたきた。じゃ、行ってくんね! 見ててよー、うおおお!」


「あ、待ってよぅ」


 みゆちゃんを置いて今から全力疾走してどうするの、と思うほど、駆け足でまゆたちは去っていっちゃった。ふふ。


「元気が有り余ってるみたいだなぁ、まゆは」


「そうねぇ。もうちょっと落ち着いてもらわないと、ふぅ」


 と言いつつ、にやけてしまうわ。元気な娘を見て、嫌な母親がいましょうか。ふふ。


 すぐに最初の競技が始まっていく。かけっこらしい早足の音楽が学校から流れ、運動場を忙しくさせる。一年生は五十メートルか。さてさて、まゆは何位かしら。


 まゆはいの一番の、最初の走者だった。左右に女子が四人並び、五人での競争になる。やっぱり、ちょっと少ないわねぇ。私が年を取ったのかしら。


「よーい……」


 ぱぁん! とピストルが鳴り、五人は一斉に走り出した。


「いけえ! まゆおねえちゃん!」


「がんばってー!」


 
奈々穂(ななほ)ちゃんと花織ちゃんが(こういうのに夢中になるのか)、大きい声で応援していたわ。ちょっぴり恥ずかしいけど、わーわーと周りも騒がしいし、いいわね。うちの人もカメラでまゆを追っかけていく。


 まゆはさすが運動神経抜群ね、あっという間に一位になり、そのままリードを保ってすぐゴール。一着の旗をもらうと、こっちのほうを向いてぴょんぴょん飛び跳ねていたわ。ふふ。まゆもうちの人も手を振り合い、まゆったらこっちに並んでねの先生を困らせてたわ。


「あなた、ちゃんと撮れてた?」


「うん、すぐ確認できるよ、ほら」


 確かにまゆがきちんと運動場を駆ける、素晴らしい姿が残っていたわ。私はよしよしと、夫をほめてあげる。


 それから次々と生徒たちが競争していく。五人、また五人と、一生懸命に走る姿はまゆならずとも見ていていいものね。みんなかわいいわ。


 続いてみゆちゃんの番になる。遠目に見る彼女の表情はわからないけれど、まゆと違って緊張してそう。うちの娘は本番にもすごく強かったけれど、はてさて。


 またピストルの高い音が鳴り、五人が一斉に走り出していく。みゆちゃんはスタートも遅く、最後尾を走っていって……


 びたん。やはりの、転んでいた。


 けれど。すぐに立ち上がり、一生懸命に前を見て、また走り出していく。それは遅く、決して追いつけないけれど。


 一生懸命、頑張って走る、みゆちゃんは素敵だった。


 ビリでも泣くこともなく、痛いのに我慢して、こっちに笑顔を振りまいてくれた。かわいい。柚香里さんなんか、届かないのに拍手ばっかりしてた。あ、
詩音(ふみね)ちゃんも。


「みゆおねえちゃんえらいね。ななほころんだらいたくってもうはしりたくなくなるよ」


「私もですわ」花織ちゃんが続く。


「ふふ、そうね。みゆは偉いわね。でも、奈々穂ちゃんだって転んでもまた走り出すわ、きっとね。そのときになったらわかるわよ」


 異父姉妹、いえ姪の奈々穂ちゃんにそっと撫でながら言う、柚香里さん。優しく撫でる彼女の手に、そうかなぁと不思議そうな奈々穂ちゃんは、やっぱりみゆちゃんにぱちぱちと拍手を送っていたわ。


「憲邇、みゆもちゃんと撮れたんでしょうね」


「ああ、もちろん、ほら」


 じいっとカメラを覗きこむ柚香里さんも、よしよしと弟をほめてあげてたわ。


 あっという間にかけっこは終わり、まゆたちが席へ戻っていく。まゆから渡された予定表だと、一年生の次の出番はしばらく先の、練習したダンスまで待たなくてはならないようだった。各学年それぞれ違うダンスを踊るのよね、凝ってるわ。まゆたちは、じょいふる? 聞いたことないわね。最近の歌謡曲かしら(もう歌謡曲なんて言い方も古いんだっけ)。そのあとは、一年生はあとはリレーだけか。なんだか競技も少なくなってないかしら。気のせい? 父兄参加競技、は、午後からなのね。それならパティちゃんのほうに寄る余裕もあるかしら。そろそろよね。


 たたたっとまたまゆとみゆちゃんがこっちへやってきた。お友達も一緒に。


「ねぇねぇ見た見た? えへへ、あたしいっちばん!」


「ああ、見た見た。よくやったね、すごいぞ。お寿司連れてったげよう」


「わーい!」


「えーまゆちゃんいーなー」


 お友達の一人、ええっと、確か
久美(くみ)ちゃんだったかしら。


「ししし、いーでしょー。一番だかんね、あったりまえだよ」


 えっへんと胸を張る、かわいいまゆ。


「くそー。おれももうちょっとだったんだけどなー」


 この子は、
(たける)くんね。まゆのいいライバルだったわね。


 ほかの子は
(ゆい)ちゃん、(ただし)くん、紀伊(きい)くんだったかしら。まゆと仲良しさんね。


「転んだとこ、怪我してない? 平気?」


「うん、平気」


「そう。みゆも頑張ったわね、よく最後まで走ったわ」


 柚香里さんがぽんと、少し消沈気味のみゆちゃんの頭に手を置き、撫でていく。


「そ、そうかなぁ。やっぱり転んじゃったし、みゆ、ビリだったし」


「でも、最後まで走ったじゃない。偉いわ、とってもね」


「そ、そう? えへへ、ありがと、柚香里お母さん」


 そういえば、みゆちゃんの育ての、お義母さんの
(みなと)さんはどこかしら。まさか気を遣って来ないつもりかしら。ちょっと電話しときましょう。


「おっと、そろそろパティのほうにも顔を出さないとな。まゆたちは次まで結構あるだろう? ちょっとパティたちのほうを見てくるよ」


「うん、わかった。ししし、憲邇さん、お父さんお母さんでやるやつ、おくれたらダメだよ、絶対やってね」


「ああ、うん。でもなにをするかわからないってのは、ちょっと怖いなぁ」


「ししし」「ふふふ」


 なにかしら、まゆとみゆちゃんと、それにお友達まで笑ってるわ。なんなのかしら。


「じゃあ、行ってくるよ。またね」


「うん」


 ぱたぱたとうちの人と、ついていく人が何人かあとに続いた。私や柚香里さんなど、残る人も結構いる。


「あーあ、それにしてもけっこう、ひまだなー」正くんが言う。


「ねー。一年だからって出番少ないよなー」唯ちゃんが言う。


「練習もダンスばっかりだったもんね」


「なー」


 久美ちゃんに紀伊くんが乗っかる。


「ににんさんきゃくって来年だっけ?」


「学年でやるの決まってるんだよね」


「組たいそうとか、高学年だもんね」


「おっきい玉転がしとかやってみたいね」


「玉入れもねー」


 わいわいと、子供たちは騒がしい。私と柚香里さんら大人は、そんな子供たちを微笑ましく見ていたわ。


 まだまだ時間ありそうね。いそいそと、私はトイレに立つフリをして、湊さんに連絡を取っていった。


 話を聞くに、やっぱり気を遣ってもらっていたらしい。もう本物の親がいるのだからと。それはそれ、これはこれですと、ちょっと柚香里さんも呼んで電話を代わってもらい、話すと、じゃあちょっとだけ、と、来るみたい。よかった。


 義理でもなんでも、親は親よ。それは間違いないわ。


 私たちは集団で運動会を過ごしていった。奈々穂ちゃんもまゆたちに混ざり、自分たちの組を応援していった。そういえば赤組と白組しかないのね。まゆたちは赤組の鉢巻を着け、自分たちの組を応援していたわ。 


 騒がしい、今日しかない、空気。楽しいわ。ええ。


 泉さん、まだかしら。








 まゆのダンスを見て、ほめにほめてあげる。普段からスカートふわりをやっているからねとまゆは言うものの、それは関係なくただ単にまゆが体を動かすのがうまいだけだと思うわ。パティちゃんの学校から戻ってきたうちの人もまゆのダンスを見て、あれは自分には無理だと、当たり前のことを言っていたわ、ええこの運動音痴。


 一年生のダンスが終わり、昼食になる。まゆたちはお友達と、さすがに今日は張り切ったお弁当を広げていることでしょう。いわゆるキャラ弁というやつだけれど、喜んでくれたかしら。私たちは適当なお店に入るか家で食べるかとちょっと悩んだものの、適当なお店に入ることに決めた。


 私たちが戻ると、午後の始めの競技が行われていた。応援合戦ね、ふふ。みんなかわいいわぁ。まゆったら憧れしきり。


 そう、して。とうとう父兄参加の競技の番になる。なにをするのかしら、うちの人はどうせ活躍しないでしょうけど、と思っていると、マイクで春花さんがアナウンスしていった。


『ただいまより父兄参加の、お姫様抱っこ競争を始めます』


「ぶうっ!」


 思わず吹き出してしまった。うちの人もみんなも、驚いている。


『えーでは、お子さんより推薦で、今も新婚のようにらぶらぶとの、深町さんご夫妻、こちらまでお越しください。まずお手本を示してもらいますね』


 そして名指しされる、私たち。ま、まゆめっ。余計なことをっ。


「あはは、行こうか、
絵里(えり)


「ちょ、ちょっと、さすがに横暴よ」


「まゆはきっと、私たちなら断らないって思ったから先生に言ったんじゃあないか。いいだろう、別に、ふふふ」


「よ、よくないわよ! 恥ずかしいわ!」


「いいからいいから」


 強引に手を引っ張られる。男の力、逆らえるはずもなく。私はずりずりと引きずられるように、春花さんたちの待つ壇の傍へと、連れてかれてしまった。


「嫌、嫌よあなたっ」


「こらこら、逃げるなよ」


 走って逃げようとするも、後ろから羽交い絞めにされる。すでにみんなの前、恥ずかしいけれど。でもそれ以上だわ、お姫様抱っこだなんて。


「わかったわかった、してくれたら、絵里のためにロールケーキを作るよ」


「……本当? なら、一緒にが、いいわ」


「うん、わかった」


 そこでようやく、羽交い絞めから解放される。ふん、なら、しょうがないわね。


『あらまあ、うふふ。本当に仲良しさんですのね』


 春花さん、マイク、マイク! 離して言ってください。


『えーっと、では、お手本を』


「はい、よっと」


 膝の下と背中に手を入れられ、私はひょいっと軽く持ち上げられる。ロングスカートでよかったわ。でも大勢の前でお姫様抱っこ、うう……ま、まあ、いいわ。この人のデザートが食べられるなら、一緒に作れるなら。これくらい、なんでも、うう……


 見られてる。とほほ。ああ、この人の腕の中、幸せね。とほほ。


『はい、ごらんの格好のままで、走って頂きますわ。あ、男女が逆でもまったく構いません。お好きなようにどうぞ。えー毎年、参加者がどうしても集まらないので、リレーではなく徒競走と同じになります』


 そりゃあ二年生以降の親御さんたちは知ってるなら参加しないでしょうよ、ええ。一年生でかつご両親両方が来ている前提で、その上この恥ずかしいことをやる人だなんて、拝み倒さないと無理でしょ。まったくもう。道理で最後までまゆたちが隠したはずだわ。面白がって、もう。


『主に一年生のお子さんから推薦を預かっていますので、呼ばれた方で参加できる方は、こちらまでお越しください。もちろん、それ以外でも参加できる方はどうぞこちらまで。ええっと──』


 次々と春花さんが名前を呼んでいく。私はいい加減下ろしてと、いい心地ではあるけれど言っておいた。すとんと、その場に着地する。


 ……私たちの名前は呼ばれなかったけれど、いいのかしら。と、思ったのも束の間、うちの人が楽しそうに参加する気満々で並んでいて、はぁとため息が漏れる。これは、来年以降も参加しそうだわ、はぁ。


 けれど。よかったわ。やっぱり、元気になれたわね。


 きょろきょろと柚香里さんたちのほうを見ると、あ、湊さんと、泉さんも来ていたわ。……爆笑してるわね、泉さん。


 よかった。それなら、晒し者になるのも悪くないわね。


 意外にも数組、すぐに人は集まってきた。旦那さんに押される奥さん、奥さんに引っ張られる旦那さん、それぞれだけれど。二人ともがのりのりな人は、一応いなかった。


「あらまあ、意外と集まりましたわね。これでは予備の先生方からの出場はなしでよいですわね、ねぇ
上山(うえやま)先生?」


 マイクを離して、春花さんが言う。ああ、人が足らなかったら、まだ婚約者のはずの上山さんたちを呼び寄せるつもりだったのんね。まあ、しょうがないわよね。


「ええ、
月夜(つくよ)さんもやだって言っていますし」


 あら意外。喜び勇んで参加すると思ったのに。


「皆様ご参加ありがとうございますわ。では、こちらに並んで下さい。抱っこするのはスタートの合図のあとでお願いしますね」


 春花さんの案内で、赤い顔をしつつも、夫婦たちが並んでいく。私たちも一番端に着き、呼吸を整える。


『それではただいまより、父兄参加競技の、お姫様抱っこ競争を始めます。皆さん、拍手を!』


 わーっと拍手が巻き起こる。そりゃあそうよね。よくやるわの、拍手があるわよね。


「ではいきますわ。よーい……」


 ぱぁん! とピストルが鳴ると同時にまたひょいと、軽々持ち上げてもらう。私もしっかりと彼の首に腕を巻きつけ、がっしりとしがみつく。


 毎朝のジョギングの成果か、うちの人は早かった。断トツのトップで駆け抜けていく。ちらりと後方を見やると、私たちのようにしっかりと抱きついていない夫婦はバランスを崩し遅れ、しっかり抱きついている夫婦もどたどたと、重いのか焦るのか遅かった。


