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「ごめんなさい」その十四_第十四話_騙すのは簡単、騙し続けるのが難しい

 こんばんは、三日月です。
 以前の話のちょっと気になる点をわずかですが修正。話を変えたわけではありませんがすみません。気にしないでくださると幸いです。
 拍手ありがとうございます。回数が多くありがたいです。更新するときしかブログをチェックしないので、急に増えてて喜びもひとしおです。これからも頑張ります。
 それでは十四話です。どうぞ。
















 



 十四 騙すのは簡単、騙し続けるのが難しい



 



 



 隣に座って下さった。手を繋いで下さった……ああ、赤くなってしまう。自分から体を預けるなんて、あんなことを言ってしまうだなんて、ああ、はしたない。



 ……恋した人だと、こんなにも嬉しいのですね……この年でこれが初恋だと、知ったらあの方は呆れるでしょうか……



 異性に胸高鳴ること。級友たちが盛んに話し合っていたこと。私には本当に縁遠いことでした。スポーツができるから、勉学ができるから、外見が麗しいから、内面が美しいから。私にはあまり理解できませんでした。そうして、実際に付き合ってみるとは思っていたことと違う、あんな人だなんて思わなかったと、口々に言うのです。



 自らの理想をぶつけて、そのとおりにならないからと怒るのは、お父様となんら変わらない、私からすれば唾棄すべきものでした。



 殿方より告白されたこともそれなりにあります。お母様から勧められ、試しに付き合ってみた人もおりました。けれど、その方も同じでした。私が少し意にそぐわない行動をとるとは、君がそんな人間だとは思わなかったと、すぐに別れたがったのです。そうでない方とは、大人になってから知り合いました。別れたがらず、寧ろしつこく付き合っていることを回りに言いふらしておりました。お父様に取り入ろうとするのが、しばらく経つとわかりました。



 ……お父様がある方を気に入りました。私は共にあるのがとても辛く、自らの話ばかりを繰り返すその方が嫌いでした。お父様の前でだけ、不思議と豹変するのが少し怖くもありました。けれどお父様は彼に求婚なさいました。……私は嫌だと、言えませんでした。お父様は私の抵抗を嫌がっております。嫌だと一言告げるだけでも、なにをされるかわかりません。一度抵抗したときに、私が長年愛用していた日傘を、もう古いからと捨てられたときは自室で一人泣いてしまいました。亡くなったおばあ様にプレゼントしていただいたもの……大切にしたかったのに……



 結婚という人生の大事でそれを言えば、今度はなにをされるのか。想像もつきませんでした。恐怖で、身が竦んで、ただ頷くしかありませんでした。彼のことをお前も好きだなと、問うてきた言葉に返す言葉もなく……ただ、はいという返事が生まれました。



 結婚生活も苦しく、窮屈でした。もとより、思ったことの一つも言えない私でしたが、更に拍車がかかりました。文句の一つも、小言の一つも言えませんでした。どれだけ帰りが遅くとも、家を散らかされても……他の女性と、ホテルに入るところを目撃しても、何一つ言えませんでした。私にだってプライドはあります。結婚した以上、私を妻と見て欲しかったのに……彼が見ているのは、自由に使えるお金と、お父様の権威だけでした。



 一番辛かったのは夜でした。その点だけを見れば、寧ろ他の女性とホテルで過ごしているほうが楽でした。



 痛くありました。今まで経験してきたどのことよりも、痛く感じました。初めてがあの人だと、思い返すと今でも寒気がきます。初めてのキスも、初めてのセックスも、あの人に奪われたのだと思うと、悲しくてなりません。



 ずっと痛いままでした。脚を広げるだけでも恥ずかしくてならなかったのに、それを忘れるほどの痛みでした。裸になるところまでは覚悟が足りました。けれど……胸を掴む指が荒く、大切なところの匂いをかがれてしまうと涙が止まりませんでした。そのまま舐められ、堪能された後に体の真ん中を舌が這っていき、唇にきたときは拒絶できない自分を呪いたくなりました。一切濡れず、感じませんでした。感じる訳、ありません……それでも、早く終わって欲しいと演技をしました。その声に悦んでくれました。そのまま、気持ち悪いものを挿れてきました。痛かった。張り裂けそうな痛みでした。なかなか挿入(はい)らないからと、彼はどこからかローションを取り出しました。今度は挿入りました。でも、奥へ突かれれば突かれるほど、動かされればそれだけ、痛くてたまりませんでした。血が出ていることにも彼は悦んでいました。苦痛に歪む顔にまたあれを硬くし、髪を痛むほど引っぱりあげて観察されました。今度は痛くて声が出ました。それが喘ぎだと勘違いしたのか、ますます激しく動かしてきました。荒い息が頭に残っております。お母様の言うとおりでした。セックスはとてもいいことではないと。ほんの十分程度のことでしたが、私には何時間にも感じました。こんな人の子供を産みたくない。それも言えぬままでした。



 翌日は股のあちこちが痛く、家事がうまくできませんでした。幸い、彼は夜を別のところで過ごしたので助かりました。……けれど次のときに、顔の前にあれを突き出され、咥えろと言ったときはなんのことか理解できませんでした。口を開けろと言われ、開けた途端あれが侵入してきました。死にたくなりました。こんなことまでされる、私はただの性欲処理の人形かと思い……また涙し、ただ目で懇願しました。すると余計に硬くし、また髪で激しく頭を動かされました。吐きそうでした。動かされた勢いで歯がぶつかると、頬を叩かれました。舐めろと言われました。動けませんでした。また叩かれ、四度か五度目辺りで恐る恐る舌を出しました。震えが止まりませんでした。まるで奴隷です。やがてまた口の中に入り、噛まないよう気をつけていると射精されました。苦かった。途中から顔にもかけられたときは自分の人間性を否定された気がしました。人間としてみていない。吐き出すと、またなぜか叩かれました。再度口を蹂躙されました。ちゃんと飲めるまで何度でもやると、言われました。地獄でした。結局飲めたのは三度目でした。自分の顔から精の匂いがするのは悪夢でしかありませんでした。更にその後、また濡らさないまま犯されました。激痛に身をよじり続け、苛立った彼にまた髪を抜けるほど引っ張られました。何度もしたせいか、長く時間がかかりました。涙が枯れるほどでした。



 耐えられたのは十日まででした。口で言えない私は、やがて体で拒絶しました。夜になれば彼を避け、別の部屋に鍵をかけて閉じこもりました。



 それで妊娠しているとわかったときは神様を恨みました。お父様は喜びます。これで跡継ぎが生まれると。お母様はしっかりと寄り添ってくれ、頑張りなさいと言ってくれました。



 幸い、以後子供のためか手を出そうとしてくれなくなったので安心しました。子を産むことだけは辛くありませんでした。あの人の子供だと思いませんでした。私の子供だと思い込むようにしました。愛しく思えてきました。



 女の子でした。お父様は落胆し、また子作りに励めよと、なんの気なしに言ってきます。言えませんでした。痛くてたまりませんと。



 お母様に相談しても、それは夫婦の問題だからと取り合ってはくれませんでした。他の夫婦の性生活など、深入りすぎて聞けません。どうしようもありませんでした。



 それでも、しばらく彼はお気に入りの人ができたのか、何年も抱こうとはしませんでした。嬉しかった。このまま年老いて私が女でなくなればいい。そう思い子育てに力を入れました。



 娘が六つのとき。もう一度だけ、彼は私を求めてきました。父親の手前、男を産んでおきたい。お前なら一度でできるだろうと、逃げられない状況に追い込まれ、されました。怖かった。今度は逆に妊娠して欲しかった。また、この痛みを、また、この陵辱を受けるのかと思うと、逃げ出したくなりました。



 幸か不幸か、その一回でまた赤ちゃんができました。これで男の子だったら解放される。あの苦しみを二度と経験することもない。そう願って……また、女の子だったときは私は神様に嫌われているんだと思いました。



 お父様は厳しく私を責めました。お母様は最初に男の子を産んだと。私はお母様と違うと、言える訳もありません。そして、そこに彼が乱入し、自分がいけないのですと、僕と彼女では男を産めないのですと、離婚を申し出てくれました。嬉しさで涙が出ました。彼は私に、悲しいのはわかるが、お父上のためだと意味のわからないことを言いましたが、とにかく頷いておきました。お父様はばつが悪いのかたくさんのお金をあげていました。ただ、親権は私が欲しいと、勇気を出して言いました。これだけは言えました。生まれた二人の女の子はかわいいのです。どうか私のようには育って欲しくなく、幸せになって欲しいと願っていました。そのために彼に渡すのは嫌でした。彼も受け入れてくれました。お父様もそちらのほうが都合がよろしかったのか、反対もしませんでした。



 子育ては辛くもあり楽しくもありました。泣き喚く赤子をあやすのはとても幸せを感じられました。わがままを言わない花雪(かゆき)に少し心配にもなりました。



 娘のためを思えば、共学になど通わせたくはありませんでした。一生男を知らぬままで、幸せになって欲しい。子を育てるのは幸だけれど、過程は地獄でしかないのだから。誰か他の人の、養子をいただければいいと思っていました。



 今のうちにそんな方がいないのかと、ある児童養護施設を訪問することがありました。養子をいただくということは実際そういった施設からだけではないと、そのときは詳しく知りませんでした。家族三人で行くと、そこに……あの方がおりました。



 たくさんの子供たちと一緒に遊んでおりました。子供たちと一緒に、子供たちの目線で遊んでおりました。子供の理不尽なだだをきちんと諌め、我慢することを覚えさせていました。そして怪我をした子を助けようと子供なりに頑張った子にはきちんと褒めていました。



 私のお父様とは大違いでした。



 花織(かおり)はすぐに施設の子供たちと仲良くなりました。来年初等部に上がる彼女と、同年代はたくさんおりました。花雪と同じ年頃の子供も数人おりましたが、私以上に引っ込み思案に育ってしまった花雪は私の傍におりました。わがまま放題ができるのにそれをしようとしない花雪が、少し悲しくもありました。



 あの方は深町(ふかまち)憲邇(けんじ)様といいました。柔らかな物腰で、よき父に見えました。この方の奥様はきっとあんなことを迫られてはいないでしょうと、羨ましくもありました。



 色々と教えて頂きました。こちらのお子さんたちと親しくなり、養子とすることはもちろん可能ですし、児童相談所などで斡旋を受けることも可能ですと。ただ、子供がまだ中学生の時分からそのような相談をなされる方は初めてですと、苦笑もされました。



 どうしてですか、と。なぜを問われました。私は深く考えずにことのあらましを簡単に話してしまいました。



 そこから、あの方に惚れに惚れてしまったのだと、思います。



 そんなのはセックスじゃないと。そんなのばかりではないと、言うて下さいました。褒めて下さいました。相手の子供を育てていることに。子供たちが健やかに育っていると、いい母親なんですねと、言うて、下さいます。



 花雪に声をかけました。先ほどのことはもちろん聞こえないようにしましたが、花雪は私から離れようとしませんでした。人見知りが激しい娘に、深町様は名前や、学校のことなどを訊ねておりましたが、花雪は黙り込んでいました。それでも深町様は笑って隣にいてくれました。なぜか、子供たちに呼ばれたのに花雪の傍におりました。しばしの沈黙の後、大丈夫、怖い男の人ばかりではないよと、君の父親は怖いかもしれないけど、でも世の中は広いからと、また、にっこり……



 私は気付きませんでした。私が別れた夫に対し恐怖を抱いていたことを、娘に悟られてしまっていたことに。花雪が女子のみの学校生活に不満を抱かないからか疑問も抱きませんでした。



 深町様は決して自分のことばかりを話さず、こちらのことばかりを話してきました。今眼前に広がる花織と子供たちの遊び場がどうなっているか。これから起こる、学校での楽しい出来事について……



「……私、八尋(やひろ)花雪と申しますの」



 娘が自分からそう言ったとき。私以上の勇気を持ってくれていたのだと、嬉しくなりました。



 君にぴったりの名だねと低い声は微笑みます。雪のように清く、花のように美しくなって欲しいとの願いを込めてつけた名を、ぴったりだと形容される。娘は意味を理解し、紅潮した頬のまま彼にすり寄っていきました。……私にできない、積極性が娘にはありました。少し誇らしいものでした。



