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「ごめんなさい」その十八_第十八話_パーティーはとても楽しいもの、すれ違いはとても悲しいもの

 こんばんは、三日月です。
 この話では音符マーク、♪を使っております。ご不快になられる方がいらしましたら拍手かなにかでコメントしてくださると幸いです。もしも特に問題がないようでしたら、ハートマーク、♥を使いたいと思っております。作中ですと

「憲邇さま……♥」

 このような感じになります。こういったものがダメという方がいらっしゃいましたらコメントしてください。特にコメントがなければ使いたいので使います。使えると知ったので使いたいのです。ブラウザによっては表示されないかもしれませんので、その旨もご連絡くだされば控えます。
 次回更新は八月なので毎週更新予定です。水曜か木曜になると思います。加えて一話は外伝のようなものになります。
 拍手ありがとうございます。本当に励みになります。頑張っていきます。
 それでは第十八話です。どうぞ。















 



 十八 パーティーはとても楽しいもの、すれ違いはとても悲しいもの



 



 



「どしたのまゆ? そんなに私のおっぱい大きくしたい?」



「……」



 あたしにもあれがあれば。今考えてることは簡単かもしれない。広子(ひろこ)さんだって言ってた。おっぱいそれとなくくっつけてれば触ってくれるようになるって。



 違う、別の、別のこと考えなきゃ……



「ね、憲邇(けんじ)さんさ、お母さん膝の上に乗せてみない? たまにはお母さんとくっつきたいでしょ?」



「な、なに言い出すのよっ、この子は」



 嘘つき。そんな顔して、ほんとは乗りたいって誘ってるくせに。



 憲邇さんとまたお風呂に入れたのに。今度はタオル巻いてるけど、またこうしてくっついてるのに。目の前の人がじゃま。



「そうだね、膝の上に絵里(えり)さんを乗せて、その上にまゆちゃんがいいかな」



「あ……いいの? 遠慮なんてしないわよ?」



 それより先にあたしがどいたげると、すぐにお母さん憲邇さんに体を預けた。赤く、なってる。ちょっとタオル下にずらした。見たくなくてあたしもすぐお母さんの膝に乗った。憲邇さんがそっと抱きしめてくれる。こんなに大きくてあったかいうで。もっと下に、上に動いてほしいうで。



「……これでも私背が高いんだけど、いいものね、包んでもらえるのって」



「憲邇さん身長なんセンチあんの?」



「さあ、覚えてないな。百七十はあるんだけど、それ以上は」



「これは百七十五は確実ね。もしかしたら、八十あるかも」



「おっきい人ってカッコいいよね。憲邇さんはもうちょっとむきむきでもいいのに」



「あはは。そうだね、ちょっと筋トレしたほうがいいのかなぁ」



「なに言ってるの。あれだけ力があるんだから、そんなの必要ないわ」



「あれだけ?」



「ふふん、この人はね……」



 また、だ。またお母さん、憲邇さんのこと知ってる。あたしが知らなかったこと知ってる。そんなカッコいいとこあるなんて、どうして教えてくれなかったの。



「あとはこれでもうちょっと家事を手伝ってくれたら最高なんだけどなぁ」



「ううん、試しにやってみてもいいけど、ひどいことになると思うよ?」



「一緒に住む人は大変なのよ? 将来妻になる人は苦労するわ」



「あたし苦労してもいいよ。憲邇さんのためならどんとこいだね」



「ふふ、そう。偉いわね……」



 笑ってる、気がする。こうして、なでてくれるだけなら、いいのに。一緒にお風呂なんて入らないでくれれば、いいのに。



「……ねぇ、あなた。私も……苦労しても、いいわ」



 体重がぐいって後ろに、よってく。



「妻に、してよ。こうしてるのよ? もう、家族じゃない」



 ほら、きた。やっぱりだよ。なんか、なんか考えないと。すぐにできるの、なんか。



「奴隷ならいいよ。みんなと同じならね」



「それは……やっぱり、嫌よ。お互いがたった一人の相手がいい。私、あなたといろんなものを共有したいの。喜びも悲しみも、苦しみもなにもかも。あなたが自分を赦せなくても、私だけは赦してあげられる。一緒に背負えるわ。赦させてよ、ううん、もうとっくに、赦してるの。お願い」