 余裕の一着だった。あんまり嬉しくない、けど。うちの人はゴールテープを切るととても楽しそうににっこりと笑っていたわ。ふふ。こっちはこっちで、かわいいわね。


 一着の旗をもらい、すとんと着地させてもらう。ほんと、嬉しそうな顔。


「一着は初めてだよ、ははは」


「あなた、学生時代てんでスポーツはダメだったみたいだものね」


「面目ない。でも、絵里が軽いからだよ。うまく走れた」


「あら、ありがとう。ふふ」


 すっと自然に、腕を組み。彼の肩を借りる。


「あらら、本当に新婚さんみたいですね」


 旗を渡してくれた係りの先生に言われ、すぐにばっと離れる。あ、そ、そうだわ。ここ、こんなに人前じゃない。


「ご、ごめんなさい」


「すみません、つい」


 そこで次々と後続がゴールし、旗を持った先生はそっちへ行ってしまった。はぁ、ほっ。


「つ、ついやっちゃうわね。どうしたものかしら」


「気をつけないとね。絵里もいちゃいちゃ大好きだし」


「あなたのせいよ」


「うん、ごめんね。あっち行ってからにしようか」


「ええ」


 それまでは軽く、見えないところで。指を繋いでおくだけに留めておいた。


 全員がゴールするとまた、拍手が巻き起こった。少し恥ずかしくなるも、そこでようやく解放される。


 柚香里さんたちのほうへ戻っていくと、まだ笑いの収まらない泉さんと、
紗絵子(さえこ)さんがいた。


「ひーっひっひ! こんな大勢の前で、おひ、お姫様抱っこ、きょうそ……ぷっくく」


「い、泉さん笑いすぎよ、ふふ、ふふふふ!」


 紗絵子さんも笑いすぎです。


「憲邇さん、お母さん、おめでと! しし、よかったね、一番で」


「ありがとう、まゆ。はぁ、でも、まゆったらそんなこと、先生に推薦してたの?」


「だって二人ともらぶらぶじゃん。憲邇さんなら絶対いいって、やってくれるって思ってたんだ」


「ああ、楽しかったよ。来年以降もやろうね、絵里?」


「ふん、いいけど、その代わりの報酬は弾んでもらうわよ、ただじゃあやらないわ、恥ずかしい」


「わかってるよ、毎年考えてあげる。お願いだよ、ね?」


「ふんだ」


 でも、嫌とは言わない。彼の腕心地が悪くないのが、いけないの。


「すげーな、うちのとーちゃんかーちゃん、そんなに仲良くないぜ」


 武くんが言ってた。そりゃあうちは本当に新婚も同然だし、しょうがないわね。


「そお? うちはね、憲邇さんもお母さんも、お互い好き好き好きー、だかんね」


「ふぅん」


「ね、ね、にーちゃん、あたしおひめさまだっこ、してよ。見てたらいいなーってなっちゃった」


 妹さんの
夏海(なつみ)ちゃんも来ていたのね。


「あたしもー」「いいよねー、この学校でよかった」久美ちゃんも唯ちゃんも言っていたわ。まあ、この頃は憧れる年頃かしら。


「やだよ、お前重いじゃん」


「えーっ。いいじゃんいいじゃん、ちょっとくらい」


 よく見るとふざけてやる子もいるけれど、生徒たちの何人かはまねっこして、お姫様抱っこをしている子がいたわ。ふふ。かわいいわねぇ。あれなら、ええ、あれなら。


「もうしょうがねーなー。ほれ」


「きゃっ」


 ひょいっと、武くんは妹さんを抱っこしてあげてた。夏海ちゃんは慌ててお兄さんにしがみつく。


「わぁ……えへへ、いいね、これ」


「そうか? お前の好きなの、よくわからん。ああ重いぞ、もういいか」


「うん、ありがと兄ちゃん。好きー」


 とさっと下ろしてもらう夏海ちゃんは、にっこり、嬉しそうだった。


「ああいいもの見れたわ。せんせーたちのいいとこ見られて、元気出ちゃった。ありがと」


「いやいや」


 そう言う、うちの人はしっかりと泉さんを見つめ、悲しみがのぞいていないかを確かめているようだった。私も、泉さんを見てみる。


 ありがとう、って。瞳は言っていた。もう平気です、勇気づけられましたって、言っている気が、する。


 ええ、笑顔が。笑顔がとても、綺麗だから。本当に元気を、分けてもらったようね。


「それで、あとはなにがあるんです? おい一年坊、お前らは次はなにをやるのじゃ」


 茶化して言う、泉さんも。強い女だった。


「あともうリレーだけだよ。おい深町、おれ、次こそ負けねーからな」


「ししし、武のあほにはあたしだって負けないよ」


「り、リレーは勝負じゃないよ、二人とも」


 みゆちゃんが間に入ると、二人はちっちっちと指を振っていた。


「二人ともあんかーだからさ、白組より先にゴールしたほうの勝ちなんだ」


「そーそー」


「あ、そうなんだ」


「いいか深町、真剣勝負だぞ」


「もちろんよ」


 本当、二人は仲がいいわね。


 そうして私たちは運動会の模様を眺めていった。子供たちの元気を分けてもらい、とりわけ泉さんが騒がしかった。紗絵子さんも奈々穂ちゃんも乗っかり、ちょっと注意までされてしまう。ふふふ。


 それでも楽しい、運動会だわ。ええ、心に残るの。


 最後のリレー、一年生は武くんが男子のアンカーで、まゆは女子のアンカーだと言っていたわね。まゆは責任重大ね。


 リレーが始まる。みんなが一斉に自分の組を応援し、親御さん一同も自分たちの子供を応援していく。


「いっけー! いけいけー!」


「いけー!」「ふぁいとですわー!」


 泉さんと奈々穂ちゃんに花織ちゃんは三人揃って大声を張り上げ、ちょっとうるさいくらい。でも周りの人たちもみんな、最後のリレーに熱中していた。


 まずは男子の組だった。赤組と白組の一年生はいい勝負をしていて、一進一退の攻防だった。両組とも足の速い選抜者だけだと思うけれど、本当にいい勝負だった。


 やがて武くんにバトンが渡される。今はわずかに白組がリード、追いつけるかしら、と。武くんはかなり早く走り、ゴール直前で抜き去り、見事勝利を飾っていた。


「やった!」「やったぁ!」「やりましたわ!」


 泉さんと奈々穂ちゃんに花織ちゃんがハイタッチをし合ってる。


 続いて女子の組が走り出す。一年生の女の子、先に男子のために遅く見えるけれど、女子の割には早い子ばかりだった。それはそうか、と思っていると、あっという間にまゆの手にバトンが渡される。


 赤組はかなりリードされ、まゆでも追いつけるかしらと不安になっていると、まゆは本番に強いのか、早い早い、あっという間に追いつき、追い越し、逆転勝利を飾っていた。


「よっしゃー!」


「やったぁ! まゆおねえちゃんすごい!」


 もちろんカメラがきちんと今の勇姿を残していたわ。うちの人もにっこり、ばっちりだって。あ、まゆが手を振っているわ。軽く応えてあげる。


 これで全種目を消化し、運動会も終わりになる。赤組は見事白組に勝利し、まゆをにこにことさせていたわ。武くんとの勝負は、引き分けだそうな。ふふふ。


 日が暮れる前に運動会は閉会していった。今日のみんなの健闘を校長先生が称え、拍手に包まれていく。最後にもう一度ストレッチ体操で体をほぐし、解散となった。


 すぐにまゆとみゆちゃんがこっちまでやってくる。帰りはみんながいいと言ってくれ、じゃあ一緒に帰りましょうっかとなる。


 まゆとうちの人と三人、手を繋いで。間のまゆはいつもどおり、はしゃいでいたわ。


「へっへっへ。あたしカッコよかったでしょー?」


「ああ、すごかったぞ。よく最後抜けたね」


「えへへ、あんがと」


 みゆちゃんも柚香里さんと手を繋ぎ、頑張ったわねと撫でてもらっていたわ。ふふ。


「いやぁ、まさか父兄参加の競技がああだなんてね。びっくりしたよ」


「ふふふ、でしょー? みんなだまってようって決めてたんだ。でも憲邇さんもカッコよかったじゃん」


「ありがとう。やっぱり慣れてたからかな」


 お姫様抱っこに慣れるとか、ほんと、どうかしているわ。


「そっかぁ。しし、お母さん来年もしてね」


「そうね、まゆのお父さんからいっぱいプレゼントもらえるし、それならいいかしら」


「あー、ずっりー! ずるだよ、なんでさ」


「あんな恥ずかしいことするのよ、それはなにかご褒美がないと無理だわ」


「あはは、そうだよ、いいんだ。ちゃんと考えてるよ」


「むー、そう? しょうがないっか。あー楽しかったぁ」


「みゆも楽しかった?」


 柚香里さんが聞くと、みゆちゃんもかわいらしく、うんと頷いてる。


「け、憲邇さまやお母さんに、がんばってるとこ、見てもらえたし」


「そう。よかったわ」


「うん。来年はビリじゃなくなるよう、がんばるの」


「うふふ。偉いわ、みゆ」またなでなで。


「そうだまゆ、お寿司明日行こうか。みんな祝日で休みだろう。私も明日、早く帰れそうだしね」


「え、そうなの? 憲邇さん月曜日は大変じゃあ、なくなったの?」


「うん、平気さ。だからお寿司行こう、私も食べたくなった」


「はーい」


 みんなでいいお返事。そうね、明日ならいいわね。みんなお休みだものね。


「良子さん、予約、早めにとっておいてね」


「はーい。絵里さんに言われずともやりますのに」


「借り物競争終わってから来るんじゃあなかったわ。おねーさんのメガネ、絶対あると思ったのに」


「ああ、あったわねぇ。定番だもの」


「紗絵子さん、パティちゃんとかどうでした?」


「ふっふっふ。メガネさん、よく聞きなさい。うちの子はね、八面六臂の大活躍をしてたわよ。素晴らしいダンスの演技だったもの」


「へー、見たかったなぁ」


「あら、もちろん録画済みよ、あとで見せたげるわ」


「ありがとです。パティちゃん、恥ずかしがると思いますけど」


「うふふ、そうかもね」


 泉さんも紗絵子さんやみんなと、楽しそうに話していたわ。よかったわ、元気が出て。少なくとも、元気に振る舞えるの。それは元気がないと、そもそも無理だものね。


 みんなで家路についていく。間のまゆは、とても楽しげで、よかったわ。


 一年生、初めての運動会。一生ものの思いでね、ふふふ。
















 私はまだまだですわ。深町さまの陰りに気づけませんでしたもの。さすがは妾女房筆頭の絵里さんと柚香里さん、すぐにそれと気づき、励ましていただなんて。まさに不肖の、
花雪(かゆき)ですわ。


 でも。夜七時過ぎ、みなさんと一緒にお寿司屋さんに来て、膝の上にまゆちゃんを乗せて笑う、深町さまは。元気が戻っているようでした。うふふ。昨日の運動会がよかったのですわね。お姫さま抱っこ競争、うふふ。私が代わりたかったくらいですわ。


 ボックス席にいくつも別れ、少々お店には申しわけなく思いつつ、これだけの大人数が座っていきます。深町さまとはまゆちゃんと絵里さんが一緒で、それに
千歳(ちとせ)さんと、本日もご一緒してはどうかと誘った可奈(かな)さんが同じ席に座っていました。


 私はいつもどおりはしゃぐ花織と、春花お母さまと一緒に泉さんと広子さんともご一緒していました。


 良子さんは
(めぐみ)さんと(ともえ)さんと静香(しずか)とご一緒していました。


 紗絵子さまはパティちゃんと柚香里さん、みゆちゃんと詩音さんと一緒に。


 奈々穂さんは桜園のみなさんと向こうで過ごしています。きちんとレオンさんとルーシーさんが見ているので、きっと平気でしょうね。


 それにしてもこの人数、迷惑ではないでしょうか、と思っていたら、私どもしかおりません。ああ、貸し切りましたのね。そちらのほうが確かにいいかもしれませんが、お金のほうは平気なのでしょうか。