 本当にセックスはあのようなものでないのなら。花雪はそれを選んでもよいのかもしれません。少なくとも、そう告げてくれた深町様となら。けれど……



 あの方に合わせたい。肩を並べて、隣り合って歩きたい。私より二十センチ以上背が高くいらっしゃるから、なかなか難しいとは思いますけれど……気がつけば施設に通っていました。児童とも仲良くなり、深町様がなにをなさっているのかも知りました。それからは病院にも行きました。私の世間知らずから一度診察室に入りそうになり、ちらりとですがあの方の仕事中の顔を目撃してしまいました。……美しいと、感じました。



 そこでようやく、子供の頃に友人たちが言っていたなにができると、外面と内面のよさがわかりました。外見は普通の方ですが、内面は素晴らしいものでした。人を救う、尊い職業。お金を稼ぐお父様のお仕事が悪いとは言いません。けれど、まるで別次元のように思えます。患者さんは皆さん感謝しておりました。あそこまで私たちのことを考えてくれる人はいなかったと、当人も家族も笑顔になっていました。



 何度か通ううちに、児童養護施設では辛いこともままあることを知りました。それを解決しているのも深町様でした。あの方は施設の創始者と仲がよかったというだけで、お金に困ったときに自腹を切っていました。出身者かとも思いましたが違うようで、不思議でした。施設の子だからと、世間の冷たい目が攻撃すれば真っ向から反撃しておりました。学校でいじめなどの問題があれば飛んで行きました。……慕われるはずです。辛いことがあった後は遊んであげていました。よく泣く子供を抱きしめ、慰めていました。施設の子供たち全員が言うことですが、彼をお父様のように思っていると。虐待を受けた本物の父親より、優しくしてくれる今のほうが本当のお父様みたいだと、口々に言いました。



 あの方が花雪と花織の父親になってくれたら。そう思うのに時間はかかりませんでした。お父様も再婚はまだかと言うてきます。死別以外に、夫婦が離れることなど許したくないようです。幸運なことに、深町様は独身でした。信じられないことでした。



 お仕事が終わる時間を待つようになりました。そうして、お食事を共にし始めると、やがてお出かけに誘われるようになりました。家族三人でが多かったのですが、時折、私一人で、二人きりで、で、デートなさって下さいました。



 それまでに幾人か私とお付き合いを望む方がおりました。その方は私の金銭感覚や立ち振る舞いがおかしいとお思いになるらしく、こちらのレベルに合わせて欲しいと何度も言うてきました。お金は私が支払うのが当然だと思われているようでした。おかしな格好はしないで欲しい、日傘なんて差すな、夏なんだから長袖はやめて欲しい、たまには短いスカートを履いてみてはどうか、などと。私は怖くて肌を、他人に見せたくはありませんでした。私の肌に色を見られることは恐怖でしかありませんでした。



 けれど深町様は私のことを変だと仰いませんでした。それがあなたなんですねと、まず納得して下さいました。それから、一般の方はこうだと教えて下さいました。けれど、あなたがそのとおりにする必要はありませんよと、言って下さいました。あなたはあなたです、と。今まで生きてきた過程を否定できるほど、私はできた人間ではありませんと。



「これからあなたがどう生きたいかです。世の中には色んな人がいます。あなたがどうなりたいかですよ。無理をして周りに合わせる必要はありません。ああ、私はあなたに合わせたいので合わせます。でも、あなたまでそうする必要はありませんよ。それと、男にはプライドがあるので経費を払わせてください。でないと拗ねるんです。はは、くだらないでしょう?」



 ……私は、命令されるがままの楽に、甘えていたのかもしれません。父のこうしなければならないという強制に従っていたかったのかもしれません。この方が自分というものが大切だと、自分がなにをしたいかを考えて欲しいと言うて下さることに考えさせられました。私であること。それがどのような意味なのかを。



 一度、勇気を出して手伝いのものでなく自分でお洋服を選んだとき。深町様は予想通り見抜いてくれました。似合ってると、はにかみながら……私らしくあろうとしたことがいいと、褒めて下さいました。



 これはけして命令でも強制でもありません。現に、この方は別のお洋服は似合わないとはっきり申してくれましたもの。



 『私』を求めて下さること。『お父様の娘』でも『八尋家の長女』でもなく、『春花(はるか)』を求めて下さること。それが嬉しくてたまりませんでした。



 お互いに告白もしないままのお付き合いを続けました。あの方はどう思っていたのかわかりませんけれど、私は周囲に、お付き合いしている方がおりますと、言い続けました。



 お父様がそれに気付き、深町様のことを調べると勝手に求婚なさったときはどこまで勝手をしたいのですかと、嘆きました。……あの方から、言って欲しかった。好きですもまだ、キスだって抱きしめてもらうことだってまだだったのに……でも、暗い安息もありました。これで受けて下さるのでしたら、本物の夫婦になれる。この方になら、あのような辱めを受けても耐えられる、いいえきっと、嬉しいとさえ思う。花雪も花織も仲良くできている。きっと幸せな夫婦生活を送れる……



 断られてしまいました。考えてみればそれも当たり前のことなのかもしれません。深町様は私共の経済力などをなにも頼ろうとしませんでした。私共のほうでより大きな病院勤めなど、彼の言うプライドが許さなかったのかもしれません。けれど、私は、私たちの間だけは……頼って欲しかったのかも、しれません。私はそのとき生まれて初めて、自分の家の持っているものを頼って欲しかったのだと思います。なぜなら、結局私にはそれしかないのですから……



 深町様はなにもない私でも褒めて下さいます。二児の母でも、春の花のように美しいと言うて下さいます。それを受けるたびに少女のように頬を染めてしまう自分がいました。花雪のように、隣に座ろうものなら舞い上がって身動きが取れなくなってしまいました。年甲斐もなく、はしゃいでいたのだと思います。



 だからこそ、花雪には辛かったのでしょう。母親から女に戻ろうとする私が、憎かったのでしょう。私があの方とどうなるおつもりですかと、花雪に問われたとき。そのときはまだお父様は求婚しておりませんでしたから、迷ったもののこう答えました。



 指輪を贈られる間柄になりたい、と。



 それまでにも花雪は様々な手段を講じてあの方と仲を深めようとしていたのは知っておりました。あの方が好きだと、言いはしませんでしたものの深町様はきっと自分のほうを好いて下さいますと、何度も激昂しておりました。……子供の好きは、風邪のようなものだと思っておりました。私の学生時代がそうだったからです。周りの友人たちの恋心は、風邪のように移り変わりしていくものでしたから。けれど違いました。娘は本気でした。一緒に入浴したと聞いたときは耳を疑いました。深町様は紳士ですから、本当にそれだけでしたと、花雪は悔しそうに言いました。



 先ほどの問いに答えた私に、娘は怒り心頭をし、家出をしました。頭のよい花雪は、追跡を振り切り三日三晩逃げ続け、見つけたときにはぼろぼろに疲れていました。なにも怪我や、ひどいことをされていないことが救いでした。



 このままでは深町様といい関係は築けない。そう思い、実家に帰りました。元々花雪たちの学校通いのためにこちらに越してきただけでしたから、スムーズにことは済みました。時が忘れさせてくれる。そう思っていました。



 携帯電話というものを持っていない私と、深町様との連絡手段は、手紙と普通の電話だけでした。手紙を送るたびに、返事が待ち遠しくてなりませんでした。あの方の四角い文字が愛しくさえなりました。短い時間だけの電話が、儚くて仕方ありませんでした。あの方の低いテノールが、耳に響いてなりません。



 一年間……想いが募るには充分にすぎる時間でした。私は少し世間に慣れました。あの方もどこか変わってらっしゃるのかもしれません。



 けれど、父は変わらないままでした。またの勝手な婚約に、今度ばかりは……我慢できず、攫って欲しさに電話しました。誘いの言葉が少し残念ではありました。けれど、行けばあの方は受け止めてくれる。思い出がまた作れる。そう信じて……



 あの親子が、憎い。



 このような私より、よほどお似合いの方がいる。憎くて、仕方ありませんでした。



 



 



 他の方はどう思うか知りませんが、私は深町様が共に寝室を過ごしたとしても、そのような関係でないとどちらも言うのならそれは真実であると思えます。娘がそうであるために。



 女としてみられていないのではもちろんなく、それは同時に子供と共にあるからだとわかります。あの方なら、子と寝ると同時に夜を相手させるなど、選ばないでしょう。信じられます。



 けれど……尾方(おがた)様は妻としか思えない挙動をします。ほぼ必ず、食事の席は隣です。時折、娘が勧めるのと同様に、自分の作られたお料理を勧めます。あ、あーんなどと……気軽に触れ合い、時に叩き、時に寄り添い、私がやりたいと望んでいたことを至極簡単にやってのけるのです。羨ましくてなかった。……同時に、あのような振る舞いができないから、私は断られたのだと気付きました。恋人がいる、でも尾方様は違う、でもあのような触れ合いを……わからなくなってきました。



 花雪も断られたのだと、すぐに気付きました。しばらく花織と共に学校も行かないため、どうしているのかと思うとずっと部屋に閉じこもっていました。塞ぎ込んだその表情から、まだ十四の若さでは足りないのだと思いました。



 唯一元気なのは花織でした。まゆちゃんという新しいお友達を得て、毎日楽しそうでした。他にもみゆちゃんという同い年の、まゆちゃんと仲のよい女の子がおりましたため、三人でよく遊んでいました。よくお料理の支度も手伝いに来てくれました。実家と違い、手伝いのものが止めないここで、十二分に羽を伸ばしているとわかると、それだけでもここに来た甲斐があると思いました。



 深町様は大きく変わっておりました。大きく成長し、雄大なまでの優しさを内包しておりました。幼い頃に陵辱されたまゆちゃんの傷を、まるで関係のない他人であるのに、患者となっている訳でもないのに、癒そうと必死でした。男性恐怖症となってしまったのを治そうとし、一度逸り過ぎて失敗したのだと、悔しそうに言っておりました。胸が苦しくなりました。こんなにも他人を思い遣れる──尾方様は他人などではなく、恋……いえ──方にまでなっていらっしゃる。前々よりたくさんの方々から好かれているのはわかっておりました。けれど今は、私などが想像するよりも多くの方から、感謝と好意を受けているのだと思います。



 あの頃はお互い好きであると思っておりました。心で繋がっていると信じておりました。けれど……手紙でも申されたとおり、深町様にも新しい恋人ができました。今更、頼りに来ること自体おこがましいのかもしれません。また甘えているのかもしれません。



 でも、私ももう、二度と陵辱されたくはないのです。深町様の言う、愛のあるセックスがしたい……じゃれて言う程度の『激しいの』でもいいのです。深町様になら……



 時折、私が視線をやるとあの方はさりげなく二人きりにしてくれ、そして隣り合ってくれます。また手を握ってくれます。肩を借りても、なにも言わず……この先が欲しい。抱きしめて欲しい。唇を重ねたい。衣類を脱ぎ捨てて温かなものに包まれていたい。



 恋人がいるのなら別れて欲しい。私のために、私を選んで欲しい。……そんなの、言える訳ありません。あの方にだけは言えません。それと知った人に、相手の方にしか言えません……尾方様じゃないのなら、誰なのか。わかりませんでした。使用人が自惚れて横恋慕しているのはわかりました。けれどあの方が相手するはずなどないと思います。だとするとやはり同僚の方でしょうか。教えて下さいなどと、言えるはずもなく……



 時間が切れてしまいました。



 その日、使用人の葛西(かさい)が引き止めているにもかかわらずこちらまでやってくるものがおりました。扉を開けたのは、見慣れた執事の荒牧(あらまき)でした。



「こちらにおられましたか、お嬢様」



「……なんの用でしょう」



 彼は無表情に告げてきます。「今ならば我らの主もお咎めなしとしてくださいます。我が侭も大概にし、どうかお家のことを考えてくださいませ」



「……私はもう、この家で何度も夜を過ごしました。この家の主とそのような関係なのです。ですから」



「ですから」



 言わせてくれませんでした。「今なら独身の自由として見逃すと言っておられるのです。本来ならこのような暴挙、許されるはずはありませんが、我らが主はこの度の蛮行にひどく心を痛め、寛容になっておられます。日取りはもう来月でございます。どうか、今一度考えを改めてくださいませ」