 体が前に出た。お母さんが振り向いてじっと見つめてる。



「あなたの荷を、少しだけ背負わせて」



 またわかりあってる、夫婦みたいな目で……愛がある、みたいな。



「あたしも! あたしにも背負わせてよ! あたしだってできるもん。あたしだって、あたしだってっ!」



 お風呂をばしゃばしゃやった。お母さん、しょうがないわねって、顔する。……なんだよ。やっぱり子供なのかよ、あたしは。



「ありがとう。でもそれは、今のところ私一人でもなんとかできてるんだ。頼るところは頼るよ。今君たちの分の荷はないと思うな」



「……意地っ張りね。そういうとこ、お姉さんからするとかわいいものだけど」



 また笑う。



「け、憲邇さん前からいじっぱりだよ。お母さんが言ったって変わんないって」



「そうそう。私は強情なんだ。こうと決めたらテコでも動かないからね」



「てこ?」



「う、言われると説明できないわね……あなた、父親でしょ? こういうときは頼んだわ」



 そういうこと、言うなよ。噛みつきたくなるだろ。



「ええ? そ、それは説明が難しいな……えーっと、そうだ、ブランコはテコみたいなものなんだよ……」



 そのあとの憲邇さんの話はあんまりよくわかんなくて、それより憲邇さんの両うでにはさまれてしあわせそうにしてるお母さんのことばっかり頭に残ってる。ときどき、首に顔こすりつけてたし。目つむって、またしあわせそうにため息もらしてた。



 もう……こうするしかない。でも、最低でもお母さんいないときじゃなきゃダメだ。ちゃんとタイミングをみはからないと。待つのはつらいけど、でも、その先にしあわせが待ってるはずだから。いいことに、次の日に憲邇さんはお休みだった。お願い、あたしと遊んでって頼んでみる。憲邇さんは……



「いいよ。二人っきりでデートする? どこ行きたい?」



 って答えてくれた。あたしはおうちで本を読んでほしいってお願いして、笑顔でいいよって言ってくれる憲邇さんに抱きついた。



 絶対、はなしたくない。



 



 



 あたしと遊んでって言うと、憲邇さんは二人っきりを作ってくれる。ほかの子はだれもいない。学校から帰ってすぐ、ちゃんと憲邇さんのお部屋で用意してくれた児童書を開いてくれた。座って読んでくれる憲邇さんの膝の上、でも内容は全然頭に入ってこない。ただ、いつ言うか、いつ迫ろうかそれだけ考えてる。あたしは頭がよくない。もう正面から、憲邇さんにこっそりしてもらえるよう、お願いするしかなかった。



「……どうしたの? 今日は読書じゃなくて、言いたいことがあるのかな?」



 こんなに、わかってくれる。あたしのこと。でも、おんなじくらい、お母さんのこともわかってる。だからえっちしてくれない。あたしにえっちしてくれないから、お母さんにもしてない。それなのに、お母さんはひとり占めしようとしてる。許せるはず、なかった。



「憲邇さん、ごめん、はしたないってわかってるけど、でも」



 カチャカチャベルトを外そうとする。すぐにその手を止められた。



「……ねぇ、お口で、えっちしたい。赤ちゃんできないなら、ほんとのえっちじゃないよ。こっそりやればいい、バレたってお母さん許してくれる」



「まゆちゃん」



 黙って首を、ふられた……



 そんなに、お母さん大事?



 あたしのことは大事じゃないの?



「……んだよ、どうせお母さんとやってんだろ、あたしにできないえっちなことさあ! お母さんのが気持ちいいんだろ、大人できれいだからさあ! 好きじゃないんだ、ほしくないんだ、我慢我慢って、いつまでだよ。もういいじゃん、バレたってこれならお母さん怒んないよ。いいだろ、あたしだってえっ……やってよ、ねぇ、言いふらすよ、あたしとみゆちゃんにどんなことしたか、言っちゃうよ?」



 でも、憲邇さんは黙って頷くだけ。



「ほ、ほんとに言っちゃうよ? あたしだけじゃない、隠してるのみんな言ってやる。写真だってまだ持ってるもん、人殺しだって言ってやる、ひどい人だっ、て……」



 ダメだよ、そんな顔しないでよ、泣いちゃうよ……



「ひどいい! みゆちゃんしてるのに、なんであたしダメなんだよ、言ったじゃん、おんなじだろお、おんなじにしろよお……そうだ、みゆちゃんのお母さんたちにも言ってやる」