「さー、食うぞー! 回転寿司はやっぱり最高よねー」


 ぴっぴと注文を画面にタッチしていく泉さん。最近導入されたこのシステム、座席に小型テレビ程度の液晶画面が用意されており、それに触れることで注文し、注文した品は席の間に作られた小型のレールで、電車のような乗り物の上に載せられて運ばれてくるそうです。なんとも、職人さんとの触れ合いがなくなってしまいますが、それを求めるならボックス席でなくカウンター席へ行くしかないようですわね。けれどもこれも時代の流れなのでしょう。私は悪くないと思いますわ。


 花織は早速たまごを取り、すぐに口に運んでおいしいと言ってくれていました。回転するレーンの側に泉さんと花織が陣取り、回るお寿司を取るのも液晶に注文をするのも二人の役目となっていました。


「広子ちゃんなんにする? 春花さんも、ほらほら早くしないとネタ切れになっちゃいますよ」


「そんな焦らないでも平気ですよ、先輩。ええっと、じゃあまぐろの三点盛りを」


「二つですわ。私も食べますの」


 お寿司といったらやはり、まずはまぐろを食べるようにしています。


 ぴっぴと、泉さんは手早く画面をタッチしていました。ひとまずみんなの最初の注文が終わったところで、セルフサービスのお茶を飲みます。


「おっと、飲みもの頼む人ー?」


「あ、コーラを飲みたいですわ!」


 花織が言い、広子さんも少し恥ずかしそうに日本酒を頼んでいました。


「ふふん、残念、ここにはワインはないわよ、広子ちゃん」


「そ、そりゃそうですよ」


「花織ちゃーん? このお姉さんね、お酒大好きなのよ。せんせーより飲むんだから」


「だ、だ、黙っててくださいよ!」


 ……泉さんも、傍目には元通りですわね。こうして元気に振る舞えるのなら、よいのでしょうか。


 悲しみの残りは、深町さまと一緒に癒していってくださいね。私たちはできるだけ明るく過ごして勇気づけるしか、ありませんから。


「まあ、そんなにおいしいものなのですか? 以前まゆちゃんから、コーヒーと同じでにがーいと言われましたけれども」


「ま、苦いっちゃ苦いかなぁ。でも、おっいしーぞー?」


「まあ、よして下さいな。花織、お酒は大人になってから、ですわ」


「うーん、ちょっとだけ飲んでみたいですわ。広子さんのが届いたら味見させてくれません?」


「うーん、お母さんもそう言ってるし、よしたほうがいいよ」


「まあ、そうですか? そう言われますと、ますます飲んでみたくなりますわ」


「お母さま、これは一度、私たちがいる前で味見させたほうがよいのでは?」


「……そうですわね、隠れて飲むことがあってもことですわ。では、ちょっとだけですよ?」


「わぁ、いいのですか? 楽しみですの」


 そう言っていると店員さんが広子さんの日本酒と花織のコーラを運んできてくれました。「ちょっとだけだよ」と言いつつ、広子さんはおちょこにほんのちょびっとお酒を注ぎました。花織は渡された日本酒を、くいっと飲んでみます。すると顔をびっくりさせ、手を口に当てました。


「うわぁっ! お、お茶、お茶くださいな」


 すぐに熱いお茶を飲んで、ぷはぁと息をつく花織。


「まずい、ですわ……なんだかつーんとしますの、けほっ」


「だから言ったでしょう。大人になると花織も変わりますわ。子供の飲むものではありませんの。ちゃんと待ちましょうね。そうして大人になってからお酒を楽しむのですわ。深町様のように」


「はーい。けほっ、うわぁ、すごい味でしたわ……広子さん、よく飲めますわね」


「大人だからね、ふふふ。お母さんの言うこと、聞いとけばよかったね」


「ほんとですわ、ああまずかった。やっぱり、お母さまの言うことは聞くものなのですね」


「そうですわ。私を見習いなさい」


「あら、お姉さまこそお母さまの言うことなど聞かず、やんちゃしたと聞きましたわ」


「あー、花雪ちゃんそーだよねー」


 もぐもぐとうにを食べながらなにを言うのですか、泉さんときたら。


「あたし知ってるよ、花雪ちゃんがどんだけやんちゃしたか。家出したんだよねー」


「ど、どうして知っているのですかっ」


「あはは、大丈夫、花織ちゃんには黙っててあげる。ほらほら花織ちゃん、かにみそとかどう?」


「ああ、私かにさんのおみそは食べたことありませんわ。おいしいのです?」


「ええ、そりゃーもーおいしいわよー。お口の中でとろけちゃうの。じゃあ頼んじゃお、あたくしの分も、っと」


 ぴっぴと注文する泉さんに誤魔化され、なんとか私の家出の話から逸れてくれました。ふう。


 その後も泉さんは次々と注文し、優にお母さまの二倍はあろうかというお皿の量になっていましたわ。よく食べますの。まあ、お母さまは少々、少食ですものね。それはおいても泉さん、ほかの人の注文を見て届くと奪うように食べてしまい、ごめんねとまた同じを注文して、なんともしょうがない人でしたわ。


「あじうめー、サーモンもうめー。あぶりより普通のがいいなー」


「そうですか? 私はサーモンはあぶりだと思います」


 もぐもぐと食べる、広子さんはえびがお好きなようで、何品も頼んでいました。


「ふん、広子ちゃんとは趣味が合わないと思ってたぜ」


「合いますよ、なに言ってるんですか」


 ああいつもの調子、微笑ましいですわ。


「……先輩、元気出ましたね」


「おりょ? あたくし、元気なかったかしら」


「ふふ、ええ、元気なかったです。よかった、こうしてまた、先輩と笑えるの」


「……悲しんでばかりも、いられないでしょ? もう充分泣いたわ。今日のお仕事だってちゃんとできた。もう、いいの。もう平気よ。またたまに泣きたくはなっても、ね」


 ずず、とお茶を飲み、はぁと息をつく泉さん。少し伏せた瞳は、一瞬だけ陰りを見せ。でもと、すぐにまたにぱっと笑顔になっていった。


 強い人ですわ。本当に。


「ありがと、気遣ってくれて。ひひひ、なにせ昨日のね、せんせーったらね、ぷぷ、ちょっと花織ちゃん聞いてよ」


「ええ、聞いていますわ。深町のお父さまがどうかしましたの?」


「花織ちゃんも見てたでしょ、あの、ぷく、お姫様抱っこ競争、ぷぷぷ……」


 そんなに笑うことでしょうか。ふふふ。微笑ましかったですわ。深町さまも、ほかの参加者のご夫婦も。


「笑うことですの? 私はうらやましいですわと思いましたわ。深町のお兄さまにねだろうかと思いましたもの」


「あり、そう? ふふ。でもあたしはあれ、面白かったなぁ。はっはっは。花織ちゃん来週の日曜でしょ? 運動会。ならさ、今からやるよう、先生たちに言っちゃいなよ」


「それもよさそうですわね」


「どうでしょう。あれはうちの学校が特殊だと思いますわ」


 お母さまがしげしげと言います。もうお腹いっぱいなのか、先ほどから食べていませんでした。


「そーねー、そりゃそーでしょーとも。ふふ。でも、その学校その学校で、なにかオリジナルの競技があるのっていいと思うわ。あたくしね、お姫様抱っこ競争は生徒たちにも参加者を募るべきだったと思うのよ」


「先輩、あれ結構くるじゃないですか。憲邇さんや先輩は軽々と持ちますけど、あれで走るのは大変ですって」


 泉さんも広子さんも職業柄、患者さんをお姫さま抱っこする機会がないわけではないとおっしゃいます。介助するときにやるのだとか。


「そうですわね……複数で支える騎馬戦はともかく、お姫様抱っこは一人ですから、生徒たちにやらせるのは危険かもしれませんわね」


「そんな危険危険言ってたらなーんにもできないよ。最近は先生も保護者も、過保護だわ」


「そう、でしょうか。うぅん、そうだとしても、やはり生徒たちにはやらせられませんわね、きっと」


「そうですよ、先輩」


「うーん、そーかなー。ま、あたくし教師じゃあないし、春花さんに乗っかろうかな。さて、じゃあ締めに、お味噌汁、やっぱりあら汁かしら」


「お寿司屋さんで普通のお味噌汁はナンセンスですわ。私はかにのお味噌汁をお願いしますわ」


「あいよ」


 最後の注文、もうほしいのないと泉さんが聞き、花織ったらチーズケーキがあると知ってそれを頼んでいましたわ。


 あったかかにのお味噌汁、おいしいですわ。うふふ。泉さんもたいのあら汁、おいしそうでしたわ。花織もチーズケーキ、おいしそう……ええ、一応、おいしそうでしたわ。少々、場に不釣合いかとも、思いますけれど。


 ごちそうさまと、手を合わせ。おいしいお寿司を、堪能しましたの。


 帰り際に職人さんやレジのお姉さんに、おいしかったと言う花織やまゆちゃんたちに。店員さんのみんなが笑顔になってくれましたの。なんていい妹を持ったのかしら。うふふ。


 ああ、おいしかった。
















 誰がどうひいき目に見たとしても、これだけ大勢の女の集団に男一人は、やっぱり不審だ。おっと、レオンくんもいるから二人だけど、それだって桜園のみんながいなかったら一人になる。


 深町先生はその辺気にしてないみたいだけど。まあ、いいか。あたしが気にすることでもないか。


 今日は祝日、敬老の日。夕食を千歳ちゃんに誘われやってきたけど、まさかこんな大人数だとは。しかもお寿司。いいのかな。深町先生には支払うと言っても、頑として受け取ってくれなさそうだし。


 忘れて楽しもうっか。あたしの席には深町先生とまゆちゃん、絵里さん、それから千歳ちゃんに、あたし、可奈がいる。五人でわいわい、楽しんでいくの。……ちょっぴり、あの人の膝の上に乗ったまゆちゃんを羨ましく思いつつ。


「そんでね、憲邇さんね、ぶわーって走ってってね、一位だったの」


 まゆちゃんが身振り手振りで、昨日の運動会の顛末を話してくれる。ほうほうとあたしはそれを楽しく聞いていた。お姫様抱っこ競争だなんておふざけにもほどがあると思うけど、きっとこの人ならのりのりでやっちゃうんだろうなぁ。


「あたしも見たかったなぁ」


「ししし。あれもね、カメラでろくがしといたから、いつでも見れるよ」


「ま、まゆ? 嘘、そんなの残してるの?」


「あったりまえじゃん。いーでしょ」


「よくないわ、そこだけ消しなさい!」


「いーじゃんいーじゃん。ね、憲邇さん?」


「ああ。せっかくの思い出だ、残しとこうよ」


「あなた、じゃあわかったわ、あなたの同級生に片っ端から連絡して、高校のときの学園祭の写真を」


「ううっ。ず、ずるだぞ」


 ははぁん。例の女装したやつ、ですね。ふふふ。


「え、え、なんの話?」


「まゆはあとで教えてあげる。さあ、それでも残すというの?」


「ううっ。……ほ、ほら絵里、えんがわがきたぞー?」


「誤魔化されないわよ、あなた?」


「……ふん、わかった。こっちも覚悟を決めよう! いいぞ、集めても。その代わりお前のお姫様抱っこ競争も消さないからな!」


「まあ、なんですって! いいわ、あなたの例の写真、持ってきても同じことが言えるかしら」


「望むところだ!」


 二人がこんなにケンカ腰になるのが珍しいのか、千歳ちゃんもまゆちゃんもぽかんとしていた。変なの。夫婦ならケンカくらいするでしょ。とりあえず、あたしは間に入ってみる。


「まあまあ、二人ともその辺で。あんまりうるさいと迷惑ですよ」


「あ、ああ、そうだね、すまない……」


「そ、そうね、ごめんなさい……」


 ばつの悪そうに見つめ合う、二人。はぁとため息を吐き、なんであんなこと言ったんだろう、というのが、ありありとわかる顔をしていた。変なの。


 そのあと妙な空気のままお寿司を食べていく。まゆちゃんも不思議そうに首を傾げつつ、いかやいくらを食べていっていた。千歳ちゃんもなんて言ったらいいのかわからない顔で、もぐもぐしていく。


 ふと。その空気にまたばつが悪そうな顔の深町先生が口を開いた。


「あの、ごめん絵里。つい。そんなに恥ずかしいなら、消しとくよ」


「あ……いいえ、私もごめんなさい、ついむきになっちゃって。いいわ、残しておいても。思い出だものね」


「いや、消しとくよ」


「いえ、いいったら」


「消しとく」


「あなた」


 そこでふと、二人は見つめ合い。ぷっと噴き出していた。意地っ張りなとこ、似たもの夫婦だ。いいなぁ。


「ごめん、ありがとう。じゃあまゆの言うとおりにしようか」


「ええ。まゆは残しときたい?」


「お姫さまだっこきょうそう? うん、あるといいなぁ」


「じゃあ、残しておきましょうっか」


「そうだね。でもあまり人には見せないようにしてね、まゆ。絵里が恥ずかしいから」


「うん、わかった。よかった、ケンカになっちゃったかと思ったよ」


「あれくらい、ケンカじゃあないさ」


「ええ、ケンカじゃないわね。私たちは夫婦円満、仲良しのおしどり夫婦なんだから」


「そだね。ふふ。よかったぁ。あ、あたしサイダー、もいっぱい飲みたい」


「よしきた」


 深町先生がぴっぴと画面に触っていく。よかった。仲直りして。二人はああ言ってたけど、やっぱり軽いケンカだった思うな。でも、すぐ仲直りする、二人は本当、似たものでおしどり夫婦だとは、わかる。