「……」



 なにも変わっていないのですね。既成事実がすべてを、打ち壊すことはできないのでしょうか……



「私、嬉しくて妊娠検査薬を使いましたの」



 眉が釣り上がる。「欲しかったのです。年甲斐もなく産むつもりですわ」



「中絶は痛うございます。いくら独身とはいえ」



「貴方は相変わらず私の話を聞いてくれないのですね……産みたいのです。今度は男の子かもしれませんわ」



「……参りましたね……その方のことを本気で愛しているというのですか」



「ええ、もちろんですわ」



「……わかりました。私では判断しかねますので、一度主に話を通しておきましょう。相手の方は、この家の主で間違いないのですね?」



「ええ」



「ではご連絡して参ります。もしかしますと、実家のほうより主と奥方様がいらっしゃる可能性がありますが、今ならまだ間に合います」



「くどいですわ」



「わかりました。失礼します」



 ようやく、出て行ってくれた……私はどっと疲れ、ソファーに背中を預けてしまいます。



「……す、すごいご家庭にいるんですね。ひどい……」



「深町様はいつ頃お帰りでしょうか」



「今日は取材があるそうなので、十時頃ではないでしょうか」



「……」



 それまでにお父様たちが到着する可能性が高い。直談判されたのなら、私に勝てる望みなど、ないに等しい……



 嫌です。もう痛いのは、嫌ですわ……



 



 



 本当にお父様とお母様がやってきました。まだ夕方の六時。深町様に言伝を頼みましたが、忙しい身の上、いつ帰って下さるのか……



「出るぞ」



 会うや否やそう言い、背を向けました。ここで会話をする気はないようです。けれど、私は一歩も動きませんでした。



「……春花、お父様の言うとおりになさい。このままですと婚約が破談になりますのよ」



「それで結構です」



「いいからついてこい!」



「っ……」



 動きませんでした。玄関口で、靴を履く気にはなれませんでした。これだけは聞けません。



「お前……充分我が侭を通しただろうが! これ以上なにを望む!」



「……ぁ……ぅ……」



 やっぱり、目も見れません。お父様が怒鳴ると、なにも言えなくなりました。従ってしまいたい欲求に駆られます。けれど……例えどれだけ泣いても、これだけは譲りたくないのです。



「先方はな、お前の腹に子がいるのなら、それでもいいと言ってくれたんだ。自分の子として育ててみせますと。これ以上ない相手じゃないか。今ならこの家にも迷惑はかけん。お前が頷けば済む話なんだぞ」



「……」



 その方も前の方と同じだったら、どうしたらよろしいの? お父様の前だけの仮面でしたら、どうすれば? また、く、咥えろと言われましたら、やらなければなりませんの? それが夫婦ですの?



 私一人が我慢するのが、普通ですの?



「春花、私も我慢してきたのよ。貴女だって」



「我慢とはなんだ? お前はわしが不満だというのか」



「い、いえ……申し訳ありません」



 そんなお母様が怯えるのが、本当の夫婦ですの?



「春花、泣いたってなにも解決せんぞ。お前ももう大人だろうが。いつまでもわしの手を煩わせるな」



「……」



 一歩、歩こうとして、



 お父様の体が前に倒れました。



 顔を上げると、そこに……深町様がいました。



「ごめん、大丈夫?」



 両親をすり抜け、私のほうに駆け寄ってくれます。涙が止まらず、思わず手を握ってしまいました。



「貴様、わしが誰だか」



「知らないよ。男が女泣かせて楽しいですか? 最低ですね」



「わしは春花の父親だ。泣かせることもあろう」



 父だと知ると、彼は余計憤怒の表情をとりました。



「知るか。帰れ。他人が見て泣かされてると思ったら、お前が彼女にとってどんな関係だろうが知ったこっちゃないんだよ。私の知る親はな、嬉し涙しか流させないからな」



「お前だと……? ふん、無知は蛮勇だな。わしがその気になれば、お前なぞ今日の夜にでも魚の餌だ」



「いえ、そうとわかれば知っておりますよ。八尋(えい)士郎(しろう)、その名を冠する八尋コンツェルンのトップ、ですよね。株式でここの系列を買っておけばほぼ安泰だと、昔から言われているそうで」



「ほう、知っておいて尚言うか。ならばわかるだろう、娘の嫁ぎ先というものがいかに重要かとな」



 この方はにっこりと笑いました。



「帰れっつってんだろクソジジイ。娘泣かせてまで金が欲しいか。そんなもん粗大ゴミと同じ価値しかありゃしねぇよ」



 ……この方が、こんなに乱暴な言葉遣いをなさるのは初めてです。……新鮮で、ぎゃ、逆に、カッコいいと思ってしまいました。



「面白いことを言うな……お前、この家の深町ではないのか」



「そうだよ」



「お前も春花の持つ金が目当てで呼んだのではないのか? 春花は簡単にカードを渡すだろう。あれの上限がないことを知っていて、呼んだのだろう?」



 お父様は一度婚約を断った相手のことなど、やはり覚えてはいないのですね。この方が一度でも私のお金を欲したことなど、ないというのに。



 私を抱きかかえてくれた方は、懐から預けましたカードを取り出し、力任せに引き裂きました。……すごいですわ……そのような力がおありに……もうなんの効力もなくなったプラスチックを、放り捨てました。それがすべてを雄弁に語っています。



「一切使っちゃいない。使えばそっちだってわかるだろう。残念だったな、そうしたらもっと早く見つけられたのに」



「ふん。粋がったところでなんになる。いくら欲しい? そんなものでは引き出せぬほどくれてやる。貴様が黙るなら安いものだ」



「なら二百五十兆よこせ。円でな」



「なっ……ふざけているのか」



「ふざけているのはお前だ。金は生きていく分だけで充分なんだよ。それ以上いるか。お前のように、金を積み立てるしか生き方を知らんような、淋しい生き方はしたくないんでな」



 淋しい……お父様のことを、羨む人はいても淋しいと言ったのは初めてです……



「……覚えておけよ、小僧……わしにそのような生意気な口を利いて、明日の日を満足に拝めたものはおらん」



「へぇ、どうなるんだ?」



「どうもせんよ。お前の職場で働けんようにするだけだ」



「ふぅん……高田(こうだ)孝明(たかあき)久慈(くじ)明星(めいせい)和久井(わくい)芙美(ふみ)も、同じようにしたのか?」



 お父様の表情が明らかに変わりました。



「意外と男が好きなんだな。他にも何人もいるが、七割くらい男だ。いい趣味してるよ」



「……」



「そうだな、病院勤めができないんなら、新聞社に情報売るってのもありだよな。しっかり新聞に載せてもらわないとな? 行方不明者がいつまで経っても見つからないのはかわいそうだろ?」



 ? なにを言っているのかしら。



「……なにが、言いたい」



「お前はへただったんだよ、その辺がな。実際魚の餌を作るのはひどく苦労するってことさ」



「……」



「時効だったらよかったのにな」



 時効。その言葉に、犯罪の匂いを嗅いでしまいます。……お父様、まさか……叩けば埃が出てしまう? そして深町様は、叩き方を知っている?



「……ふん。言いたければ言うがいい。その程度、揉み消すぐらいの金はある」



「殺してないって言えばいいじゃないか」



「あのようなクズどもを殺してなにが悪い? 社会のクズは抹殺されるべきだ。わしに逆らうものは特にな。言いたければ言え。金がこの世で至上だと思い知らせてや」



「だとさ。どう思う記者の方」



 この方の視線の先、お父様たちの後ろには小さな録音用の機械と思われるものを持った女性が一人いました。その人の顔が喜びに湧くのを我慢しているように見えます。



「……それをよこせ。これと交換だ。好きなだけ使うがいい」



 お父様が差し出したカードを一瞥し、彼女はしっかりと首を振った。



「お前金持ちならわかるだろう。地位は金で買えない。そいつの欲しいのはジャーナリストとしての確固たる地位だ」



「はい。八尋社長、後日詳しくお話を窺いたいと思います。よろしければ、今からでも」



「……呼んでおいたのか」



「いいえ。記事でうちの病院を取材に来ていただけです。呼び出しを受けたので自宅でとご足労頂いたに過ぎません」



「どこのものだ、お前」



「東阪新聞のものです。名刺はまた後日に」



「ああわかった。帰るぞ」



「待てよ。ここまでする娘の気持ちに気付いたのか? それから、親として子を認めてやれよ」



「脅しでそのようなことを言うたとて、通用すると」



「ああ?」



 般若として一歩踏み出すと、お父様は後ずさりをしました。



「自分は脅されないからそんなバカみたいな台詞が出るんだな。いいか、銃を向けておいて自分だけは撃たないでくれというのが、社会で通用すると思うのか? 我が身かわいいか、クズめ」



「……お前」



「俺はこいつがかわいい」



 ぐいっと肩を引き寄せられ、抱き寄せられました。こ、こいつだなんて、かわいいだなんて……ああ、ここまでして下さる。嬉しい……



「だから守りたい。守るために、なにかを傷つけることも厭う気はない。例えそれが、こいつの実の父親だろうがな」



「……春花、黙っていないでなんとか言え。お前は先ほど足を伸ばしたではないか」



 深町様は今日一番の激怒を表しました。



「お前、ふざけるなよ、常日頃から黙っているよう教育したのはお前だろうが! 都合のいいときだけ話せ? 自分の望まないことを、娘が言いたいことを言うとは怒鳴り散らしてきたくせにか? ふざけるな! 子供が自分の思い通りにならないからと癇癪を起こすのはガキ以下なんだよ、父たる資格などない、失せろ!」



「貴様……」



 憎々しげに背の高い方を睨んではきます。けれど、深町様は意に介さず、まるでお父様が町ゆく人を『下々』だと言い捨てたときと同じような、侮蔑した瞳で返していました。



「……春花、貴女はその方が本当に好きなのですね?」



「……」



 小さく、頷く。お母様は嘆息と共に「羨ましいわ……そうね、貴女たちからはもう、このようなことなどなさらずに、自由な幸せであることがよいのかもしれませんわね……」とお父様の袖を引っぱりました。



「離せっ!」



 振り払う力も、今は弱々しく見えました。



「あなた……私もいけませんでしたわ。あなたがいけないことをしていると、気付いてはおりましたの……指摘できない、私の弱さがいけなかったのです。でも、あなたは一族の長ですのよ。みなを養う責任があります。ここで過去の罪を問われ、余計な波紋を広げてはなりませんわ」



「言われんでもわかっとるわっ。帰るぞ。やることができてこれどころではなくなったからな」



 肩をいきらせて、ふんと鼻を鳴らしお父様は踵を返しました。



「……式には呼ばんでよいぞ。出たくもない。だが、金が欲しけりゃいくらでもくれてやる。わしの娘が貧相な式など、挙げてほしくはないからな」



「ええ。頼りにしております」



 深町様の皮肉に、唾を地面に吐きさっさと車に乗り込んでくれました。



「深町様。娘と孫を、春花たちをよろしくお願い致します」



「はい」



 深く頭を下げた母は、やはりいつもと変わりませんでした。けれどなにか、少し雰囲気が変わったような、そんな気がします。



「では、私も失礼します。忙しくなるなー。あ、今回の取材はまた今度」



「はい」



 嵐が去り……私は力が抜け、へたり込んでしまいました。しばらくは立てなかった私の傍に、この方は居て下さいました。肩を預け、目を閉じ……玄関先で満ち足りた気持ちになっていました。



「こいつって呼んですみません。あそこはああでも言ったほうがよいかと」



「……わかって、おりますわ……」



 で、でも、そう呼ばれることも嬉しいですわ。貴方になら……



 私は不思議と、勇気が湧いてくるのを感じました。言えなかったことが言える。言いたいと。



「……ふ、二人っきりのときは……お、お前と、呼んで下さいませんか? も、もちろん、こいつと呼びたいのでしたらみなの前、そちらでも構いませんわ」



「私はあなたがかわいいとは言いました。けれど、恋人であるとは言うておりません」



 誰ですの、恋人は? ……なんて。そこまで言う勇気は、ありませんでした。



 涼しげな夜の空気を感じ、温かいこの肩をずっと感じていたいと思いました。



 これを壊す勇気がなければ。きっと前には進めないのでしょう。



「……この家は、明日出ます。けれど、以前住んでおりました別宅に、また腰を落ち着けようかと思います」



「はい。それがいいと思います」



「……時々、遊びに来てもよろしいでしょうか」



「はい」



「お友達として、お付き合いしてもよろしいでしょうか」



「はい」



「……もし、もしも、今の恋人より私を好んで下さいましたら。告白して下さいますか」



「はい。もちろんです」



 言えました。今までの私からすると信じられないくらい心の内を言えました。お父様という枷を、少しでも外されたなら。私は花雪のような積極性を、わずかながら得ることができたようです。