 そしたらどうなるか、あたしが一番よく知ってる。



「みゆちゃん大切でしょ? いやなら、あたしにしてよ、あたしも大切にしてよ、たんないよお!」



 わがままだよ。わかってるよ。でもダメだの。一緒に憲邇さんと寝なきゃ、あいつがおそってきそうで怖いんだよ。守ってくれてるのわかってるけど、学校だって男子は苦しい。憲邇さんと一緒のときだけ、楽になれるのに。



「まゆちゃんも大切だよ。でも、そのお願いは聞けない。言ってもいいよ。好きにしなさい」



「……なんだよ、なんでだよ、好きなだけなのに、おかしいよ……」



 しゃくりあげるのが止まんなかった。憲邇さんが、憲邇さんのほうが苦しそうにしてる。ああ、あたし最低だ。



「ごめんなさい。海、行くね。困らせてばっかりだ。あたしが、っ、いなくなればいいよね。そしたらお母さんと夫婦になれるもんね。迷惑だよね。っ、憲邇さんがいやなの、やっぱりやだから。さよなら……」



 扉まで、歩いてく、のに、憲邇さん声もかけて、くれない。いつもなら絶対、止めてくれるのに。やめなさいって言ったのに。



「……止めて、よ……行っちゃうよ? いいの? あたしいらないんだ? やっぱり、お母さんだけでいいんだ。んだよ……ばかあ。嘘つき、ほんとにほしくないなら、嘘つかないでよ。みゆちゃんくらい大切じゃないんだ、そうでしょ? はんぱなのなら、最初からくれないでよ、ひどい……」



 もう、終わりだ。これから先、あたしはずっとえっちできなくって、お母さんが仲良くなってくのをずっとそばで見てなきゃなんない。そんなの耐えらんないよ。「まゆは憲邇さんとお風呂入りたいわよね?」って、そんなこと言って三人一緒なのもうやだよ。お母さんみたいな、おっぱいあって腰細い人が布一枚なの、ひきょうだよ。また憲邇さんのがおっきくなったら、またダメって、なんやかんや言われてまたお母さんやりそう。憲邇さんに触ってもらってあたしとおんなじみたいにびくってなる、そんなのもう見たくないよっ。



 憲邇さんがそばにいた。憲邇さん、好きです。大好きです。



 びりびりって、服を思いっきり破られた。すぐに胸を押さえる。



 顔が、すごく近い。



「今度は守れるね? 二度とお母さんに言っちゃいけないよ?」



 その言葉が、どんな意味なのか。考えるより先に、体中で頷いてた。



「しょうがないなぁ、まゆがかわいいこと言うからやりたくなったよ。ふふ、背中を押してくれてありがとう。ほら、なんで隠してるの?」



 ぱっと手をはなす。にんまり笑った憲邇さんの目が、じいっとあたしのおっぱい見つめてた。



 久しぶりの、えっちな視線。恥ずかしいより、うれしくてなかった。



「続き、してよ」



「う、うん」



 今度こそベルトを外す。ズボンを下げて、ぱんつも見えるまで下げた。……け、憲邇さんの、もうおっきくなってる。



「な、なめればいいんだよね?」



 立った憲邇さんが立ったあたしの顔強引に引き寄せた。あ、ん、ちょっと待ってよ。う、うまくなめらんないよ。



 あ、熱い……びくびく波打ってる。手で触ると血管破れそう……お母さん、こんなの触ってたんだ。へへ、でもあたしお口でやってるよ? ざまあみろってんだ。



 味とか、しないな。白いの、苦いって言ってたけど、でも憲邇さんのなら飲めるもん。あ、あっ、ぺろぺろってすると持ち上がってくんだ。すごいな、かたい……



 ぐいって顔寄せられた。憲邇さんのおっきいのが口の中に無理矢理入ってきて、むせそうになったけど必死で我慢した。お口が憲邇さんでいっぱいになる。お、おっきいよ、かんじゃうよ……ああ、でもほんとにえっちなことしてる。ほんとはあそこに挿れるの、今お口に入れてるんだ。へんたいだあ……