 いいな。あたしも混ざりたい。人前で奥さんはできなくとも、その一団に。


 ふと、その人がこちらを見る。にこっと微笑みかける、ふしだらで誠実な、瞳に。少しだけ、気圧され。


 すぐに呑まれていく。ああ、海だ。この人は海の瞳だ。優しく、包んでくれる。


 服従、かぁ。主従関係、かぁ。いい、かも。この瞳を、ずっとずっと間近で、見られるのなら。


 この瞳に、命令、上から、見られる……


上岡(かみおか)さんはもういいのかい? まだまだ食べなさい、ここはおいしいからね」


「え、あ、はい。じゃああなごを」


 またぴっぴと入力していく。その間にまゆちゃんがお茶のおかわりを注いであげてた。へぇ、ちょっと意外。


 あたしもせめてそれくらい気を遣えるようになろうっと。後ろでサポートするんだ。


 そう思うとなんだか気が弾み、明るい声で千歳ちゃんに話しかけていた。


「千歳ちゃんもお魚食べなさいよ、さっきからたことかかにとか、もったいないよ」


「そう? じゃあ、なにがおすすめ?」


「うーんとね、ぶりとかひらめとかサーモン、あとやっぱりまぐろの赤味だね、とろもいいけど、千歳ちゃんには重たいかも」


「そう? じゃあ、全部お願いします」


 ぜ、全部ってあなた、もう。でも気にせず注文する深町先生。慣れてるなぁ。


「千歳ちゃん、食べきれるかしら」


「まだまだ平気です。絵里さんこそもういいんですか」


「そうね、もうちょっと食べようかしら。あなた、貝の三点盛りってあるかしら」


「あるよー。これだね」


「じゃあそれお願いね」


 たくさん注文したお寿司が、レールに乗って届いてくる。深町先生がそれをとってくれ、千歳ちゃんも手伝ってた。


「うわぁ、おいしいね。私サーモン、好きかも」千歳ちゃんがにっこり。


「そうでしょそうでしょ。ここ、本当においしいですね」


 あたしが言うと深町先生もこくこくと頷いてくれた。


「だろう? 回転寿司だって舐めちゃあいけない。ここのは別格だよ」


「ねー。お母さんもこういうおいしいとこ、見つけなさいよ」


「うるさいわね」


「ししし。あ、そうだ憲邇さん、お酒飲まないの? ばんしゃくしたいなぁ」


「ああ、そうだね。帰りは絵里たちに頼んで、飲んじゃおうか」


 ぴっぴ、選んだのは日本酒の千枚岳だった。好きな銘柄かな、覚えとこう。


「あらあなた、そのお酒好きだったかしら」


「いや、飲んだことないから飲んでみようかなって」


 あ、そうなんだ。じゃあおいしいって言ったら覚えとこう。でもさすが、奥さんはよく見てる。


 やがて届いた日本酒とおちょこをまゆちゃんがまず持って。注いであげようとして、体ごと傾けてた。ふふ。かわい。


「おっとっと。へへ、でーきた。はいどうぞ、だんなさま」


「ああ、ありがとう」ごくり、と、飲む、喉。はぁ。お、おいしそうね。ね、千歳ちゃん。もぐもぐ食べすぎよっ。


「ん、これもうまいな。まゆが注いでくれたからだね。なんて銘柄だったかなぁ」


「千枚岳よ、あなた」


「そうか。じゃあ家でもこれ飲もうっと。ああ、泉が好きなやつでもあるな、ちょうどいい」


 そうなんだ。泉さんは、確かメガネのよく似合うナースさんだったよね。ふぅん。


「ね、ね、もっと飲んで、飲んでっ。つぐの、楽しいのっ」


「あはは、ちょっと待ってよ、ゆっくり飲ませてくれ」


「えー、飲んで飲んでー」


 楽しそうなまゆちゃんだ。千歳ちゃんもおいしいと舌鼓を打ち、絵里さんが微笑ましくそれを見守ってる。


 いい空気だなぁ。最近、うちもこれくらい温かいけど。ふふ。あたしもあむ、とぶりを食べ、にっこりと微笑んでしまう。


 また、深町先生と目が合う。なんだかその目が、やっぱり食べているときの君はかわいいよ、と、言ってくれているような、気がして。ちょっと赤面してしまう。


 うれしいな、でも。ふ、深町先生こそ、お酒を飲む姿、かわいいって思いますよ。と、目で返事をしておく。


 もう九月も終わる。進路のこともあるし、来月辺りには、あたしの気持ちも、もっと固まっていると思う。


 そのときくらいに。抱いてもらお。きっと決心がつくはず。


 会うたびにこうして、好きになっていくんだから。


 やっぱりと一番食べたのは深町先生で、三十皿は高々と積み上がっていた。ほんとによく食べるなぁ。最後にまゆちゃんはデザートにプリンを食べ、またにっこり。最近のお寿司屋さん、ハンバーグもあるしですごいよね。あたしが小さい頃はなかった気がするなぁ。


 お会計を済ませ、まゆちゃんや花織ちゃん桜園のみんなが、おいしかったとお店の人に言ってあげて。お店の人もにっこり、ありがとうを言う。なんだかいいな。


 それから解散となる。あたしは自宅に送ってもらい、本当にお世話になりましたと、お礼を言っておく。そうだ、お母さんたちも言ってたけど、あとでお礼に伺わないと。


「今日はありがとうございました。とってもおいしかったです」


「いえいえ。じゃあね、可奈ちゃん」


 絵里さんに手を振る。あの人もほんと、綺麗だなぁ……大人のお姉さんだ。


 あたしも、混ざるの。来月までに、心が決まれば、そのときに。








 心が決まるまで……そんな時間はなかった。


 あたしは今、深町先生に押し倒されている……


 どうしよう、どうしたら。どうして、こんなことに……








「うちの学校厳しいよねー。休みと休みの間なんだからさー、休ませてくれよっての」


 
(ひかる)のやつがぶつぶつ言ってる。おおむね同意するものの、これはしょうがないとなだめすかせてみる。


「今だけだからいいじゃん。就職したら有給使えばこういうとき何連休でもいけるし」


「おお、なるほど。つまりだ、学校にも有給システムを導入すればっ」


「なに言ってんだ、お前」


 べしっと光の頭が叩かれる。仲のいい彼氏である
住田(すみだ)氏が呆れ顔でいた。


 光の彼氏だからかもしれないし、深町先生と仲良くなったからかもしれないけれど、この男子にもう怯えは、ほとんどなかった。以前のことがあったけれど、今はもう平気。それはほかの男子でも知らない男性でもそうだった。あるには、あるけど。


「違うよ、違うんだよ」


 光は続ける。「もうすぐ学園祭じゃん? 貴重な準備期間じゃん? こういうときは粋な計らいってやつで、この日も準備に費やせさせてほしいわけよ。勉強なんて手につかんわけよ」


「光はいっつもテスト前だけじゃない」


「うぐっ……だってさー」


 急にぐだっと机に上半身を放り出し、のべーっとだらだらしだす光。秋真っ盛り、台風はこの地方にはほとんど来ないものの、昼休みの外はかなりの曇り空だった。


「どーせ受験でさー、死ぬほどやるんだよ? せっかくうちは学園祭三年でもいいんだしさー、楽しませてくれよー」


「まあ、気持ちはわからんでもない。受験でぴりぴりするよりはまだ、うちはマシだろうしな。僕の友達連中なんか悲惨だよ、三年に進学した途端空気が違うってさ」


「別の学校のかぁ。ふーむ。受験ってなんなんだろうなー」


「哲学だね、光」


「そーだなー、哲学者になろうっかなー」


 顎を机の上でぐらぐらさせ、光は適当に呟いていた。


「光は進学でしょ? どこ行くんだっけ」


「尾山大。おめーは結局カメラ小僧から助手にランクアップはしないのか?」


 住田氏は苦笑いしながら首を振り、別の大学名を言っていた。


「そもそも趣味で、まだこれで食っていきたいって確信もないし。なにより親も大学出てからで遅くないだろって、とにかく進学させたがってね」


「そういうの反抗しろよ、俺は俺の道を行く! ってやつ」


「はは、できたらいいな、それ。……いや、僕もそんな情熱じゃあ、ないんだ。大学を出ておきたいのも、あるし。そう思ったら、そのときに反抗するよ」


「ふーん。可奈はどうだっけ」


「家政婦を予定しておりまする」


「あれっ。そうだっけ。悩んでたんだろ?」


「ええ、まあ。こほん。でもその、知り合いのつてを頼りましてな、その人にお願いして、今試用期間でお手伝いをしておりまする」


 先生にも驚かれたけどね。話をして、採用されればいいけれどそうでなかったらどうするつもりか、とか。一応受験前には試用期間を終え(抱いてもらうか仲間入りするかはさておき)家政婦として働かせてもらえるかの合否を出してもらうことにはなっている、と説明してはいるけど。不採用なら受験して進学、と、学力に問題ない(ところを選んだ)からなんとか納得してもらえたけれど。


「へぇー……意外だな。確かに可奈はボインだし家庭的な才女のイメージあるけど、ふーん」


「じ、じろじろ見るな、胸ばっかり、いっつも」


 深町先生ならいいのに……あっ、な、なに考えてるの、もう。


「家政婦って、就職にしてもそんなのあったっけ。どこ相談したの?」


 住田氏が聞いてくるとだからと、知り合い伝なので学校を介していないと説明をする。


「え、そんなのあり?」


「ありもなにも、たとえば住田くんだってカメラマンから直接助手に来ないかって言われたら、いくでしょ? 学校関係ある?」


「……おお、なるほど……盲点だったわ」


 なぜか驚かれていた。変なの。


「おい住田、おめーまさか、学校側が就職ならこんなのがあるよって、その中にカメラ関係がないから諦めたとか、あほじゃあないだろうな」


「い、いや、一応求人情報とか、調べることはしたけど、なかったからさ」


 そこで二人、住田氏の肩に手を置いてはぁーっとため息をついておく。


「住田、お前、あほ」


「悪いけどあたしからもあほと言わせてもらうわ」


「な、なんでだよ」


「なんでもなにも、お前師事しているカメラマンとかいるだろ、何人か」


「ああ」


「まずその人たちが助手を募集してないか、調べてないだろ」


「してないなぁ。いやだって、活動拠点県内じゃあないし」


「……」


 なんというか、光と二人顔を合わせてため息をつくほかなかった。千歳ちゃんも相当だけど、こいつも相当だと。


「住田、あたしがお前に言えることはただ一つ、勉強しろ。そしてよく調べろ、知れ」


 光の言葉に以前、深町先生から言われたことを思い出す。留学とかで見識が広がる、とかだったっけ。住田氏にはそれが必要かも。とにかくこの男子、視野が狭い。あたしから見てだから、社会に出ると相当大変な気がする。


「ええっ。な、なんでお前にそんなこと言われなきゃならないんだよ。勉強してないのお前だろ」


「あたし高学歴の人っていいなーとは思ってたんだけど、実際付き合ってみると学歴ってその人の魅力とか能力にまったく関係ないって経験で知っちゃったのよね。まあそれはさておき。あたしが言っているのは、自分のなりたい職業についての勉強ね。カメラマンになりたいからって、撮影技術だけ磨いててもなれるものじゃあないんじゃない? あんたにはもったいない彼女から忠告してやるけどさ、ただカメラだけ持って撮って撮って、撮影しているだけでなれるなら誰だってそうしてるでしょ? なるための努力をしなさいってこと。別にカメラマンに本当はなりたくないなら、別の職に就いていくつもりならそっちの勉強ね。わかるでしょ?」


「はぁ……」わかったようなわかってないような顔してる。うぅん、悪いけど住田氏、それじゃあまるでぼんくらだよ。


 あたしは決めたもの。あの家で働くために、頑張るんだから。どう頑張ればいいか、両親のこともあってちょっとずつわかってきたんだから。食べる専門だったお料理がまずは第一よね、掃除洗濯もそうだけど。あとはご奉仕を学ばなきゃ、メイドさんたちから。


 あの、大勢の女の人たちから。


「お前いいとことダメなとこが極端だな。よろしい、学園祭終わったらあたしが面倒見てやる! お前をいい男にしてやろう」


「ああ、うん。よくわからないけど、頼むよ。最近学園祭のことばっかでさ、受験勉強は実際おろそかでさ」


 ああ、疲れてたのかな。それならわかる気がする。それでもちょっとあれだけど。


「今週末だからね、もうすぐだよ。千歳ちゃんにも頑張ってもらわないと……あれ、千歳ちゃんは?」


「そういえばいないな。どうしたんだろう。昼休みになってすぐどっか行った気がする」


 光がきょろきょろするとちょうど千歳ちゃんが教室に戻ってきた。なにかちょっと赤い顔……あっ。あたしまでそうなりそう。


「おお千歳ちゃん、いいとこ来た。千歳ちゃん将来どうすんの? 進学? 就職?」


「はぁ……え、なぁに?」


 ちょっと汗までかいてる。大変だな。あたしもできるかなぁ……違う違う、その前に仲間入りできるかどうかだ。


「千歳ちゃん卒業したらどうするのかなって話」


「ああ。えっと、一応看護師さんになりたいんだけど、どうしようかなって。好きな人とか、周りからは保母さんとか先生向いてるんじゃあないかって言われてるんだ。どうしようかなって」