「……好き……」



 初めてそう、言えました。



 



 



 



 



 まだお風呂に入ってなかったから、やっぱりいったん出てきた。



「まあまあまあまあ、とりあえず座りなさい」



「? どうしたの……」



「お茶淹れたから飲めっつってんの」



「……」



 座ってくれた。目の前に置いてあった温かい紅茶を一口、口に含む。



「……おいしい」



「お疲れ様。大変ね、あんなお偉いさんの相手なんて」



「ありがとう。でも、そんなことないよ。地位が高い人ほど知られたくない秘密は持っているんだ」



「そういうことじゃなくてね……まあいっか。まゆはもう寝ちゃったけど、あの人たちはどうしたの?」



「八尋さんは疲れて寝ちゃったんだ。明日出て行くって言ったら、花織ちゃんが今日くらい一緒に寝たいって。今お風呂に姉妹で入ってる」



「一緒に入ったげればいいのに」



「妹さんはそう言ったんだけどね。姉が嫌がったんだ」



「あらあら、ついに嫌われちゃったの?」



「そうみたい」



「まあもったいない。限度額なしのカードを破り捨てれる人なんて、めったにいないのに」



 くすくす笑ってしまう。嫌う人も確かにいるでしょうけど、残念なことね。



「……見てたの」



「そりゃあね。玄関先でなにやってんのかなーって、見ちゃうわよ。草葉の陰でこっそりと、ね」



「う……あんまり人には言わないでくれるかな」



「んーどうしよっかなぁ……カッコよかったのよ、あなた」



 『俺はこいつがかわいい』なんて。普段とのギャップは実際、あんな場面だとすごい相乗効果になるでしょう。



「敵を追い払うためだとしても、見てて気持ちよかったわ。スカッとした」



「そうかな……」



「……ねぇ、私も二人っきりのときは、特別な呼び方がいいな」



 お前でも絵里(えり)でも、ニックネームでもなんでもいい。二人だけがいい。形から入るのも重要だって。



「紅茶、おいしいね」



「……」



「今度はアップルが飲みたいな」



「……ケチ。わかった、じゃあここきなさい」



 揃えた膝の上をぺちぺち鳴らす。「ここに頭を乗せなさい」



「え、あの」



「言ったでしょ、耳掃除したげるって。いいからきなさいよ」



「……この紅茶で充分だよ」



「うっさい! 疲れてるときはね、誰かに甘えるのがいいの! 甘え、させてよ……いいじゃない、ちょっとぐらい」



「……」



 静かにカップを置いて、そっと隣に来てくれた。ゆっくり、膝枕されにくる……膝の上の重みが、ざくざくとした髪の感触が心地いい。



「う、動かないでね?」



「うん」



「い、痛かったらちゃんと言うのよ?」



「うん」



 実は初めてなので、結構ドキドキしてる。前の夫は一度もこんなことをしてほしいとは言わなかった。私も別段、やりたいとも思わなかったし……



 けど、こうして体を預けてもらえると、ため息が出るくらい落ち着くのね……少しでも、わずかでも、信頼されていると思うと……集中してしまう。できるだけ丁寧にやりたいと思ってしまう。多分、痛くてもこの人は顔をしかめない。でも、できるだけ……



「はい、反対向いて」



 ああ、よくある恋人たちの願いが今、ちょっとだけわかった気がする。



 時間よ、止まれ。



 



 



 まゆの成長は止まってほしくないわね。毎月の身体検査で先月は伸び悩んでたみたいだから。今日は一体、どんな顔を見せてくれるのかしら。



「ほら、あなたもよそいきに着替えなさいよ」



 もう八尋さんたちはいない。対抗するために食事を作っていたけど、案外楽しくて今も続けてる。それ以外はメイドさんに任せちゃってるけど。



 私の作ったものを残さず食べてくれるのは……また比べてるな。



「そんなに着飾るとまゆちゃんも恥ずかしいよ」



「別にスーツ着ろとは言わないけど、白衣着てきましょうよ白衣。仕事を抜けて無理に来ました感を出すの」



「冗談だよね……?」



「うーんそうねぇ、でも白衣っぽいもの、あなたに似合うわよ? 白いイメージがあるわ」



「そうかな……」



 白いわよ。まっしろ。白くて、光ってて、綺麗だから。



 だから黒さがほしいだけ。



 結局推しに推したもののいつもどおりの格好で行くことになっちゃった。まあそれでも、元がいいから別にいっか。私もこの人もね。



 時間十分前に学校に着く。もう結構保護者用の駐車スペースに台数はあり、やっぱり一年生の授業参観は別格かなと思ってしまう。



 まゆのクラスは一組だから……結構端なのね。「ほら、あなたももたもたしてないの」



「教室は逃げないよ」



「いい位置取れないでしょ」



 腕を取り、強引に引っぱっていった。



 ちょっとだけの、優越感。



 出欠表にチェックをいれる。結構な数の親御さんが来ているようだった。そうよね、みんな考えることは一緒でしょ。



 でも……私たちのように夫婦揃ってなんていうのは、一組もなかった。少し恥ずかしい。でも、まゆのためよ。今は少しでも、まゆの喜ぶことをしなくっちゃ。



 それが間接的に、私も嬉しいから万々歳なんだから。



 同じ小さな町に住んでいる人は大抵知ってるけど、知らない人もいた。私が離婚したってこと。



「あの、新垣(あらがき)さんですよね? そちらの方は……?」



「離婚しちゃいまして。新しい主人です」



「まあ……」



 このお母さん方に医者としてのこの人を知ってる人がいなくてよかった。誰も彼も驚いてる。



 深町はただ静かに微笑んでるだけ。でも、それで充分みたい。ちっ。不倫したい顔すんなよ。私はぐっと、組んだ腕に力を込めた。



 授業が始まる寸前、私たちの姿を見かけたまゆはこっそりと手を振った。私たち二人も、小さくそれを返した。



 まゆの言うとおり、今の授業参観は変わってる。誰のおかげで今こうして生きているか、なんて。今一年生のときしかできないけど、普通聞くかしら。



 みんなお母さん、と答えていた。実際、授業参観に来てる人は大抵母親だ。でも……



 うちの子だけに限っていうなら。腕を組んでも文句を言わない、この人のおかげだと思う。まゆだってちらりと、彼のほうを向いたもの。



 母だけで子が育つなら。あの子の瞳が暗く宿ることもないでしょうに。



 それでも、生徒たちみんなで感謝の歌を(なぜか流行りを)披露されたときは、感動で泣きそうになってしまった。実際泣いている人たちもたくさんで、我慢なんてしなくていいのかも……



 組んでた手を、握られる。ぎゅっと、強く……こぼれてきた。そっとハンカチを受け取り、高い肩に、顔を預け……育ててきた七年と、この人と関わった数週間を、思い返してた。



 授業が終わると、掃除の時間らしい。このあと懇談のため、保護者はいったんどこかで待機のよう。でも、その短い間にまゆは飛んできてくれた。



「ほんとに来たんだね! ありがとっ!」



「当たり前でしょう。ちゃんと掃除するのよ」



「うんっ」



 そっと、この人はまゆの頭を撫でた。目を瞑って受け、そのあと破顔する娘の、これ以上ない眩しさ。そろそろとついてきたみゆちゃんには、さすがになにもできないけど。それでも彼はまゆに言うフリをして彼女になにかを告げた。この子もまた、嬉しそうにはにかんでくれる。



 改めてほかのお母さん方を見回すと、実際そこそこ着飾っているようだった。ふふん、でも、私が一番ね。負けてなんかないんだから。ふふ、ダメダメ。今さら取り繕ったって、色目使ったって無駄よ。うちの人が振り向くはずないわ。



 あ、みゆちゃんのお母さん。



「どうも、お久しぶりです」



「あら、はい、お久しぶりです」



「あらあなた、お知り合いだったの?」



「うん、以前に少し。みゆちゃんはお元気ですか?」



「はい。それはもう。深町さんのおかげです」



 ああ、そっか。みゆちゃんを助けたんだっけ。それはご両親は知ってるわよね。そっか。感謝するはず。救って救って救って……



 この人が救われたいときは、誰を頼るのかしら。



「深町さん、新垣さんとご結婚なされたんですか?」



「はい」



「……」



 事前に口裏合わせをしていたとはいえ、こうして、言ってもら、えると、すごく……寄り添いたくなってしまう。私は慌てて、



「そう、新婚なんです。まだ籍しか入れてないけど、ラブラブなんです」



 取り繕うように笑顔をとるのだった。



「まあ、それはおめでとうございます。ようやく深町さんも捕まえられたんですね」



「あはは。はい。そろそろ放蕩してる年でもなくなりましたから」



「将来は大きい病院一つ任されるようになって、楽をさせてやるって言ってくれたんです。ねー?」



「うん。頑張るよ」



「ぁ……」



 や、やめてよ。私の嘘に、のってこないで。冗談ばっか言うなって、戒めてよ。調子乗っちゃうじゃない。



「子供はもうまゆがいるけど、もっとほしいから頑張ろうね? 野球チームくらい、私できるから」



「そう? 嬉しいけど、毎日はちょっと辛いよ」



「なによ、こーんな美人の妻が求めてるの、応えるのが夫の務めでしょ?」



「そうだね。君はかわいいから、努力するよ」



 否定、してよ。辛いのに、続けたくなるじゃない。



「わ、私だって、あなたみたいな美形で優しくて素敵な夫が求めたら、ぜ、絶対、応えるから……」



「まあ、犬も食わないこと」



 そこで、赤面が最高潮に。



「な、なんでもないです、今の! おほほ、ちょ、ちょっとお化粧直してくるわ!」



 夫ほっぽりだして走ってしまった。なんと、何十年ぶりかに先生に叱られる。とぼとぼと、職員用トイレに入っていった。



「……」



 あいつ、絶対学生時代演劇部に入ってたって……即座に対応するの、早すぎよ……



 でも。あれは冗談だから言えること……ん? ううん違うわね。あいつは冗談でも本気でも、どちらでもあんなことが言えるのよ。そういう人間だった。あー腹立つ。



「……かわいいとか、言わないでよ……」



 私もう三十三なのよ? 三十路回った、バツイチなの。あなたの家にお世話になってなかったら、明日の食事にも困ってるわ。頼り切って、依存してるつまらない女じゃない。自立できてない、一人で子育てもできない、なにもかも失格の女……



 ねぇ、あなたの傍で、勉強しても、いいかな……



 代金を体で払えって言われるの、ずっと待ってるのに。



 



 



「私は、父親というものが怖いまゆちゃんに、こんなに早く新しい父親はどうかと思います」



 開口一番、先生はそう進言してくれた。この人の言うとおり、いい先生みたい。



「大丈夫です。娘のほうからこの人を頼りたいと言いました。この人がお父さんなら怖くないよと、言ってくれました」



「……そうですか……なら、私のほうからはもう、あ、すみません、立ち入ったことを」



「いいえ。嬉しいです」



「それ以外はまゆちゃん、問題ないんです。むしろ、優秀すぎて怖いくらいなんです」



「そうなんですか?」



「はい。まだ勉強のほうも始まったばかりですけど、恐ろしく飲み込みが早いです。要領もすごくいいので、驚いてます」



「やっぱり体育は一番とか?」



「はい。クラスで一番ですね。よく休み時間にサッカーをするみたいなんですけど、まゆちゃんの入ったチームにはなかなか勝てないそうで」



「へぇ……すごいわね、あなた」



「うん。さすがまゆだね」



「ほかには、そうですね、ちょっかいかけられた子を助けることが多いです。なにかにつけ、男子を叱ることが多いですね。仲もいいですけど、とくに(たける)くんには」



「私に似ちゃったわね。ううん、もうちょっとおしとやかになるよう、先生のほうでも言ってくれません?」



 くすりと笑われた。「はい。でも、悪いことをしてるわけじゃありませんから、叱れませんよ」



「そこなのよね……女の子らしく、こう、たしなめる術を学んで欲しいわ」



「おいおいでいいよ。その、叱るときは平気ですか?」



「……はい。傍目では。ときどき、ふっといなくなることがあるんですけど……」



「……」



 この人の目が厳しくなる。「あまり無理して叱ったり、男子と接することのないよう、お願いできませんか」



「はい……でも、四六時中見るわけにも、いきませんので。すみません」



「いえ、こちらこそ」



 子供なら、平気だと思ってた。でも事態はそんなに甘くないみたい。私も気を引き締めなきゃ。



「親御さんのほうでなにか変わったこととか、なんでもいいのでありませんか?」



「そうねぇ……最近、こうくるくるって回ってることが多いんです。なんででしょう?」



「ああ、学校でも多いです。スカートが好きなんでしょうね。自分でも裾を持ってひらひらさせてますから」



「うわー……小さいうちはいいけど、将来がちょっと不安ねぇ。あなたのほうから言ってくれる? あの子、あなたの言うことならちゃんと聞くんだから」



「うん、わかった」



「お父さんのほうからは?」



「特にはありません。まゆをよろしくお願いします」



「はい。……でも、よかった。さっきはあんなこと言いましたけど、正直ほっとしてるんです。まゆちゃんの父親に、あなたがなってくれたことに」



「……」



 嘘はやっぱり、自分を傷つける。



「当時からお母さんとお付き合いがあったなら納得ですけど、それでも生徒一人一人にきちんと話をつけようだなんて、普通思いついてもやりません。私に話だけ通して、先生任せになると思います」



「なんでも自分でやりたがるだけですよ。後悔したくないんです」



「そうなの、ちっとも私に頼ってくれないんだから」



「はいはい、仲良しするならお家でしてください。今日はどうもありがとうございました」



「いえ、こちらこそ。失礼します」



 一礼をして、教室を出て行く。まゆが待ってる。今日は一緒に帰れる。



 懐かしい学び舎を抜けて、この人の車があるところまで歩く。……その間、誰とすれ違うわけでもなかったけど、でも、また腕を組みそうになってしまった。



 拒絶しない、この人が憎い。



「お母さんっ」



 まゆが飛び込んできた。車の前にはまゆと、みゆちゃんも一緒に待っていた。



「見てたよ、お母さん泣いちゃってぇ」



「うん、ありがとね、まゆ」



「えへへ。どういたしまして!」



「……」



「みゆちゃんも乗って。送ってくよ」



「……はい」



 彼女は少し、八尋さんと同じようなところがある。思いを胸の中に溜めてしまう。なにかあの人に言いたいことがあるようで、でも、言えないみたい。



「みゆちゃんのお母さんは?」



「あ、も、もう、帰りました。おつきあいが、あるって……」



「そっか」



 今度は助手席に乗ってる私のほうをちらちら窺ってきた。なにかしら。



「みゆ」



「は、はいっ」



「私はこの人の夫になったわけじゃないよ」



「……」



「そうよ。ごめんね、ちょっと借りてただけだから」



「……はい」



「みゆちゃんも、授業参観憲邇さん来てくれてうれしかったでしょ? あたしもすっごいうれしかった!」



「う、うん。うれしかった」



「学校でもちゃんとできてるよって、見せたかったから。憲邇さんに見ててもらえると、がんばれるし」



「み、みゆもだよ。憲邇さまがいると思うと、ゆ、勇気がわいてきて、ちゃんとう、歌えたの」



「でしょー? ふふふ」



 それから娘は今日歌った歌を再度歌った。高い、まだ上手とは言えない、歌声。それが主に私にではなく、彼にだということがわかっていても、やはり、胸の奥にじんとくる。



 この子が産まれてくれてよかったと、心から思えるくらい。



 終わった後に、後ろを振り返り頭を撫でて、私もありがとうを言った。



 無邪気なそばかすの作る笑顔が、真に迫る。



 



 



 



 



 最近、先生に少し父性を見てしまう。まゆちゃんが、その、無理矢理やらされかけたせいで心に傷を負い、それを治すために……父親役をやっているように見えてしまう。だって、授業参観に出てたし。



 でも、まゆちゃんの母がいないときは恋人の顔になってる。前にも増していちゃいちゃしてる。ちょっと羨ましい。最近は雨続きだから、相合傘し放題なのにな。まだ一回だし。



 ……あの人の周りには心に傷を負った人が多く集まってる。まゆちゃんはもちろんのこと、話を聞くとみゆちゃん、静香(しずか)さんもで、私なんか軽いほう。この前来てたお嬢様たちの、母親も傷ついているように見えた。元気な人もいるけど、(いずみ)さんの話を聞く限りそういう人たちが今まで多かったんだと思う。そうだよね、あんな風に励ましてくれる人が傍にいてくれたらって、みんな考えるよね。



 他人を怖いと思う気持ちが、もうほとんどない私。怒った人はまだちょっとだけど、なんとかかんとか、やってけそうな気がする。



 学校で今友達と会話をして、チャイムと同時にそれが終わっても胸が苦しくなることはなくなった。先生のおかげ。



「……」



 これはまゆちゃんに限ったことじゃないけど、先生から全員指輪をプレゼントされて、ふとしたときに左手の薬指を見つめない子なんていないと思う。みんながどれだけあの人を好きか。同じなだけにわかってしまうから。



谷津(やづ)さん、なに見てるの?」



 と、こんな風に注意されることも結構あった。先生たちはあまりぼうっとしない私が話を聞いていないと不思議がるみたい。なんでもありませんと、笑顔になった。



 休み時間。



「ちとーせちゃんっ」



「ふぁっ」



「……」



「い、いきなり耳に息かけないで……」



 先生のおかげでほんとに性感帯になったんだから。ほら、みんな見てる。



「ね、ねー千歳ちゃん、今度医大の人と合コンすんだけど、来ない?」



「いだい?」



「医者になるための大学。エリートよ」



 医者……「うん、行く」



「決まりね。次の日曜だけど、空いてる?」



「うん」



 日曜は先生お仕事だし、大丈夫。



「やった。場所とかはまたあとでね。そんじゃ、絶対だよ?」



 手を振った。彼女も恋してるんだな。きらきらしてる。



 そういえば、ごうこんってなんだろう。知らないままOKしちゃったけど、いいのかな?



「谷津さん、これ、この前のコンテストの写真」



 住田(すみだ)くんが数枚の写真を手渡してくれた。「もうできたの?」



「え、結構、遅かったけど……」



 そうだっけ。なんだか最近、時の流れが早い気がする。



 ……写真の私は、私でないみたいにしか見えなかった。鏡とは全然違う。大人びたものもあれば、子供っぽく見えるのもある。不思議。



「特別賞もらったんだ。お、僕、コンテストに応募したの初めてだったけど、谷津さんのおかげだよ。ありがとう」



「そんなことないよ。別人だよ、私」



「そんなことないよ」



「そうかな……」



 こんなに穏やかだと思わなかった。



「あ、のさ、お礼ってわけじゃないんだけど、今度の日曜、空いてる?」



「あ、ごめんね。今度の日曜日、ごうこん? に行くの」



「……」



 あれ、なんだか、変な顔してる。あ、なにかに閃いた顔した。



「谷津さん、合コンってなにか知らないだろ」



「うん」



「……合コンは、彼氏がいる人は行っちゃいけないんだよ」



「そうなの?」



「んなことねーよ」



 横からさっき誘ってくれた、東野(ひがしの)さんが戻ってきた。「千歳ちゃん、こんな男に騙されちゃダメよ」



「騙してるのそっちじゃねぇか」



「彼氏いようが彼女いようが、合コンは自由な権利です」



「でも、相手悲しむだろ」



「え」



 先生、悲しむの?



「いーからいーから。こっそり行けばわかんないって」



「お前なぁ……」



「……ごめんね、あ、あの人に、聞いてみなきゃ……」



「ダメよ千歳ちゃん。束縛されてちゃダメ! 自由がいいでしょ? 勝手気ままが楽じゃない。彼氏の言うとおりなんて耐えられないわ」



「……」



 ちょっとくらいだから大丈夫だよ。それくらい、耐えられないほうが変だよ。それに、それに……先生が嫌がることはできないよ。先生、私が嫌がることなにもしないのに……



 怒られたく、ないから。



「や、やっぱりごめん。あの人が許してくれないと、行けない」



「マジでぇ? あーもうどうしよう。千歳ちゃん目当てって人ばっかなのになぁ……」



「? なんで?」



「……」



「……」



 二人とも黙る。「千歳ちゃんね、有名人に似てきたから。今人気高いのよ」



「有名人?」



「ま、それはいいとして。おい住田、お前彼女来れなかったら代理用意しろよ」



「なんで僕が」



「お前のせいだろが」



 休み時間が終わる。……今日、訪ねてみよう。許してくれるかな。怒るのかな。なんで怒るんだろ? そういえば、ごうこんってまだ知らない。調べとこう。



 



 



 先生は許してくれた。君の自由だよって。よかった。合コンって、男と女の出会いの場だけど、先生は気にしないみたい。私も、他のお医者さんがどんなのか知りたいし。



 今日は母の勧めで黒のニットとシフォンのプリーツスカートを着てみた。ニットは袖がふわっと膨らんでて、胸元は白いのに黒いリボンが小さくついてる。ライトグレーのプリーツもふわふわ。こういうの好きだな。先生とも一度これでデートしてみよう。



 ……指輪を着けてこようか、すごくすごく迷ったけどやめておいた。左手の薬指以外に着けてたくない。でも、そこに着けてったら誤解される。誤解されたっていいんだけど、やっぱり隠してたいな。



 あのまあるい輝きは、もう少しとっておきたい。



 私と東野さんの他に、上岡(かみおか)さんとその友達も行くみたい。待ち合わせ場所で待ってると三人揃ってやってきた。やっぱり、みんな私服かわいいな。おしゃれ。



「……あれが、千歳ちゃん?」



「そうよ? そっくりでしょ」



「そうね……全体的に柔らかいけど」



「こんにちは。谷津千歳です」



円谷(つぶらや)歩美(あゆみ)です。名前で呼んで」



「歩美さん」



「うん……ま、仕方ないっか。世の中どうしても勝てない人種はいるからね」



「?」



「あなた、おとなしいでしょ? それで家庭科の成績は抜群とか?」



「え……?」



「女子高生三年やってて、化粧しないんだ?」



「あ、いえ、私の好きな人とデートするときはします」



「ん? カレいんの?」



「あたしたちは彼氏って呼んでる。でも、千歳ちゃんは好きなだけって認めないの」



「ふぅん……好きな人いるやつ合コンに誘っちゃって」



「いいでしょが。好きな人がいるだけ、安全でしょ」



「確かに。じゃ、行こっか」



 歩美さんは先頭に立って歩き出した。



 先生以外のお医者さんがどんなのなのか、楽しみ。



 と、急に東野さんが急ブレーキをかけた。



「いちおー言っとくけど、合コン中に彼氏いるとか、好きな人がいますなんて言っちゃダメだからね」



「うん。わかった」



「なるべくあたしたちに合わせること。いい?」



「う、うん」



「よろしい」



 な、なんだったんだろ? よくわからないけど、ちゃんとしなきゃ。



 みんな、歩くペース早いけど、ちゃんとついてかなきゃ。



 お店は普通のお店だった。よくわからないけど、たくさんメニューがありそうな感じがする。雰囲気も明るくて、みんなで盛り上がるのにはいいのかもしれない。



 男性たちは先に着いてて、こっちこっちと手を振ってくれた。



 大学生……あんまり、高校の男子と見た目変わんないな。あ、一人だけ大人っぽいかも。……あれ、先生って実はカッコいいのかな。先生より外見いい人、いないかも。



 やっぱり他人のことなんてあんまりよく見てなかったんだ。カッコいいとか悪いの基準が、全然他の人と違うかも。



 私はもしかしたら、外見でもすごくいい人と付き合えてるのかもしれない。



 名前は川畑(かわばた)さん、小宮(こみや)さん、三井(みつい)さん、石丸(いしまる)さん。大人っぽい人は石丸さん。川畑さんは細面に細い指をしてて、小宮さんはメガネをしてる。三井さんはがっちりとした筋肉体質に見えた。みんな同い年の十九歳みたい。(いさお)ちゃんと一つしか違わないけど、勲ちゃんってやっぱり大人びてるんだ。



 石丸さん以外は外科医で、内科医を目指しているのは石丸さんだけ。どうしてだろう。



「いや、偶然だよ。内科医を目指す人のほうが多いんだ」



「へぇ……」



「ね、医者ってやっぱり儲かるんですか?」



 歩美さんは目をきらきらさせて訊ねる。



「儲からない儲からない。先輩たちの生活を聞くにげんなりするくらいだよ」



 一番話すのは小宮さんで、石丸さんはあまり話さなかった。内科医を目指すなら、彼の話を聞きたいけど。



「ただ、石丸以外の三人は小さいときに医者に危ないところを助けてもらったことがあるんだ。自分なり、家族なりね。だから目指してる。できるようにって、外科医を選んだんだ」