「へぇ、興味あるの?」


「うん。知り合いに看護師さんもいるし、メイドさんもいいなって思っているし、学校の先生もいて、お話聞いているとどれもいいなぁって。選べるのは一つだから、進学先は間口が広いところを選んだんだ」


 千歳ちゃんが言ったところはかなりの難関で、今言ったメイドはともかく、幅広い教育の機会を設けていることで有名ではあった。


「ふーん。ちゃんと考えてるんだなぁ。おら住田、こういうことだぞ、あとでみっちり仕込んでやる」


「あ、うん」


「でも千歳ちゃん、家庭に入ったりしないの? 今の彼氏さん、一生の相手なんでしょ?」


 うりうりと光が肘で突いてる。まったくもう。


「結婚はしないんだ、相手の人も言っているんだけど、事実婚でいいかなって。あと彼氏さんじゃあなくって、好きなだけだって何度も言ってるでしょ」


「頑固だなぁ。ふふ。あたしから見ると、千歳ちゃんたちはもう事実婚だけどね」


 あたしが言うとにっこり笑顔。かわいいんだからもう。


「ありがとう。上岡さんも今の人とすぐ仲良くなると思うな」


「そ、そうかな。なれたら、いいけど」


 千歳ちゃんは本当、どうしようもないなぁ。ふふふ。


 光にはまだ言ってなかったので、疑問をぶつけてきた。


「可奈って彼氏いたんだろ? なに、別れたの?」


「あ、うん。ちょっとあって、今別の人に恋煩い」


「ふーん。そうだったっけ。今度は紹介してくれんだろうなー?」


 あたしにまでうりうりしてくる。まったくもう。


「ダメです。実はここだけの話……不倫だからね」


「えっ、マジ?」


 驚く光(と住田氏)にふふふと唇の前で人差し指を立てた。「だから言えません。申しわけない」


「あ、ああ……へぇー、可奈が火遊びねぇ。千歳ちゃん知ってたんでしょ? いいんだ?」


「不倫じゃあ、ないと思うけど。上岡さん、嘘はいけないよ」


「あのね千歳ちゃん」がっくりと肩を落としつつ、今度は千歳ちゃんの肩に手を置いた。


「きゃんっ」


 なぜかびくっと千歳ちゃんの体が跳ねる。きょとんとする三人。


「あ、ご、ごめんね。びっくりしちゃって」


 さっと悟ったあたしはこほんと咳払いし、言いたかったことを告げた。


「あのね千歳ちゃん、冗談を冗談とわかるようになりましょう。あの素敵な彼氏さんからも言われたでしょう?」


「う、うん。はぁ……」


 もぞもぞっと身を揺らす、セクシーな千歳ちゃん。色っぽく頬染め、男ならくらりとくる、表情。


 あの千歳ちゃんが、こんなことされてる。可憐で純朴だった、千歳ちゃん、が。


 あたしも仲間入りするなら、絶対にされる。みんなそう、だもの。


 あの色のある視線の、目つきの先……男たちがしたい、こと……


 覚悟、ある? 可奈、あなたは……


 あなたは深町先生の瞳が、大好きだけれど。見つめられるとときめくけれど。それでもいいの?


 わずかな時間。軽く自問自答していたあたしを置いて、今度は光が千歳ちゃんをいじっていた。赤い顔の彼女はまた真面目に反応して、場を和ませている。


 いい。視線が苦ではもう、ほとんどない。今度の学園祭でわかる。大勢の男もいる中で、きっと平気だと確信できる。


 好きになった人から、だけは。見てほしいとこいねがう。その先を求められて、うれしいと。思えるん、だから。


 だから今日も、訪問しちゃおう。あの人の家へ、行っちゃうんだ。








 放課後は雨降りだった。曇天はすぐにみんなを濡らして、早くうちへ帰りなさいと言っている。


 帰るの。好きな人の家へ。


 とはいえ、自転車で訪問していたあたしと千歳ちゃんはびしょびしょになり、慌てて出迎えてくれたメイド長とメイド二号の、先輩予定の二人にタオルを貸してもらい、わしゃわしゃと制服を拭いていた。


「バスでも使えばよかったねー」


 とあたしが言うと、千歳ちゃんがいない。


「おトイレだそうですよ。可奈ちゃんもお部屋で着がえたほうがよいのですよ。千歳ちゃんのサイズ入ります? あれなら、いろいろなスタイルの女の人がいますから」


「すみません、お世話になります」


 あたしが一番近いスタイルなのは広子さんかなぁ。ちっちゃい子が多いのもあるけど、みんなお胸は控え目だものね。深町先生が気に入らないとこかも。かといって、小さくすることもできないし。


 ぱたぱたと千歳ちゃん(と静香さんもだっけ)の使わせてもらっているお部屋へ案内してもらい、そこでびしょ濡れの制服を脱いでいく。セーラー服が透けちゃって恥ずかしい、うう。冬服に衣替え、早くと思ったけどまだまだ暑いしなぁ。


 がちゃりと扉が開き、巴さんがあったかい飲みものとお茶菓子まで持ってきてくれた。「風邪引くとよくないからね。あ、これ試作なの。感想ちょうだい、じゃあね」


 ぱたんと去っていった。うぅん、いつ見てもメイド服、様になっているなぁ。あとカッコいい。背も高いし。すらりとした美脚、美人。


 制服を脱ぎ捨て、下着姿でクローゼットを開けさせてもらう。いやはや、千歳ちゃんと静香さんの私服の多さたるや。どれだけここに通っているかあまりにも明白で、もう住んでいると言っても過言じゃあない。


 だらしないけれど温かいホットレモンを飲みながら、サイズの近いものを探していった。着られそうなものを何着か見繕い、千歳ちゃんが来たらどれがいいか聞いてみようと、いったん落ち着いてお菓子を手に取る。


「わぁ、なにこれ、すごくおいしい」


 また笑顔になってしまうのだ。すごいなぁ。チョコ菓子の、なんだろう。おいしい。


「千歳? ここかな、来たんだろう? 直行するように言って──」


 また急にがちゃりと、扉が開かれる。


 深町先生がこちらを見ていた。私服でなぜか上半身裸、ジーンズ姿の。


 あたしは間抜け面。お菓子を頬張り、間抜け面。ただし、白い下着姿で。


 にっこり笑顔が、一気に崩れ去る。軽い悲鳴を上げたあたしは慌ててその辺にあった布を纏い、背中を向けてへたりこんだ。


 なんで? なんでなんで? 頭がぐるぐる混乱する。どうして深町先生が? ていうか、見られたっ。ああうん、前に裸なんて見られたしおっぱい揉まれたけど、でもそれとは違うし違うの、ああはず、恥ずかしいっ! こんなだらしない姿、恥ずかしいよ、うう……


 全身がかあっと熱くなる。恥ずかしいと思えば思うほど、身動きが取れなくなっていた。すぐに扉が閉まるか、深町先生がなにか言って立ち去るのをただ待っていく。


 すると。確かに扉は閉められたけど、誰かが近づいてくる、足音がする……


 がばっと、背中から抱きしめられた。


 頭の中が真っ白になる。


 耳もとから低くていい声が、届いた。


「君はかわいいね」


 深町先生の声だ。あたし今、深町先生に抱きしめられてる……え、なに言われた? なにを言われたの?


「食べてるとこ、すごくかわいいよ。食いしん坊さんだね」


 優しい声……大好き。がっしりした腕、たくましい。


「ほしくなった。君が」


 ぞぞっと、背筋の毛が逆立つ。甘やかな声が色っぽく、あたしの耳朶を打った。


「私のものになれ、可奈」


「……」


 顎を持たれ振り向かされて、ぐっと顔と顔が近づく。そこで瞳を見つめられ、また恥ずかしくなり逸らすと、ぐいっと体が倒れた。


 包まっていた布がはぎ取られ、下着姿のまま押し倒される。下があたし、上が深町先生になり、またぐっと顔が近づけられる。


 目と鼻の先。好きな人が見下ろしている。


 瞳は真剣、嘘なんてついていない。


 あたしがほしいと、言っている。


「お前がほしい」


 どくん。


「お前を寄越せ」


 どくん。


「……はい」


 あたしはそっと自分から彼を抱きしめた。ゆっくりと覆いかぶさってくる背中を絡めとる。


 お互いの心臓と真意が重なり、一つになれた。気がする。


 ゆっくりと背中が離れると、あたしは目を閉じた。上向いた唇が触れる、男の硬さ。


 初めての好きな人とのキスは、ただひたすら甘いものだった。


 うれしくて、切なくてよくわからなくて、ただぎゅっと抱きしめる手に力がこめられる。ぎゅっと、もっとぎゅうっと抱きしめて、男の人を感じていた。


「はぁ……」


 唇が外される。じっと見下ろす視線と自分が交わり、気持ちを交換し合った。


 頷く。なります、と。すべてをあなたに捧げます、と。


「きついよ。それでもいい? いや、いいね、可奈? なりなさい、なるんだ」


「はい」


 背筋を這う、正体不明の疼きに、さらに背を向けて。あたしはただ肯定した。


「よろしい」にんまりと笑う好きな人がいる。それでいい。いいんだ。


「今晩泊まっていきなさい、いいね? 最初にここはちょっとあれだから、やりたいことも教えたいこともいっぱいあるからね」


「……」


 黙って頷いた。ゆっくりと彼の体が持ち上がり、手を差し伸べられてそれを取る。


 二人で床に座りこんでいる。見つめ合うと素直になれないなんてそんなの嘘、あたしは寄り添っていた。下着姿であることも忘れて、身を寄せていた。深町先生はむしろ布で隠してくれる。


「今日はちょうど休みでね、千歳と遊んでたんだ。ああ、千歳知らない?」


「いえ、おトイレだそうです……」


 海で見たときよりずっとずっと上半身、締まってる。鍛えだしたのかなぁ。惚れ惚れするよ。はぁ。別にあのときの体に不満なんてないし、筋肉がないと男はダメってわけなんてないから、いいけど。あるにこしたことは、ないよね。はぁ。


 胸のどきどきがすごい。ばくばくしてて、本当に爆発しそうになるんだ。この人の彼女さんになれた。なれたんだ……


 初恋の、人と。


 思いが叶った感慨にぞわぞわして、なぜか当たり障りのないことを話そうとしてしまう。


「ど、どうしてまた、急に? あ、あたしのことは別に、好きじゃあなかったん、ですよね?」


「ああ、どうしてだろうね。ほしいと思ったのは久しぶりかもしれない。君の下着姿がかわいいと思ったのもあるだろうし、もぐもぐしているところがいいと思ったのもあるだろうし、そんなところを見られて恥じらう姿がきたのかもしれない。とにかく、可奈がほしくなった。急にね」


 おでこがこつんとぶつかる。男の人の体温、今はあたしのほうが高い。


 求められる、幸せがいっぱい、溢れてきた。


「うれしい、です……あたし、も、深町先生と一緒に、とってもとっても、なりたかったから……」


 服を着ることも忘れ、裸の胸板に飛びこんでしまう。よしよしと抱えこまれ、あたしの幸福は最高潮だった。


 ……しばらく。そうしていると時間が過ぎるのはあっという間。雨で濡れたはずなのにむしろ熱くなり、照れながら離れる。にっこりと笑う深町先生。また目を奪われた。


 海みたい。またふと、そう思えた。


「じゃあ今晩、ね。呼んだら部屋に来なさい。千歳がここにも来ないからすれ違ったんだろうし、今は出て行くね。じゃあまた」


「はい」


 ハーレムの仲間入りなのに、あたしは落ち着いていた。浮気され放題、なんならその子たちと一緒に仲良くする。十八股、それなのに。


 あの人の傍にいられたらいい。それだけが今、あたしを占めている。


 どくん。胸がまだ、痛い。








 その日の夕食の場に同席させてもらう。いえ、これからずっと、ここにいるんだ。いられるだけ、いるんだ。


 柚香里さんが自分は手を付けずにあーんしている。とても羨ましい。あたしもしたい、な。したい。すごく、なんでも、ご奉仕、したい。


「あ、そうだ。可奈が私の女になったから言っておくね」


 きゅ、急に言って、もう。いいけど。


「ああ、そうなの。よかったわね、可奈ちゃん」


 絵里さんがにっこり言ってくれた。……あれ、みんな全然驚いてない。


「ようやくかぁ。おそかったね。憲邇さんのことだからなんでこんな時間かかるのかふしぎー」


 まゆちゃんがご飯粒をくっつけながら言ってくれた。そ、そう? みんなは早かったのかなぁ。


「お互いの気持ちを確かめる時間が必要だったんだ。みんなは最初から、その、私に首ったけだったし」


「あら、じゃあ憲邇くんも可奈ちゃんに惹かれたの?」


「ああ」


 紗絵子さんの問いに決然と答える、深町先生。また胸が、じんわり。


「私がほしいと思ったから、私から迫ったんだ」


「まあ! 憲邇くんから? 嘘、信じられないっ。まあ、に、く、た、ら、しぃー」


 じろっと紗絵子さんがこっち睨んできちゃった。そ、そう? みんなそうじゃあ、ないんだ。


 ……あ、あれ。なんかみんな、あたしのことじろじろ、見てばっかり。ど、どうしたんだろ。


「よいですか可奈ちゃん」こほんと良子さんが咳払い。「将来的にメイド三号になる予定ですので、今のうちに言っておきますけど、ここの大勢が、正妻の絵里さんをのぞいてほぼ、みんなが自分から迫って、お願いしてハーレムの仲間入りを果たしたのです。ご主人様に求められる誉れを、最初から得ていることを重々、頭に留めておいてくださいね」