「うわぁ……すごーい、素敵です、そういうの」



「ありがとう」



「……」



 先生は、どうなんだろう。精神科医だから……幼い頃は心が苦しかった? 私のように、だからわかってくれる? 今度聞いてみよう。



 今度はこちらの将来を訊ねられる。歩美さんはプログラマー、東野さんは自分のお店を持つこと、上岡さんは陸上の選手。



 私は……



「まだ、決まってないんです」



「そっか。ゆっくり決めるといいよ」



「はい……」



 普通の暮らしがしたい。私に限らず、静香さんとまゆちゃんも考えてること。日々の暮らしを普通に送れるのなら、なにになりたいというのはなかった。もちろん、自宅の引き出しの奥に隠してある箱の中身が、私だけのものなら。家庭に入るのに迷うことなんてないと思う。



「……?」



 ふいっと逸らされる。なぜか、石丸さんとよく視線が合った。



 歩美さんたちは会話がとても上手で、聞いてるだけでもとても面白かった。小宮さんもよく話すし、他の人も。石丸さんと私だけはあまり話さず、相槌を打ちながら話に耳を傾けていた。



 この人たちはまだ医者の卵で、医者である部分が少ないみたい。志とかを、ちょっと聞いてみたかった。



 くいくい。袖を引っぱられてた。「なに?」



「ついてきて」



 女子たちがトイレに立った。男性たちを残して、全員で化粧室に向かう。? どうして、みんな一緒なんだろう。



「普通ねー」



 みんな鏡とにらめっこをしながら、ぽつりと言い出す。



「エリートっていう感じ湧かないよねー。どこにでもいそーあーゆーの」



「収入もよくないってんじゃー、ちょっとなー」



「……」



「ん、千歳ちゃん化粧直さな……ああ、してないんだっけ」



「あ、うん」



「いーよねー、自分に自信のある人はさー。あたしすっぴんで町歩けっつわれても絶対無理」



 自信なんてないよ。お化粧して、綺麗でいたいのはあの人の前だけだから。他の人になんて思われたっていい。先生さえ綺麗だよって言ってくれたら。



 携帯が振動した。「ごめんね」と言って着信を確認する。しかも先生。慌ててとった。



「もしもし」



『もしもし、私だよ。今なにしてる?』



「今、合コン中です」



『そう。ちょうどよかった。というより、なにしててもやらせたけどね』



「? あの……」



『ちょっと化粧室の個室入ってよ』



「はぁ……」



 歩き出すと、トイレだと思ったのか「先行ってるよ」と歩美さんたちは行ってしまった。



「入りました」



『じゃあ、下着の下脱いで』



「? なんでですか?」



『……千歳はやっぱり面白いね。いいから、脱ぎなさい』



「はい」



 鍵のかかっていることを確認してから、するすると下着を脱いで、どこに置こうかと一瞬迷いバッグの奥に隠した。



『ストッキング履いてるならそのままでいいよ』



「いえ、履いてません」



『そう。下着は自分で隠してね。今日、私の家に来てもらうから、そのときまでずっとそのままだよ』



「はい」



『……千歳、帰ったらすぐえっちするから、直で私の部屋に来てね』



「はい」



 やった。嬉しい。



『ふふ。君はかわいいね。じゃあ、そのまま電話を持って席に戻ってよ』



「え、でも……」



『大丈夫、ちょっとだけだから』



「はい……」



 仕方なく、流してちょっと待ってから扉を開けた。



 ……ふわふわした感覚。こんなことをした記憶なんてなく、あそことシフォンスカートが直に触れ合う感覚は不思議でならなかった。



「千歳ちゃん? どうしたの?」



「あの……」



『ここからは私を母親だと思ってね』



「え、あ、うん」



『千歳ってスリーサイズいくつだったっけ』



「上から816084だよ」



 なぜか、みんなざわつきだした。



「なに? 早くしてよみんなの前だから。洋服のプレゼントなら、やっぱりワンピースがいいな」



「ちょ、ちょっと千歳ちゃん?」



『カップはいくつだっけ』



Bだよ。小さいのは母の遺伝だからね」



 またざわつく。どうしたんだろう?



『下着の色で好きなのある?』



「うーん、やっぱり白かな。なに、下着のプレゼント? それくらい自分で買うよ。母の選んだの派手だから」



 ? あれ、みんな固まってる。



『今は下着履いてる?』



「履いてないよ」



 あ、これ言わせたかったのかな? みんなの顔が真っ赤になってる。ふぅん。えっちなんだ。別にミニじゃないし、見えることなんてそうそうないと思うけど。えっちなのかな、これ。



『わかった、ありがとう。じゃあ、今日終わったら必ず来てね』



「うん、絶対行く。またね」



 ピッと、携帯を切った。



「……」



「……」



「? どうしたの?」



 私が席についても、みんなさっきまでしてた会話を再開しようとはしなかった。ううん、直に椅子に座ると、お尻に直接スカートがきてしまう。変なの。くしゅくしゅしてる。



「……い、今の、誰?」



「私の母。よくお洋服とか、下着プレゼントしてくれるの」



「へ、へー、そう……」



「どうしたの?」



 顔引きつってるけど。? みんな変だよ。また楽しく話してくれるといいのに。



「あ、ち、千歳ちゃん、さっきトイレにさ、ケータイ忘れてったんだよね。とってきてくれる?」



「うん、わかった」



 東野さんの携帯ならすぐわかるかな。席を立って化粧室に向かうと、やっぱりあそことお尻が変。下着がないのに衣類を着けるとこんな風にすーすーするんだ。



 化粧室を探してみても、どこにも携帯らしきものは置いてなかった。彼女の勘違いかな? それともここじゃないだけかな。だとしたら大変、お店の人に言わないと……



「なかったよ。どこで落としたの?」



「あ、ゴメンゴメン、あたしの勘違い。ここにあった」



「そっか。よかった」



「……そ、それでさ、そいつ転んだ言い訳に……」



 また会話は弾んでった。相変わらず、石丸さんは寡黙だったけど。



 ひとしきり楽しんだ後、歩美さんがカラオケに行きたいと言い出した。カラオケ。そういえば行ったことないかも。先生と他の人たちと一緒に今度行ってみようかな。



 歩いてすぐそこにカラオケボックスというのがあるのでそこにした。歩美さんは近いからと合コンの場所をここにしたんだって言った。



「じゃあ、せっかくだし男女二人ずつ二部屋にしない? 八人だとあたし歌い足りなくなるのよね」



「いいけど、組み合わせは?」



「そりゃあ、気になる人とがいいでしょ? そうだ、もしみんな目当ての人が被らないんなら、二人っきりで贅沢に四部屋でもいいよね?」



「そんなに空いてないよ。アミダにしよう」



「ちぇー」



 くじの結果、私と東野さんと石丸さんと川畑さん。上岡さんと歩美さんと小宮さんと三井さんが相部屋になった。



 番号の部屋に入ると、かなり暗くて驚いた。明かりをつけてもちょっと暗い。それに戸を閉めた途端ぱったりと外の音が止んだ。ガラスなのにすごい。先生の家でも、少しは音が漏れちゃうのに。



「あたしから入れるね」



 慣れた手つきで液晶の画面を操作して、東野さんは知らない歌を歌った。私はやっぱり知らないことだらけで、流行りの歌もわからない。歌詞と共に画面に映るプロモーションビデオと呼ばれるのを見ても、まったく見たことも聞いたこともなかった。



「谷津さん、有名モデルに似てるって言われない?」



「え」



 川畑さんが声をかけてきた。東野さんが歌ってるから、結構近くに寄ってくる。



「似てるよ。少し丸くなったその人が目の前にいるみたいだ」



「そう? 誰に似てる?」



 囁かれたその人は、以前百恵(ももえ)さんに似てると言われた人だった。二人に言われるってことは本当に似てるのかな? 今度先生に教えてもらおう。



「それだけ美人だとモテるでしょ」



「え、ううん全然」



 最近ようやく一度告白されたけど、それまではずっとなにもなかったから。先生は優しいから、私でもOKしてくれたけど。



 甘く耳をはむはむされるの、大好きになったから。



「美人の人って、みんなそう言うね」



「私、美人に見えるの?」



 目をぱちくり。「鏡見ないの? 君みたいな子、周りにいないよ」



 いっぱいいるよ。私よりずっと綺麗でかわいい人。竹花(たけはな)さんもすごかったけど、絵里さんもすごく大人でかわいい。良子(りょうこ)さんは私より背が低いけど明るくて元気だし、静香さんは儚い美しさがある。私の場合、母の助言がうまくいっているだけな気がする。



 先生はこの格好、褒めてくれるかな……



「……東野さんの言うとおりだな」



「え、なに?」



 小さく言われると聞こえないよ。



「なんでもない。……あ、あの、公共の場で、ああいうこと言わないほうがいいよ」



「ああいうこと?」



「だから、その、サイズとか」



「そうなの?」



 履いてないことを言うのはえっちだっていうのはわかったけど、サイズもダメなの? それぐらい、芸能人はほとんど公表してるのに。



「もうちょっと気をつけたほうがいいって。君は美人だから、襲われるよ」



「うん、わかった」



 そこで東野さんの歌が終わる。「久しぶりだから緊張しちゃった。どう?」



「上手だったよ。女の子の中でも特別」



「またまたー」



 やっぱり、石丸さんは話さない。



「さ、じゃあ次は千歳ちゃんね」



「あ、うん。これ、どうやって使うの?」



「お前は本当に女子高生か。しょうがないなぁ、これはね……」



 歌を、検索。すごい世の中になったもんだ、って、親戚のおじいちゃんとか言ってたけど、今そんな気分。とりあえず知っていた曲をピッピと入力してみた。すぐに画面が切り替わり、曲のタイトルと作詞作曲者が表示される。イントロが流れ出したときに東野さんにマイクを渡され、出だしとともに声を出した。



 ……



「言っちゃ悪いけど、へたくそね」



「う、そう?」



「千歳ちゃん、あんまり歌ったことないでしょ?」



「うん。授業でも声を出すの、小学校からあんまりできなくて」



「ダメダメ。歌くらい歌えないとアイドルやってけないわよ」



「アイドルじゃないよ?」



「……今年の学祭、覚悟してろよ? ひどい目に遭うからな」



「? なにが?」



「なんでもない。とにかく、ヒトカラでもなんでもして、歌はうまくなっておきなさい。いい?」



「う、うん」



「僕はいいと思うけどな。へたでも頑張って歌ってるのかわいいと思う」



「でた。男はすぐこれだ。かわいけりゃなんでもよしってのはね、いい加減うんざりなのよ。もし千歳ちゃんが腹黒い子で、裏で笑ってたらどうすんの? 女の現実に打ちのめされた男、あたしはいっぱい見てきたから」



「裏でなにを笑うの?」



「……」



「……」



 あれ、二人とも黙っちゃった。あ、東野さんため息ついた。「ま、うちの子に関しちゃそれはないけどさ。かわいいかわいいって近づいて、痛い目見た男子たくさん見てきたの。これは忠告です、お医者様への」



「あ、うん。わかった」



「じゃあ次は石丸さんね。全員平等に歌うわよ?」



「……」



 黙って一人でタッチペン(というらしい)を操り、曲を入れた。流れてきた曲は有名な映画のテーマ曲で、洋楽だった。



 ……



 すごく渋い声だけどとても上手に聞こえた。二人とも驚いてる。



「すげ、石丸そんな歌うまかったっけ」



「歌うのは好きだ」



「すごーい。見た目どおりなんだー」



「……」



 それから川畑さんも歌った。東野さん曰くそこそこみたい。その二人は結構流行りの曲を歌ってるみたいだけど、私は古いのが多く、石丸さんは洋楽だけだった。



 少し経ち、東野さんが飲み物買ってくると言うと川畑さんもついていった。石丸さんと二人きりになり、歌いなさいと急かされないので歌わないまま今カラオケに入った新曲が画面に表示されていく。



 そうだ。今聞けることを聞こう。



「あの、石丸さんはどうして内科医を目指しているんですか?」



「……治したい人がいる」



「治したい人?」



 頷いて、「心の病がその人にはある。治療にもう随分時間がかかり、治る見込みはまだない。俺が治したいと思った。それだけ」と、見つめてた瞳をまた逸らした。



「そうなんですか。すごいですね……誰かのために頑張ることって、私はとっても偉いことだと思うんです」



 先生は自分のためになにかをしたことがないと思う。みゆちゃんまゆちゃん静香さんのため。一応、私のため。多くの患者さんのため。実際付き合って少しずつ深い仲になっていくと、先生のプライベートな時間の少なさに唖然としてばっかり。私にはたくさんの自由な時間があり、申し訳ないといつも思ってる。大人だから、仕事に忙殺されててもいいのかなって思ったけど、たまには羽を伸ばして欲しかった。なんて言うと、先生は君たちとの触れ合いが私の骨休みだよって、私たちと本当に楽しそうに過ごしてくれる。優しくて、嬉しくて、でも少し、胸にちくりとなにかが刺してくる。それがなにか、今もわからない。



「私、お医者さんって一番素敵なお仕事だと思ってます。頑張ってくださいね」



「……」



「ただいまー。さ、まだまだ時間あるし、どんどん歌おっか」



「はい、二人とものお茶ね」



「ありがとう。……?」



「……」



 今度は石丸さんは逸らさず、じっと見つめてきた。



 私はただ、微笑み返すしかできない。



 時間が終わって。建物の外が暗がりに包まれていってた。雲間からちらほらとのぞく星の光に、季節の移り変わりを感じる。もう夏なんだ。



 代金は男のほうが払うのが合コンの普通なの、と東野さんに教えてもらった。不思議。先生みたい。



「じゃあ、あたし小宮くんと帰るから。あとよろしくー」



 と、その二人が隣り合って夜の街に消えていく。



「三井さん、あたしと帰り同じですよね? 送ってもらえます?」



「え、ああ、もちろ」



「送るだけですけど」



「……も、もちろんだよ」



「じゃあねー」



 上岡さんと三井さんも帰ってしまった。



「じゃあ川畑さん、さっき言ってたの教えてくださいよ」



「ああ、いいよ。それじゃ僕たちこれで」



 さっと耳もとに近寄り、



「じゃあね千歳ちゃん。ファイトッ。たまには別の男経験するのもありだよ」



「?」



 東野さんも手を振って別れた。



「……」



「それじゃあ私も帰ります。また誘ってくださいね」



 お辞儀をして、踵を返した。



 腕を、つかまれる。



「? あの……?」



「……連絡先、教えてくれないか」



「あ、はい。えっと、携帯ありますか?」



「……」



 ポケットから取り出されたのは私と同じ機種だった。



「同じですね。えっと、アドレス交換ってどうやるんだっけ……」



「赤外線」



「あ、そうでした。えっと、じゃあこれで……はい。これでできましたね」



「……暇があったら、茶でも誘うよ」



「はい。楽しみにしてます」



「っ……じゃ、じゃあな」



「?」



 くるっと回転して、早足で行ってしまった。本当にどうしたんだろう。あの人、ちょっと変だよ。



 早めに集まったからまだテレビで映画をやる時間になってない。今から先生の家に行っても、始まるか始まらないかくらい。えっちしても寝る時間じゃないから、その後もずっと先生と一緒にいられる……



 えっちした後、あの人とくっついていちゃいちゃしてる時間って、すごく幸せ。



 お腹をさすってもまだ鼓動を感じられないことに少し、寂しさを感じるな。



 



 



 みんな一緒にはやらないって言ってたけど、普通えっちって一対一なのに、一緒になんてできるのかな? 先生の体は一つだけだし、みんなが気持ちよくなる方法なんてないと思う。



 先生の家にはやっぱり誰も来てなかった。私を呼ぶときはいつも私だけ。ちょっと前なら絵里さんもいなかったけど。



「あら、いらっしゃい。ほーんと、毎日誰かが来るのね」



「はい。たくさんいますから」



 いらっしゃい……この人が先生の奥さんになるのかな。あれだけ親しげにしてるからなると思うけど、そのとき一緒にしてくれるかな……



 この人も良子さんも、先生にぴったりの奥さんに見える。若奥さんに姉さん女房。家事も仕事もしっかりできて、どっちも私よりたくさんのことを知ってる。先生のことも他の常識的なことも。今私がしてることがどういうことか、教えてもらってもいいかもしれない。



 ううん、それより。



「あの、絵里さんはもう子供ができましたか」



「……? なんでそんなこと聞くの?」



 え? 「だって、先生の子供……作ってるんじゃないんですか? もう大人だし、欲しいと思うし」



「……それ答える前にさ、答えてくれる? あなたはもう、作ってるの?」



「はい」



 私のわがまま、聞いてくれました。



「……あいつ真性の変態だろ……確かに、あいつなら孕ませても責任取りそうだけど……」



「作ってないんですか?」



 なにか、とても不服そうな顔をした。



「残念なことにね。私のほうはね、作りたいの。それこそ毎晩でもいいわ。できてからもやりたいっていうのなら、応える気もあります。でも、向こうがその気じゃないから。羨ましいわね、その年でお母さんなんて」



「いえ、私はまだ……」



 お腹を最近よくさする。太ってくれないのが悲しい。



「……あなたもそうだったのね……小さい子全員じゃないの……」



「なにがですか?」



「いーえ。ほら、行って子作りに励んできなさい。聞こえるくらい喘いでもしかめっ面しないであげる」



「はい。ありがとうございます」



「っ……あなたさ、本当に十八歳?」



「まだ十七です」



 なぜか驚いてる絵里さんを尻目に、私はこれからの情事に体の芯を熱くさせていた。



 あの人の部屋。何度も訪ねて、何度も同じ夜を過ごした。でもまだ全然足りない。あの人にもっと支配してもらうためには、もっともっと足繁く通いたい。



 指輪を持ってこなかったことをちょっと後悔する。まゆちゃんみたく、常に携帯しておくといいかも。



 扉を二度ノックする。「入りなさい」



 開けるといきなり部屋の中に連れ込まれた。すぐに鍵をかけられ、持っていたバッグを落とされる。そのまま唇を奪われ、なまめく舌が入ってきてくれた。引き寄せられるままに目を閉じ、跳ねる唾液の音を響かせる。せっかちさんな求め方が嬉しい。



 ……体を離したときにはもう、こっちの準備は万全だった。



「ちゃんと私の言うとおりにした?」



「はい」



「ふぅん?」



「あっ」



 するするっとスカートをめくられる。思わず押さえようとしたけど、でも先生の力は強かった。不思議。めくられたいって、えっちなこともっとされたいって思ってるけど、どうしてか逆らっちゃう。



「へぇ、本当に脱いだんだ」



「はい……」



 ……私の大切なところ、体中を見る先生を、見れない。



「いい格好してるね、似合ってるよ……千歳は恥ずかしいと思わなかったんだよね?」



「はい」



「ふふ。いい子だ」



「あっ」



 指が、空気に晒されてるあそこに触れてくる。この人の指は魔法使いの指だ。触られれば触られるほど、魔法にかかってしまう。媚の魔法に。



「んっ、あっ、はっ、はっ、はぁっ」



 左手がニットの下から入り、ブラの上から揉んできた。ぐにゃぐにゃされると、あっという間に乳首が立ってしまう。吐息が、はぁって、いつものと別物に変わる。やっぱり、魔法だ……



「どうかな、千歳は胸なんかよりこっちのほうが気持ちよくない?」



 あそこのほうが強くなる。濡れがじわりと広がり、太ももをゆっくり伝っていく。その遅々たる動きがじれったくこそばゆい。



「あっ、はぁ……い、いいえっ、憲邇様のっ、指なら、どこでもっ、気持ちいい……っ」



「じゃあ口も性器も嫌なんだ? ふぅん、今日は指だけにしようか」



「あっ、いえっ、け、憲邇様のち○ぽが一番っ、ですっ」



「そう。ふふふ。どうしようか、挿れる? 挿れたい?」



 いつの間にか先生のものが露出してた。それが私のあそこに擦りつけられ、ゆっくりと焦らすように上下する。



「千歳がパンツを履かなかったからこうなったんだ。ダメだよ、今度そんなことするときは、私と一緒でないと」



「あっ、はい、ごめんなさいっ」



「冗談だよ。遠隔で命令するのも楽しいんだ。どうしようかな、今の格好のまま、尾方さんの前で雑談しに行こっか」



「えっ、あのっ、続き、続き、をっ」



「挿れて欲しいなら、おねだりしてよ。こんな風に」



 ぼそぼそと囁かれる。そのかすかな息さえ感じそう……「あっ」はむって、されたぁ……



「ほら、言いなさい」



「はっ、はいっ。わ、私は、ぱんつを脱いだまま合コンしました、変態な私は、みんなの前でぱんつ履いてないことを言いましたっ。ちらちら大切なとこ見られてるの、気付きませんでした、ごめんなさい、こ、今度は、もっと見せびら、かしますっ」



「はい、よく言えました」



「ああっ!」



 立ったまま急にずるっと挿入ってきたぁ……やっ、気持ちいい……「あっ、ダメッ、耳舐めちゃダメっ」



 また、だっ……気持ちいいのに、嬉しいのにダメって言っちゃう……して欲しいことを拒むなんて、どうかしてる、よっ……



 立ったままで子作りは続いた。この人のが全部挿入るたびだらしない声をあげてしまう。耳の裏を執拗に舐められては愛しい人の名前を出し、同じ人を強く抱きしめてしまう。そうしないと抜ける力でまた全部挿入ってしまうから。



 唇が欲しくなると横を向き、すぐに察してくれる先生と唾を交換した。頭を撫でて欲しいときは上を向き、胸を砕いて欲しいときは下を向いた。そのたびの愛撫に苦しくなっていく……魔法の時間がずっと続いてく。つつっと腕を指が這うのでさえ、体が反応してしまう。涙を舐めとられるとどこか変な感じが湧き上がってきた。これ、日付変わってもきっと解けないよ……



「そうかな? 感度がいいだけだよ」



「ふぁぁ、あっ、うっ、んっ」



 体がよじれる。あそこが、あそこがはちきれそうっ……



「気持ちいい?」



「はいっ」



「どこが気持ちいいの?」



「ま○こっ、ま○こが気持ちいいですっ」



「そっか。どうしようっかなぁ。意地悪して気持ちいいとこに射精()さないでおこうかなぁ」



「あ、やっ、射精し、てっ」



「どこに?」



膣内(なか)にっ、膣内に射精して、赤ちゃん作りたいですっ」



「なにを射精して欲しいか言ってくれないとわからないよ」



「精子ですっ、憲邇様の熱い精子、たくさんくださいっ」



「はい、よく言えました。はっきり録れてるよ。後で知ったときが楽しみだ……」



「あっ、ああっ! あっ、う、はっ、ふああっ、ああっ」



 口も魔法だぁ……口で耳を食べられるの最高だよ……で、でも、一番、あっ、魔法が強いの、あそこだ、あ……一回突かれて、快感に身をよじって、戻したときに私のが、しっかり準備して、すぐまた突かれると離したくないってあそこでしっかり締め付けようとする……太いところが出てくまでして、挿入ってきたらまた力を入れて……そのたびに硬く脈打つ先生のものが、私の膣内をぐりぐり押して侵入していく気持ちよさに「あああっ!」



「気持ちいいね、好きだよ、千歳……もうちょっと味わってたいな」



「ふぁっ、あぁ、はっ、はっ、も、もう、ダメ、ですぅ……」



 イッ、ちゃい、そ……っ!