「はぁ……」


 やっぱり絵里さんが正妻なんだ、とは、言えず。そういえば時期が来たら婚姻届けも出すんだっけ。いいなぁ。


 あ、絵里さんと視線が合う。なぜか同情が含まれていた。変なの。


「可奈ちゃん、今あなたが感じている視線、なぜか私も頻繁にもらうのよ。みんなね、こう見えて嫉妬深いから」


「絵里の野郎は特別でしょーがっ。ふんっ。こら現役女子高生、あたくしたちだって現役ナースよ、男の人が好みそうなもの、ちゃんと持っているんだから、いーっ!」


 なぜかあっかんべーを眼鏡のお姉さん、泉さんにされる。ちょっとぽかんとしてしまった。気がつけば確かに、一部を除いて恨めし気な視線に囲まれている。深町先生だけ意味がわからないと首を振りながら、次々と差し出される実姉のあーんを受け取っていた。


「いいですわね。私など深町さまにもらっていただくまでに一悶着ありましたし、それもこちらから願いましたわ。深町さまから、ということを、ご自覚あそばせ」


 鋭い視線をやるのはまだ中二の花雪ちゃん。鋭いと言っても、お嬢様だからかなんだかかわいげがある(と言っては失礼かも)。


「……そう、なんだ。深町先生がこれだけ、俺の女になれって言ったんじゃあ?」


「いいや?」もぐもぐ、食べてるとこ、深町先生こそかわいい。「確かにみんなのほうからばっかりだったかな。絵里も一応私からだけど、ほとんど絵里からのようなものだったしね、アプローチもすごかったし」


「最初に私のことほめまくってあれこれかわいいだの美しいだの、言ったのあなたよ、忘れたの?」


 うぅむ、絵里さんってこうして聞くと、ハスキーボイスだね。囁く感じもちょっとあって、綺麗。


「あれ、そうだったっけ。でも本当のことだしなぁ」


 うわぁ、無自覚だ。しかもイケメンでなんて、罪すぎる。勘違いするなってほうが無理だよ。


 でも、か。だからこそ、深町先生から言ってもらえたことに感謝しよう。ありがとうございます。うふふ。


「かなおねえちゃんよかったね。ななほもおともだちふえてうれしいなぁ、えへへ」


 ……事情がある奈々穂ちゃんに関しては、これからもっと詳しく教えてもらわないとな。


「ま、そういうわけだからよろしくね」


「よろしくお願いします」


 あたしが言うとひとまず場は収まった。かと思いきや。


「今日は千歳に昼休み一人えっちするよう言ったんだ」


 ぼっと顔が熱くなることを言われる。


「こういう命令を四六時中する。従ってもらう、お前は私の女だ、いいね?」


「……」もじ、もじ。でも。「はい」


「よろしい。おいおい教えて、調教してやるよ。みんなと同じようにね。自分から愛奴ですと、言うようにしてやる」


「……」


 曇りはない。男の色に、あたしは自分からぶつかった。


 いける。


「じゃあ、これみんなやってるから、見えるようにどこか、巴、なにか台持ってきて、その上でスカートめくって下着見せなさい」


「……はい」


 一つ目だ。これからあたしは、女になっていくんだ。


 こつ、こつと、歩いて用意された台の上に立つ。みんなが注目する中(男は一人だけだけど)、あたしは自ら着ている千歳ちゃんのワンピースをめくった。


 白い下着が、なんの変哲もないものが人目にぶつかる。みんながちらっとだけ見て、すぐに逸らす。羞恥心の高い子ばっかり。


 深町先生を見ると、じっとそこに視線を注いでる。


 見られてる……


 深町先生だから、いいんだ。すごくすごく、うれしいんだ。ふふ。


「よろしい。戻していいよ。今夜は楽しもうね」


「はい」


 こちらも笑顔になりながら席に戻り、おいしいおいしい食事に舌鼓を打っていく。今までで一番おいしいお食事、かも。


「ちえー。なにさ、うれしそーに髪結んじゃって」


 まゆちゃんが口をとがらせてた。


 ……将来、できるであろう素敵な彼氏さんに、夜は優しく、ほどいてもらうために。するって決めていたことを、今夜から、やっているの。そうと一応説明したけれど。


「憲邇さん、ひいきしたら許さないかんねっ」


「しないよ。みんな一緒だって言ったろう。私はいまだに絵里が正妻とか、よくわからないからね」


「そーお? お母さん一番じゃん、みんなそう思ってるよ」


「え、そう? うぅん困ったなぁ。別にそんなことはないと思うけど」


「ねぇ。まゆたちが変なのよー」


 絵里さんが言っても説得力ゼロだけどなぁ。深町先生と息ぴったりだし。あ、ほんとだ、さっきのあたしへのじろじろ視線、今度は絵里さんに向かってる。わかるなぁ。すごく。


「あ、これだけは言っておかないとね。千歳、可奈、学園祭もうすぐだろう? 迷惑、かけるからよろしくね」


「はい先生」「はい深町先生」


 千歳ちゃんとにっこり、なんのことかわかってお返事するの。


 するの。最初にいきなり学校でなんて大変だけど、きっとできるんだから。


 おいしいご飯に、誓って。








「あたしはあなたの性奴隷です。好きにして、ください」


 深町先生の寝室に入ってすぐ、あたしは言った。白いパジャマを目を細めて見る、大好きな人に。


「へぇ……早速言ってくれるなんて、びっくりしたよ」


「ちょっとでも驚かせたくって。どうですか? こういうのでいいんですか?」


「ああ。もっとうまく、いやらしいことを自ら言えるよう教えてあげるよ」


「はい。あたしをもらって、くださいっ」


 胸板へ飛び込んだ。しっかりと受け止めてもらい、強く抱きしめてもらう。


 温かい。気持ち悪くなんてない、温もりがそこにあった。


「もらってあげる。ありがとう。うれしいよ、可奈……」


 もう一度見つめ合い、もう一度口づけ……淡い果実は味わい深く、しっとりと体の奥へ実りを浸透させていった。


 そのままフレンチキスへ移行する。舌があたしの口をこじ開けて、半ば無理矢理……される。男の人の硬い舌先が歯の裏を蹂躙し、あたしの舌と交わりたいと跳ね回る。おずおずと差し出したものとねじり合い交じり合い、違う唾液の味を伝えてくれた。


 ちゅぱちゅぱとした音、ちょっと卑猥。でも気にせず、キスを終えて目を開けてみると、やっぱり海が広がっている。どきどきして、たまらなくて、またぎゅっと飛びこんでしまう。ずっとこうしていたい。ずっと抱きしめ合いたい。胸板に埋もれる、幸せを感じていたい。


 満足するまでやらせてもらい、ふうと一息つくと、なぜかなでてもらう。なでなで……あ、あれ、あたし子供扱い、そんな好きじゃあ、ないはずなのに、どうして気持ちいいんだろ……


 ぱらり。そのまま結んだ髪をほどいてもらう。優しくほどかれると、ふわふわとまた心地よかった。


「私は髪はストレートがいいなぁ」


「ふふ、長くって、ですね。知ってます。でもあたしだってこうしていたいんです。許してください。おしゃれですっ」


 という言いわけ。本当はこうして夜にほどいてもらうためなの。言わないんだから。ふふふ。あ、あたしだって、うまくコントロールして、みせるんだから。


「ああ、なるほど。いいとも、存分におしゃれなさい、私のために」


「はいっ」


 知ってる。スカートいっぱい、だけにしますから。


 そっと大きな手のひらがほっぺを覆う。添えられた手のひらを感じるとまた、目が細まるの。


 それが下へ向かう。そのままパジャマの上から、おっぱいを揉まれる。あのときと似た、でも完全に違う、えっちな触り方……


「んっ、い、いつでも揉んで、いいですから、ねっ」


「ありがとう」


「ふああっ」


 な、なんでか変な声、出ちゃう。ああしかもなんでか、すっごくうれしい、ああっ。


 初めての喘ぎ声を出しながら、あたしは揉まれ放題、揉みくちゃにされていった。あたしの胸はどうもそういう、感度、っていうのかな、それが高いらしく、とても声を我慢できるものじゃあなかった。


 体が熱くなってくる。胸を揉み転がされるだけで、息が切れてきた。


「ほっぺた赤いよ。興奮する?」


「……ほんと、えっちですね、深町先生」


「うん。毎日セックスしないと多分死んじゃうね、私は」


 毎日……ま、毎日、この人の相手しなきゃなのかな。絵里さんとか、してるのかな……


「一週間お試しコースで、やってみる?」


「……ま、まずは週に二、三回程度で……」


「わかった」


 とん、と押されると、ふわっとベッドに背中から着地する。深町先生が裸になり、あたしの上にのしかかった。


 がっちりとした、体のライン。肩幅広い。お腹ぎゅって締まってる。脚が意外と太い……


 あそこ、すごい。こ、ちょっと、怖い、かも。入るかなぁ。ぐ、グロテスクだわ、ああ。女も大概だけど、あんまり見たこと、ないし。


 ぷち、ぷち。ボタンがゆっくり外される。脱がすのも楽しいって顔だ。自分からなんてなかなか脱げないしちょうどいいかも。ああ、ブラ、気に入ってくれるかな。一応、この日のために綺麗なのを選んだけど。


 純白のレースのブラ。安直に少しだけ背伸びをして、大人らしくリボン少な目に。ハーフカップはまだ早いかなと、四分の三にしたけれど。谷間、いい、かな。真っ白、好き、かな。


 染めてもらうの。この人の色に。


 上も下も下着だけにしてもらう。そのまま、じっと見下ろされた。


 視線が、全身を通過する。舐め回すでもなくじっと、見つめられると恥ずかしくなり、目を逸らしてしまう。


 ……でも。


 この視線、好き。うれしい。


 ……どくん。


 ……見て。もっと、もっともっと、見て……


 肌を隠すようにしていた腕が、どかされる。シーツをつかみ、逸らした瞳がちらちら、上を窺う。切れ長の瞳と一瞬だけ目が合い、またすぐ逸らす。でも、また見ちゃう。そしてそれ以上に、見てもらう。


 ……なにか変な感じ……に、陥るの……


「綺麗だよ」


 びくっと背中が跳ねる。もぞもぞと太ももが擦られ、くすぐったくて、いい。


「透き通った白い肌だね、綺麗だ」


「……ちょっと、脂肪が多いです。よく食べますから」


「ふむ、どうして女子はそういうとこ気にしすぎるんだろうねぇ。ぷにぷにしてて、かわいいと思うけどなぁ」


「ふふ、そういうことじゃあないんですよ」


 そっと手を伸ばした。今度はあたしが深町先生の体をなぞる。頬から首筋、肩を通り、手の先へ。しっかりと握り合うと包み込まれてしまうようで、ほっとする。恋人繋ぎだ、へへ。


 甘い目線の時間は過ぎ、今度は触れ合う時間になる。また上からキスが降ってきて、そのまま裸が重なってきた。ブラもショーツも脱げ、全裸になる。裸と裸がぶつかって、少しずつ汗がにじみ出してきた。


 男の人の興奮が伝わってくる。早くえっちなことをしたいと、迫ってきている。胸の高鳴りを抑え、できるだけあたしは冷静に努めようとした。


 最後に短い間、じっと海があたしを貫き。そうして、股間に這い寄ってきた。


「んぅっ」


 硬い舌がお股をこじ開ける。茂みをかき分け、躍動して大切な部分をまさぐり、舐め回して、きた。こんなことも、するんだ。


 ……どくん。 


 自分のお股の間でもぞもぞと動き回る男の人の頭を、とげとげしい髪の毛をさわさわとなぞってみる。あたしもなで返すと深町先生も嫌いじゃあないのか反応しない。


「はぁっ」


 びくっと体が動く。舌がクレヴァスの上のよくわからない突起を舐めると、全身が感電したみたいになる。あたしは紅潮しながら、それでも舐め続ける大好きな人を見ていた。


「あっ、あっ……あん、深町先生……」


 女みたいな声が出る。そりゃああたしは女だけど。でも不思議で、こんなところを舐められようとも全然いやじゃあない。むしろ真剣に集中している様子を見るとどこか、かわいいって思う。母性本能かな。