「千歳……!」



「ふぁぁぁっ!」



 全部挿入った先で、先生の射精が始まった。あっ、う……っ! びく、びく、しちゃう……っ! は、わ……っ! ……う、うわぁ、今、すごく気持ちよかった……



 私たちが繋がった場所から、白い液体がぽとぽとと零れ落ちてくる。この人と愛し合った証。子供を作ってる証拠。



 また一度キスをしたら、離したくなくなってしまった。しっかりと抱き締めて、まだ少し動くあそこを押さえつける。



「はぁ……」



「気持ちよかった?」



「はい……」



「どう気持ちよかったか、もう一回、ほら、カメラに向かって言ってよ」



「え、えっと、生で膣内(なか)射精(だし)されて、いっぱい感じました、とっても気持ちよかったです……」



 先生とえっちするの、ずっと気持ちいいままだ……これ、男の子がえっちに興味津々なの、仕方ないよ……



 くたくたになったところで先生のが抜けて、スカートを持ち上げられたままの私全体をしっかりカメラに映される。白いのと透明な液体がちょっとだけあって、えっちしたよっていう証明を撮った。



「ちゃんと全部撮ったからね。安心して」



「……はい……」



 そのまま抱っこされて、ベッドに横にしてもらった。後始末をきちんと終えた後、先生も隣に来てくれたから、眠気がまだない私はいっぱいいちゃいちゃしようと腕と腕を絡めた。



「千歳はお母さんとあんな風に話すんだね」



「はい。いつもあんな感じです」



「下着とかプレゼントされてるの?」



「はい。母と趣味はちょっと合わないから、もうやめてって言ってるんですけど」



「そうだね。今日の下着はよく似合ってるよ」



「はい」



 よかった。やっぱり白がいいよ。あ、でも……「洋服は母の勧めなんです。どうですか?」



「洋服はお母さんのでもいいんじゃないかな? 自分で選んだ前のフレアスカートもよかったけど。ああ、違うな。元がいいからだよ。千歳が綺麗だから」



「私は美人なんですか?」



「美人だよ。モデルに似てる。優しくね」



 先生まであの人の名前を言ってくれた。そっか。似てるんだ。ふぅん……



「ありがとうございます」



 組んでいた腕を離して、背中を向けた。魔法使いの先生はすぐ後ろから抱き締めてくれる。



「あの、憲邇様は下着履かないほうが好きなんですか?」



「違うよ。違うんだよ」



「?」



「公衆の面前で下着を着けてないのがいいんだ。うぅん、そうだね、千歳にはわかんないかも」



「はぁ……」



 首を回転される。また、バタフライキスができそうなくらい近付いて、面白そうに言ってくる。



「わからないうちに、色々やらせるよ? いい、拒否権はないからね」



「はい」



 あなたにたくさん命令されたいです。なんでも言うことを聞ける従順な奴隷になりたいんですから。



「じゃあ、とりあえずもっとたくさんの人と知り合っていこうか。千歳はもうちょっと女子高生らしくしたほうがいいんじゃないかな」



「そうですか? あ、今日カラオケに行ったら、やり方がわからなくて似たこと言われました」



「ふむ、そうか……そうだね、千歳に親しくしてくれる人と、もっと時間をとってあげるといいかもね。そういう人は貴重だよ」



「はい」



 なにかにつけ東野さんは私に構ってくれるから嬉しいし、彼女の持つ輪に加わりたいとも思う。この人のおかげで変わったとはいえ、まず最初に仲良くしてくれたのはあの人だから。



「住田君とデートするなら、こっそりやりなさい」



「どうしてですか?」



「ふふ。千歳は本当にかわいいね……普通はね、恋人が他の異性と仲良くしてるのは嫌なんだよ」



「あ、嫉妬ですか?」



 そういえばどこかドラマであったかもしれない。私にはあんまりよくわからなかったけど。でも、嫉妬するのは好きだからって、あったような気がする。



「そう。私は千歳が本当に好きなら別にいいとは思うけど、でもやっぱり嫉妬してしまうから」



「嫉妬するのは、好きの裏返しなんですよね?」



「そうだよ。男の嫉妬はみっともないけど、女の嫉妬はかわいらしいからね。千歳も嫉妬して、他の子たちに嫌がらせすると、もっとかわいく思えるよ」



「できません。他の人もみんないい人たちですから。それに、みっともなくないです。憲邇様が嫉妬してるってわかると、好きの確認ができて嬉しいですから」



「ふふ、ありがとう。嫉妬はするけど、千歳の恋愛は自由だよ。合コンもたくさんしなさい」



「はい」



 最後に二人天井を向いた。先生に肩を抱き寄せられ、寄り添う形で眠りについた。



 特別じゃない特別な魔法を、十二分に味わって。



 



 



 



 



「はい、第四回三人で今年の学祭を考える会ー」



「いやーとうとう我が高学園祭まで三ヶ月を切りましたね」



「で、とっととクラスの出し物決めねーと」



「決まってないのこのクラスだけだよね」



「住田君、なにか案はないのかね」



「その前になんで女子いないの」



「合コンに逃げられました」



「マジスか」



「男子だけで決めといてって言われたので、どうせ後で文句言われるだろうが気にせず決めよう。実際日にちがない」



「ぐだぐだやってたせいで選択の余地もないよな」



「喫茶店は派生を含むものもダメ、お化け屋敷も占いの館も締め切り済み」



「じゃあ、なにもやらないとか」



「お前な……まじめに考えろよ住田君。お前は谷津の写真撮ってりゃ幸せかもしれないけどな」



「うん、まあ」



「新しいのなにある?」



「ああ、この前コンテストに送ったのができたけど、いる?」



「いるいる」



「お前ら、まじめに考えろ」



「ふーん、これ、いつものとなにが違うんだ?」



「ああ、谷津さんって結構無邪気なところあるから、出てない?」



「そうか? 別に普通だろ」



「おーい、このままだと俺たちは非常に寒い思いをするぞ」



「無邪気っつーか、谷津、エロいよな」



「そういう目で写真を見るなよ」



「いや、写真じゃねぇよ、本物が。今日だって東野に耳吹かれてすげーエロい声出てたじゃん」



「ああ、聞こえた聞こえた。AVよかリアルのがやっぱ興奮すんのな。志田(しだ)より谷津になった」



鈴原(すずはら)、出し物を決めるんじゃなかったのかよ」



「急に変わったよなー。以前の暗いオーラがどっかいった」



「で、話してみればなにも知らない無垢な美少女だったという」



「ああ、確かに、合コンすら知らなかったみたいだから」



「なー。他の女子と違って机に直接座ったりモノ蹴ったりしねーし」



「……バージンだよな、彼女」



「……」



「……そりゃ、な。噂は噂だな」



「一度でいいから、やりてぇよな」



「そりゃ、な」



「お前ら……」



「だってお前考えてもみろ。あの顔があの声で喘がれるんだぞ? AVじゃない、本物だぞ? やりたくないなんてのは男子高校生じゃねぇだろが」



「住田君は知らないのか、彼女、有名モデルにそっくりだって」



「知ってるよ。本物より雰囲気がいいとさえ思う」



「俺も」



「俺も」



「……なんの話だったっけ?」



「学祭でのミスコン、出ればまず優勝だよな」



「今年からやらなくなったんじゃねーの? 女子から差別だーって言われて」



「ああ、男子女子両方やるようになったらしい。それで強引に押し切ったら、渋々了承してもらえたそうだ」



「出て欲しいなー。女子はぶりっ子だの作ってるだの言うが、俺はそうは思えない」



「大半の男子はそう言うな。そうであってほしいという願望だな」



「んー、でも、谷津に限って言うならマジで本物だと思うぞ。一応十八年近く男やってきたせいか、こいつは作ってるっていうの気づいたり、後で知ったりとかあったろ? 経験値から言わせてもらえば本物か、気づかせないくらいレベルが高いかのどっちかだな」



「十八年程度じゃちょっとなぁ」



「僕も彼女が作ってるとは思えない。写真をかじってるから言えるよ」



「惚れてるからな」



「ああ、好きだから」



「……認めたぞ、こいつ」



「開き直ったな。最低だな」



「うるさい、なんにするんだよ」



「好きならぜひ住田君に決めていただこうじゃないか」



「いいのか? じゃあ好きだからっていうんで谷津さんをメインに据えるのにするぞ」



「……おお、いいな、それ」



「うん、住田君にしてはいいアイディアだ」



「いや、冗談なんだけど」



「住田君写真撮れるんだったらさ、彼女とツーショットを撮れるのにすればいいんじゃね? 撮影会みたいな。男にはウケるだろ」



「女にウケないだろ」



「この際みなにウケるとか考える余裕もない。それにしよう」



「お、おい、いいのか?」



「それなら彼女にはぜひ私服を持ってきていただきたいな」



「うむうむ。無理ならこちらで用意しよう。俺はチューブトップにホットパンツがいいな」



「いや、案外着物とか着てきそうだな……あれ、すごく見たいぞ」



「そういうのは本人の了承を得てからでないと」



「住田君、頼んだよ!」



「二人揃って言うな!」



 



 



「っていうことなんだけど……だ、ダメだよね?」



「なんで?」



「いや、あの、迷惑じゃないかな?」



「ううん、クラスの出し物でしょう? ちゃんと役目はこなします」



「……そ、そっか……あ、あのさ、嫌な客が来たら、すぐ言ってね? 体触ろうとしたら大声上げてほしい」



「うん。わかった」



「ありがとう。それじゃあ、今日放課後みんなでちゃんと話し合うから、残ってほしいんだ」



「わかった」



「じゃあ、よろしく」



「うん。綺麗に撮ってね」



「約束する」



 



 



 



 



 できた。もう何枚目だっけ。



 完成したただの似顔絵を、窓に置く。描く表情や場面なんてたくさんあって、暇な時間はもうなくなっていた。



 実物はこれより何倍もカッコよくて素敵で美丈夫で知的で、見惚れて目も合わせられないくらいなのに。わたしはまだまだだった。



 と、描いた人が窓の下、病院の敷地内にある庭を歩いているのを見つけた。



 同じ病院服を着た女性と腕を組んで。



 ……



 カーテンを閉めたかった。でも動けない。じっと二人の動向を見つめてる。小さな二人が楽しそうに庭で遊んでる。



 彼女が笑顔になった。



 あの人も笑顔になった。



 頭をなでてもらっていた。



 髪を梳いてもらっていた。



 両手をつないで、浮くくらいくるくると回してもらっていた。



 膝の上で眠らせてもらっていた。



 楽しそうに。



 口の動きがお互い、──と言ってるようにしか見えない。



 突然の雨が降るまで、二人はそこに仲良くいた。



 完全に姿が見えなくなるまで、わたしはまったく動けず、頭の中が雨の音しか聞こえなくなるまで立ちすくんでいた。



 ……やがて、視界も濡れ、喉の奥が熱く苦しく、ゆっくりと隠してあるものを取り出し、そっと右腕を露出した。



 気づいた。こんなことをする、自分に気づいてほしい。かまってほしい。これくらい痛いから、やさしくしてほしい。わたしだって。わたしにだって。



 ひどい甘え。幼稚すぎる。なんてみにくい……でも、ほかにどうしたらいいかなんて、わかんない。なにも言えない、近づくことも自分からなんてできない。その先の拒絶が怖い。このつながりしかない。これしかない。



 ……こんな浅い傷じゃダメなんだ。もっと、もっと深く……



 勢いをつけて刃物を滑らせると、皮膚がサァッと一直線に裂けた。気持ち悪いわたしの体内が見える。すぐには血が出なかった。痛くもなかった。けど少したてばすぐに今までで一番多くの血が溢れ、止まらなかった。痛かった。



 今までのなにより、痛い。



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 第十四話あとがき的戯言



 



 三日月(みかづき)まるる、以下作者「行きたいですね、合コン」



 谷津千歳、以下千歳「行けばいいじゃないですか」



 作者「こんばんは、三日月です。このたびは「ごめんなさい」第十四話を読了くださりましてありがとうございます。今回は千歳さんです」



 千歳「こんばんは、千歳です」



 作者「少し胸が大きくなりましたね?」



 千歳「はい」



 作者「珍しいこともあるものです」



 千歳「え? どういうことですか?」



 作者「普通女子の性徴は千歳さんの頃には終わっているのですよ」



 千歳「人によりけりですよ」



 作者「身長に至ってはそう伸びる方は殆どいらっしゃらないそうで」



 千歳「そうなんですか? でも、男子は高校生になってから伸びる人もいますけど」



 作者「男子と女子では違うそうなのですよ」



 千歳「そうなんですか。先生はどうだったんでしょうね」



 作者「さぁ……」



 千歳「……」



 作者「ところで、千歳さんの高校の学園祭はいつなのですか?」



 千歳「えっと、九月の終わり頃です。正確な日付は覚えてません」



 作者「いいですよね、学園祭。年に一度の大イベントです」



 千歳「ぜひ先生たちにも来てもらいたいです」



 作者「チケットも売り捌けていいと思いますよ。きっとクラスの人たちから友達に売って売ってと頼まれることでしょうから」



 千歳「はい。わかりました」



 作者「当日を楽しみにしましょう。それでは今回はこの辺で。また次回お会いしましょう。さようなら」



 千歳「さようなら」



 



 20090507 三日月まるる



 




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2009/05/28 03:16 | 小説COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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