 ……やがて。糸を引く液体が流れ出し、顔を離した深町先生の口からとろりと垂れていた。準備が整った証拠、それくらいはわかる。


 てかったような男の口が動いた。


「ここになにをしてどうなるか言ってごらん?」


「……愛して、もらいます」


「ふぅむ、みんな素敵だね。まさに大和撫子だ……」


 ぎし、っと巨体が近づく。あたしはなぜかおろおろ、挙動不審。


 言わされる。いやらしいこと、言わされるんだ。ひ、光の前なら、冗談めかして結構えげつないこと言ってきたんだけどなぁ。


 この人の前では、無理。どうしても恥ずかしいと思って、しまう。


「お前のま○こにち○ぽ挿れて生
膣内射精(なかだし)して子宮に精子を届けてあげるんだよ、孕まされるんだ、わかる?」


 きっと右耳から左耳へ通り過ぎていってくれた、はず。なにを言われたかなんて、きっと聞いていない。


 はずなのに心臓がばくばく言っている。想像だけでもう、燃えそうだった。最初は調子づいて、光のときのように言えたのに。


 言え、ない。


「あ、ごめん。そうだね、君の意思を聞いていなかった。妊娠したくないなら、避妊するよ。どうする?」


「……したい、です」


 自然に声が出ていた。お腹を見て、そこに宿る神秘を、願って。


「ありがとう」ちゅっ。「じゃあ言って? わかるよね?」


「……」


 顔が明後日を向く。正面を向けない。


「こう言ったほうがいいかな、言えよ」


 顎を持ち上げられ、無理矢理正面を向かせられる。迫る、深い海。


 どく、ん。


 にっこりと、笑顔が近い。


「言えって言ってんだろ、早くしろ、ぐず」


 ときめいてしまった。


「はい。あたしを妊娠させてください」


 挿入してもらった、っ。はぁっ。急にずぶって、ずぷってっ。はぁ、はぁ、息が大変で、汗が出る。


 お薬なし、避妊具なし。子作り、してる。


 うれしい、な。


「あっ、ああっ、ふああっ」


 あたしの声、聞きたくない。まるで感じているようで、初めてじゃあないみたいで。血が出ているのが見えれば、あたしの処女がわかるはず。初めてはこの人が好きかどうか、気になるけれど。ただただ、硬いものがあたしを、貫いていく。


「ああ、ごめん。つい動いてしまった。可奈は初めてだったね……」


 ちゅ、と優しいキスが過ぎる。少しの間動くのを止め、穏やかに抱きついてきてくれた。あたしも抱え返し、荒い息を整える。温もりを感じれば、落ち着きはあっという間に取り戻されていった。


「……おお。なんだか可奈って、腋がセクシーだね」


「え?」


 ぐいっと右腕を持ち上げられ、繋いでいたいのに放り出されてしまう。じろじろと遠慮のない視線が普段は閉じている右腋に注がれ、なんだか恥ずかしい。


「へぇ、多分、可奈は健康的な体をしていて、ふくよかで肉感的だからかな。腋が際立って見えるよ、私にはセクシーだ」


「……よく、わかり、はぁ、ません」


 ちゃんと処理したかなとか、そういうので頭がいっぱいだ。匂いをかがれちゃうともう、大変かも。男の人ってみんなそういうデリカシーないのかな。夜だからかな、この人だからかな。


 繋がる下腹部からは、本当に素敵な熱を、感じるけれど。


 むしろ……そこからは……


「舐めていいよね?」


「い、いや」


「舐めさせてくれ、ね?」


「や、やぁ」


 あたしが首を振っても、恥ずかしいと顔を真っ赤にしても持ち上げられた右腕は戻らない。ぐんぐん男の顔が近づく、ああ、どうしよう……


 べろり。舌が、腋なんてとんでもないところを、通っていった。あたしの体がびくん、びくんと、跳ね……


 どくん。


「おいしいよ」


 耳の裏から話すのは、卑怯だ。じわ、と涙ぐむ唇が上へ突き出て、キスをせがむ。それくらいさせてほしい。するとすぐに塞がれ、あたしの腋を舐めたのと同じ舌が楽しげに侵入してくる。


 変態だ。許せない。許せないから、いっぱい愛してもらおう。


「ひどいです」


 離れたあとに言う。少しだけ眉を上げた深町先生はでも、軽い口調で言った。


「今後ともやるよ、やらせてくれ。可奈を味わいたいんだ、全身で」


 またゆっくりと動いていく。これだけしておいてほかなんてなにを今さら、かもしれないけど、それはそれ、あたしは絶対抗議するつもりでいた。


「ああっ」


 すぐにそれは雲散霧消する。男の人は硬くって、太くって、大きくってたまらなかった。入りきってないかも、すごい、すごい……ずりずりと擦れるたび、またそこから感電していくようだった。目が、ちかちかする。


 痛くなんてなかった。一つになる実感がおへその下から、こみ上げてくるだけ。それはうっとりと恍惚を届け、あたしを満足させる。性的な快感はまだ、でも、近しいものは感じる。


 あたしは潜在的に、いやらしいのかもしれない。


「ああっ、ふっ、ふうっ、はぁ、はぁっ……はぁーっ、あ、あっ」


 肉体的な疲れより精神的な疲れを感じる。緊張が強かったのか、思った以上にあたしは疲労していた。深町先生は慮るのが上手で、小休止を交互に挟みながら楽しげに動いてくれてる。気持ちいいんだ、と思えばほっとした。け、けど、小休止で腋をぺろぺろするのはどうにかならないかなぁ。うう、恥ずかしい。


 恥ずかしい、のに。どうしてだか、喜びが混ざる。


 求められている。女を。ちょっと、せっかくそこそこあるおっぱいをあまり触らないのは不思議だったけど。男の人って巨乳好きじゃあないのかなぁ。


 頭がぼんやりしてきた。痛みではない、けれどずきずきとした不思議な感覚が下半身を覆う。繋がりは一度も抜けず、執拗にあたしをいじめてくる。濡れが激しく、いやらしい音、声……耳の奥を揺らす、素敵な声が何度も繰り返される。


「気持ちいいよ」、なんて。


 腰を持ち上げられ、ぐっぐっと突き上げられる。あわあわと高い声が漏れ、また泣いてしまう。結合が外れないようしっかりと両脚を絡め、離さないようにする。胸が揺れるとまたデリカシーなく言い続けられ、そのまま舌が胸の先まで届いてくる。かと思えばぐしゃって潰すし、また腋をぞろりと指先が掠めるようになぞるし、もうやだ。えっちだ。えっち、えっちなの。


 ……笑っていた。深町先生が、だけれど。気づかなかったけれど。


 あたしも。笑っている。


「気持ちいいかい?」


「……あっ、あんっ」


 言えない。言えるはずもない。確信もない。


 でも。気持ちいいかは別にして、このセックスは、このえっちは。


 よかった。


「嘘でいいから、言って? ほら、気持ちいいって。私も興奮する」


「はぁ、はぁん……んふ、気持ちいい……気持ちいいの、深町先生……っ」


 腋を舐めさせないためにも両腕を深町先生の背中に回した。にこやかな笑みを作り、じっと海と見つめ合う。


 あたしの思い、伝われ。


「ふああ!」


 しっかりと腰を持たれ今までで一番強くおっきなものが突いてきた。我慢できず高らかに喘ぎ、裸がくねってしまう。ぱちんぱちんと連続で早く早くかたぁいものが奥までぶつかり、とても耐えられない。


「可奈、お前が好きだよっ」


「はい、あたしも好きぃ!」


 絶叫だった。なにか大きなものに身を任せていた。頭がうまく働かない。熱い肉体だけが目の前にある、繋がってる、一つになって、いる……


「ほら出すぞ、ねだってみせてくれ、初めてなのになっ」


「はい、はいっ。ああ、あたしに生ナカダシ、してえ……はぁ、はぁ……気が済むまで、生ナカダシ……はぁ、いっぱい、するんでしょう? 毎日、するんでしょ、だったら、あたしにも……っ」


「可奈っ」


「ふやっ、ふああっ!」


 激しく、なった。意識が飛びそうになる。豪快に強引にセックスされ、あたしはまた、笑っていた。


 この人のものになれる。


 しあわせだ。


「出るぞ、膣内射精だっ」


「ふああ
 あん、ふふ 大好き……


 なにかがお腹の奥まで届けられる。どっくんどっくん、注がれ、妊娠しちゃうかも。したい、すごく。この人の子を宿したい。願いが届けと、思うとおりに大量に注いでもらった。


 ごぷ、と外れるとすぐに溢れる。ぼんやりとした頭はなにも考えられず、ただ惚けていた。汗をぬぐう素敵な人をうっとりと見つめていた。


「気持ちよかったよ、可奈。ありがとう」


「いえ、こちらこそうれしかったです。えっちしてくれて、ありがとうございました」


「どういたしまして」


 まだキスをする、キス魔。ふふふ。横に転がってくれ、またぎゅっとしてくれる。あたしは温もりに包まれ、腕枕までしてもらっちゃった。憧れ、かも。うれしい。


 ごろごろいちゃいちゃ。ふわぁ。しあわせぇ。なでなで、最高。


 リードしてもらって大成功を確信するけれど、でも、それだけじゃあ、いけない。


「あたしもっと、上手になりますから……えっと、これからもよろしくお願いします」


「こちらこそよろしくね。なに、気にしないでゆっくりいればいい。可奈であれば、いいんだ。それがいい」


 そっと頬ずり、うれしい。みーんなにもこうなのね、うふふ。


 あたしらしくあればいい、と。


 あたしが好きなんだ、と。だからこんなに増えちゃったのね、ふふ。そういえばちょっと、ほかの女の人の匂い、するかも。くんくん、どうかな、あたし嗅覚鈍いかも。


「まあ」ぐいっと顔と顔とが、一センチ未満の距離。「夜は支配するけどね、それだけだよ。受け入れてくれ、ね?」


「……はい」すりすり、しちゃうの。


 露出だってする。コスプレだってする。ほかの人と一緒だって、する。ご奉仕するの。あたしを捧げるの。もらってもらうの。


 変わったのはあなたの、おかげですから。せめてお返しをして、それとともにありたい。あたしもそれだけ、だわ。


「将来はこちらに就職でも、いいですか」


「もちろん。君が選んだ道だよ、私はそれを尊重したい」


「ありがとうございます……うふっ。深町先生、大好きっ。ずっと一緒にいますっ。いさせてくださいねっ」


「もちろん。離さないよ」


 ほっぺにちゅっ、ほ、ほんとキス魔。あと、無意識にそういうこと言うの、ずるい、イケメンでっ。こ、い、こんなカッコいい人が言うと、様になりすぎてて怖いわ、もうっ。


 ……縛って、ほしいかも。性的な意味で、なくて。


「あ、あの、ほかの人は深町先生から言ってもらえたってわけじゃあないって、話ですけど」


「ああ」


 もぞもぞと胸板をのの字になぞる。


「深町先生の中で順番とか、あるんですか? どの子がお気に入り、とか」


「ないよ。みんな同じだし、同じに扱っている……つもりだ。でもどうしてか通じないし、みんな絵里が正妻だ一番だのなんだの、言うんだよねぇ。不思議だ」


 なでなでを受けながら言われる。その辺はまだ日が浅いあたしにはわからないところだ。付き合っていくとわかるかも。


 でもそれは、遅れてのスタートでもハンデはないということ。少し安心して、またもぞもぞっと全身をくっつける。裸のお付き合い、とくんと心臓の音が聞きたい。


「うれしいですね、そういうの。みんなあなたのその言葉で、安心してるんですね、きっと」


「そうかな、だといいけれど」


「……あたしはまだ、足りませんけれど、これからもっともっと、頑張りますから」


「ありがとう、うれしいよ。可奈こそ、いっぱいいるし我慢させることも多くなると思う。いいかな?」


「はい。深町先生のための我慢なら、いくらでも……」


 むしろしたい。いっぱいしたい。


 させられ、たい。


「ありがとう。いつもいつも思うよ。君たちには敵わないな、って」


「あはは、反対ですよ。あたしこそ深町先生には負けます。すごいなって毎回思いますもん」


「そうかな。強さ弱さで言うなら、間違いなく女性のほうが強いよ。それは絶対だ」


「そう、ですか。不思議ですね、あたしは反対意見です」


「ふむ。不思議だね」


 目と目が合う。また唇が触れ合う。胸板にあたしの胸がむにゅんとくっついて形を変える。重なり合う肉体がまた体温を近づけていくの。


 とけちゃいそう……


「深町先生、んっ、大好き、んっ」


「ん、私も大好きだよ」


 何度も唇をぶつけ合い、それからまた寄り添って、笑顔でいた。次第に瞼が落ちて来て、ゆっくりと眠りに入っていく。


 傍にいる、安心感。


 それはそれは、穏やかな微笑みで眠るの。








 翌朝、あんなに大成功だったのに、体は無情にも下腹部にずきずきと、今度はしっかりとした痛みを残していた。おおう、と思わず起きて上半身を起こして、悶絶したっけ。こんなに、なんて。


 でも。ふふ。にへっと顔がおかしくなっちゃうのは、仕方ないよね。これは証だ。忘れたくない。


 なによりも、隣にかわいい寝顔した大好きな男の人が眠ってるんだもん。あー、うあー、かわいい……


 これをキスで起こさないなんて、王子様はいないでしょう。立ち場逆? 知らないわ、そんなの。


 ちゅっとキスで彼氏さんを起こして、あたしの朝は始まった。


 明けてまた本日も休日、どう過ごそうかと考えるもなんとこんな日も深町先生はお仕事。大変だ。


 朝食にあーんをまたしていたけれど人が変わっていて、交代制とか。二週間ごとだそうで、病院がある看護師二人は別個と、ここにあたしを混ぜるとどうするか相談しましょうと言われたけど、とんでもないと断っておいた。が、そんなのはダメ、順番にやらなきゃあと半ば強引に朝食で会議をさせられる。新参だしそう毎日来られるわけでもないのに、と思ったけれどあまりにも千歳ちゃんがしあわせそうにあーんをしているのを見るとくるっと考えが変わり、おずおずと金曜日をリクエストしておいた。なんとなくだけれど、絵里さんと一緒にやってみたいと思ったのだけどそれが通り、絵里さんと同じ日にあーんとなった。絵里さんも大人で寛大にいいよと言ってくれ、よしと張り切りだしてしまう。ああ現金な、あたし。


 後片づけも将来のこともあってお手伝いを積極的に願い出てやらせてもらう。尽くすのつの字もできてない身の上だけど、ちょっとずつやってこうっと。ちょっとお股が大変だったけど。


 ああでも、顔がにやけちゃうなぁ。ふふ。今日学校じゃあなくってよかったかも。絶対友達に気づかれたりなにか言われるよ。特に光。


 と、そうして食器を洗っていると、くいくいとまゆちゃんにくまのエプロンを引っぱられた。


「ね、可奈お姉ちゃんきのうはじめてえっちしたんでしょ?」


「え、あ、うん」


 ほんとちっちゃい子って物怖じしないな。あたしのほうが赤くなっちゃうよ。


「一緒のおふとんだったんでしょ? そいじゃあ、朝のごほうしした?」


「へ?」


「あんね、起きたらこーんなにいっぱい女の子がいるんだから、一緒に寝てくれてありがとうって、起きたらふぇらちおしてくわえたげようってみんなで決めたんだ。ほんとは憲邇さんはどっちでもって言うんだけどね。上に乗っかって自分からいれて動くのでもいいけど。そいで起こしたげるの。してないでしょ? 憲邇さん起きてすぐしゃせいしないとつらいって顔するから、してあげたほうがいいよ」


「……えーっと」


 ちょっと頭がついていかない。え、え? この家、こんなにもピンク色なの? ていうかまゆちゃん、まだ七歳でしょ? す、すご。


「憲邇さんやさしいから、可奈さんはじめてだししなくってもなんにも言わないけど、今度からしたげてね。憲邇さんも喜ぶし。そいでさーあ、多分そのせいで今日奈々穂ちゃんぐうぐうなの。憲邇さんが朝走ってきてからがばぁって奈々穂ちゃんとえっちしたみたいでさ。いいなー」


 そういえば朝食に奈々穂ちゃんいなかったけど。え、え? そんなえっちするの? 毎日どころか? ええ……


「あ、あの、まゆちゃん? ふ、深町先生って、そ、そんなにお盛んなの?」


「そだよ?」むしろきょとんとされてしまった。「最初に言ったじゃん、教えたとき。憲邇さんねー、すごいんだー。えーっと、可奈さんで十八人だけどね、前の十七人のときからみんなに一週間に三回以上えっちするんだ。ときどきいっぱいえっちできるお母さんと柚香里さんがね、大変なんだって。ひとばんじゅうやってるの。いつ寝てるのかなぁ、憲邇さん」


「……」


 絶句するしかない、衝撃の事実。お、恐ろしい……た、耐えられるかしら、あたし。


 よし計算よ。数字は嘘をつかないわ。一週間に三回、それが十七人で五十一回。で、それを一週間で割ると……


 深町先生一日に七回以上、えっちしているの? わぁお。なんだかおかしくなってすらくる。


 昨日のまずは一週間お試しって、あたしだけに集中してくれるっていう意味ではなく、全員にしつつさらに、ってこと? うわぁ……これだけ大勢だから、性生活は女側はかなり少なくって、処女のあたしは結構楽天的に考えてゆっくりいけるかなって思ってたんだけど。


「あ、そうだ、無理なときは無理って言ったほうがいいよ。憲邇さんだからわかってくれてると思うけど、言ったほうがいいよ。憲邇さんすごいかんね。あたし何回かほんとに死んじゃうって思ったもん。詩音さんなんかたまに気絶するって言ってるし、みゆちゃんもなりそうって言ってたし。ね? 体こわしたら大変って、いっつも泉さんも広子さんも言うしね」


「あ、うん」思わず返事をしてしまった。なんだそりゃあ。これだけ大勢いて、さらにその中は(そりゃあ体弱そうな子多かったけど)気絶するまでやる? うわぁ……ぎゃ、逆に一晩中相手できる絵里さんと柚香里さんはなんなのかしら。化けものかしら。


 そんなあたしの心中を知ってか知らずか、まゆちゃんは無邪気にその絵里さんについて言う。


「お母さんすごいよね、いいなって思うけど、あっこまでいくの大変そう。なまナカダシ十回も二十回もしてもらってさ、いくのももっともっとするんだってさ。すごいよね。はぁ。あんだけたくさん正の字書いてもらえるの、うれしいと思うけどさぁ。そんだけしてたら絶対死んじゃうよ」


「正の字?」こんな幼女から生ナカダシとイクという単語が出ることはもう無視しよう。


「うん。太ももにね、なまナカダシしてもらった回数を正の漢字で書いてもらうんだ。しゃせいの回数のときといっちゃった回数のときがあるよ。お母さんね、正の字二個とか三個とかよく書いてもらってるみたい。柚香里さんもだけど。いいよねぇ。ああいうのあるとすぐわかるし、えっちだよね」


 どエロかよ。思わず(一応心の中で)つっこんでしまった。笑顔で言うものじゃあないよ、まゆちゃん。


 昨晩はお楽しみだったけれど、あんなの序の口、序章の序章だった、ってこと、なのね。腋を舐められてあたふたしてたあたしはまだまだ、本当に甘かったんだ。


 どくん。


「あ、ね、ねぇ、深町先生が好きそうな、その、プレイとかって、教えてもらえる?」


「ぷれい? えっちのことだよね? うーん、そういうのみんな憲邇さんとだけにして、ヒミツにしてる子多いと思うよ。一緒にしたらわかることもあるけどさ」


 そこで彼女はほくそ笑んだ。「ししし、なーに、憲邇さんにもっともおっとごほうししたいの? 喜んでもらいたいんだ?」


「え、えっと、あはは、うん」


「あたしもー。仲間だね。うーん、そうだなぁ……あ、こういうの好きだよ」


 まゆちゃんはそこでなぜか携帯を取り出し(持ってるんだ)、いそいそとちょっと頬を赤らめてミニスカートをめくって、女児の水色のしましまをぱしゃっと撮って、ぴっぴと動かしていた。……まさか。いわゆる、エロ写メというやつでしょうか。


「きょ、う、の、ぱ、ん、つ、っと。えへへ、気に入ってくれるかなぁ」


「え、そ、それ、深町先生に送ったの?」


「うん。こういうの好きだよ、憲邇さん。あたしたちがね、自分からちょびっとだけやらしいこととか、下着とか恥ずかしい格好見せたげると、喜ぶよ、お、お返事きたきた。まだお仕事じゃあないのかなぁ……」


 その文面を見て、またにっこり。この笑顔だけは、とてもかわいらしいのだけれど。


「えっへっへぇ。憲邇さん大好きだよっ。しょうがないから、言うとおりしたげるねっ」


 なにをするかわからないのは子供らしい(と思う)けれど、その笑顔でやりだしたのは淫らなことでしかなかった。


 よいしょっと座りこみ、ぺたんこ座りでハの字にして、くいっと自分のぱんつをずらし、まだ子供の大事なところをあっさりと見せちゃう(見てる人なんていないけど)。そこを、そこをまた、自分で赤くなりながら撮影して、送っていた。


 もはや大先輩と言ってもいいほど、あたしとまゆちゃんには差があるようだった。


「どうかなぁ。うふふ。あ、きたきた。……えー。もー、えっちだなぁ。しょーがない、やったげよっと」


 呆然と眺めていると、まゆちゃんはどんどんと行動を起こしていく。ごそごそとどこから取り出したのかペンを手に持ち、きゅっきゅと、じ、自分のお腹に文字を書いていた。うわぁ……あたし驚いてばっかり。


 あ、でもまゆちゃん、それまゆちゃんから見てだから、上下逆さまだよ。なんて書いてあるか読めないわ。


「逆、だよ」


「え? あ、あーっ。そだね、うぅん、どうしよっかなぁ。可奈さん、書いてー?」


「え、あ、うん。な、なんて書いてあるの?」


 すでにあるのは消さないんだ。消せないのかな。うう、すごいわ、この子。


「『けんじさんせんよう』って書いたの。あ、ひらがなでね、むつかしいかんね、憲邇さんの漢字」


「う、うん……」


 やだ、どきどきする。ほんと、どエロだわ……


 きゅっ、きゅと、ペンがまゆちゃんのぽこぽこお腹を滑る。なんとか書けるとまゆちゃんは気にせず、また携帯で撮ってた。ピースまでしてた。顔赤いのに。


 それより、もっと。好きな人を喜ばせたいのね。わかる。


「ふっふっふー。さすがにいーでしょ。……えーっ。も、もーっ。け、憲邇さんえっちすぎだよ、ちぇっ。憲邇さんがやんのなら、いいのになぁ。自分からは恥ずかしいよ、うー」


 かわいい。七歳児だわ。あそこさえ丸出しじゃあなかったら。あ、あれ、これで終わりじゃあないのかしら。えいしょっとぱんつ脱いじゃって、またぺたんこ座り。スカートめくって、指がいけないところに向かって、あ、あ、うわぁ……


 閉じたクレヴァスを、自ら左右に開いて、中身を見せていた。あ、あんなのかしら。女もなかなか、男がグロテスクとか言えないわね、うわ……ピンク色、だけど、ピンクはピンクでもちょっと違うかも、なんていうのかしら、ちら、ちら。


「もーっ! 見ちゃダメ! 憲邇さんだけにすんの!」


「あ、ごめんね」


 そそくさと体を翻す。またぱしゃりと大きな音がして、撮影は成功したみたい。布が擦れる音がして、着直したのを確認して、二人で携帯のお返事を待つ。


 届いた内容に、今度こそ満面の笑みだった。かわいい。


「えへへ、よかったぁ。はぁ。憲邇さんこんくらいえっちだかんね、気をつけなよ」


「う、うん」


 とてもじゃあないけど、今すぐ同じことをしろは、無理だわ。あたしのキャパシティを超えているわ。


「でもこういうの好きだかんね。覚えとくといいよ。すぐペンももらうと思うし。いつでも書けるようにしとくといいよ。いつでも憲邇さんのごめいれい聞けるように、ね? いうこと聞いたげるとね、憲邇さんすっごく喜ぶんだから」


「うん、わかった。できるだけ頑張ってみるね」


「うん、応援してるね。一緒にがんばろ。じゃねっ」


 ぱたぱたとミニスカートが翻っていった(あの中は、ごくり)。元気だなぁ。あれだけ動いて活動的だと、ぱんちらしまくりじゃあないかしら。いいけど。


「……よし」


 覚悟なんて決まってるもの。あたしは食器洗いを再開して、気持ちを切り替えた。


 また時折、にへらとしつつ。でもまゆちゃんを思い出し、はらはらともしつつ、赤くなりつつ。……落書きかぁ。正の字かぁ。そういうのもあるんだなぁ……深町先生に書いてもらえるなら、愛の言葉なんか、あはは……


 笑顔がそこに、残るの。それだけなの。
















































































 第九十三話あとがき的戯言




 こんばんは、
三日月(みかづき)です。


 シリアスなシーンがありましたね。今回くらいはまじめに。


 泉さんはきっと、悲しみを乗り越えてくれることだと思います。きっと。憲邇さんも。


 やっぱり笑いは大事なのですよ。笑う門には福来る。素晴らしい名言だと思います。


 笑いましょう。笑顔が一番ですよね。泉さんが笑ったところで、読者の皆様にも笑みがこぼれることを、願いつつ。


 可奈さんも仲間入りし、これから笑顔でいることと思います。歓迎しますよ、憲邇さんはね。ふふふ。ハーレムの仲間入りするとは思っていなかった人は、はてさてどれくらいいるのでしょうか。ちょっぴり気になります。


 それではここまでお読みくださり、ありがとうございました。また次回もよろしくお願いします。




 
20150315 三日月まるる






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テーマ : 18禁・官能小説 - ジャンル : アダルト

2015/04/26 19:15 | 小説COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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