 がちゃっていう、音がした。



 



 



 



 



 早くに終わった分はきちんと給料から引かれるから、不況は本当に辛い。でも、負けるわけにはいかない。職があるだけマシよ。



 まず間違いなくまゆはあの人の部屋にいるから、そこまで一直線。開けようとすると鍵がかかっていた。まだ二人ともいないのかしら、でもキスするような音聞こえるし、と合鍵を取り出し開けると、



 中でまゆがあの人のモノを咥えていた。



「……」



 二人ともこちらに気づいてる。でも、まゆは羞恥に余計顔を赤くするだけでやめようとしない。ぼそぼそと彼の声が聞こえる。「やめちゃダメだよ」、「こっち向いて」などと。服をびりびりに破られた姿で彼を見上げて、涙ぐみながらフェラチオを続ける娘の姿は、私の心に大きすぎる風穴を開けるには充分だった。



 動けなかった。話せなかった。あまりにも衝撃が大きすぎて、なにもできない。やがて「射精()すよ。吐いちゃダメだからね」と声が聞こえ、嫌な音とともに娘の口から白い液体がこぼれてきた。口から赤黒いものが離れると、「口開けて。写真撮るから」シャッター音、「うん、いいよ。なにか言うのは今度にしようかな」頭を撫でて顎を持ち上げ、「ほら、こぼさないでよく味わってから全部飲んで」思いっきり目を瞑って強引に、「はい、よくできました」と口づけをし、「やだ、これ憲邇さんのだよ?」驚いた我が子は、「違うよ、まゆの唇だ」……



 笑顔になった。信じられないくらい、幸せそうな笑顔に。けほ、けほと少し咳き込み、じっと彼のモノを見つめ、「まだちょっと残ってるね」と言い、自分から舐めだした。口の周りに、白いものをつけたまま。



 どこかの非合法なAVでも見ているような気分になった。それが娘のものでなければ、ただ胸が悪くなるだけですぐに捨ててやるのに。



 一連のことが終わるまで、私は一切身動きがとれなかった。



「お、お母さんひどいよ。見ないでほしかったのに」



「……あなた、なにしてるのよ」



 喉が、熱い。



「私は隠れてずっと続けていましたよ。あなたが気付かなかっただけです」



「……!」



「あ、あ、こ、これならいいでしょ? 大人でも、これなら赤ちゃんできない。ほんとのえっちじゃないもん。いいでしょ?」



「口洗ってきなさい」



 その音は聞きたくない。



「話聞いて」



「いいから!」



「……やだ」



「まゆ!」



 娘は残った精液を掬い取り、また口に入れた。我慢しているのにしていないフリをして、平気なフリをして無理矢理飲み込む。



「ん……お口の中に憲邇さんを感じるの。しばらくこのままがいい」



「まゆっ! この年でそんなはしたない真似、やめなさい!」



「……なんだよ。また、とってくんだ。せっかく見つけたあたしのしあわせ、またとってくんだ。いけないって言うんだ」



「当たり前でしょ、まだそんなことしなくていいのよ」



「……お母さんがしたいんだ。やっぱり憲邇さん全部とってくんだ。これもダメって……やだよ、いやだ。あたし指輪もらったもん。お母さんまだでしょ。だったら黙っててよ、とってかないでよ、奪うなよお……」



 頭を抱えそのまま左右に振った。呼吸が速くなる。



「ほしいの、憲邇さんがいっぱいほしい。そうだ、わかった、お母さん前のお父さんひとり占めしたから、きっと憲邇さんもひとりじめする気なんだ。あたしたちのじゃいやだって言ってたし、そういうことなんだ」



「……そうよ」



 思い切った告白は、さらに娘の呼吸を加速させた。



「やだよ、はーっ、分けてよ、恋人のすること、あたしもしたいよ。あたしのじゃないけど、はーっ、あたしは憲邇さんのなんだよ。とったんだよっ、はーっぅ、お母さんがとったっ。とったのっ、とんないでよ、とるなよお……はーっ、はーっ、お、お母さんのじゃないだろお、指輪ないくせにいっ」



「まゆ? 大丈夫?」



「くんなっ! けほっ、けほ」



 息が荒い。荒すぎる。な、なにこれ。どうして今?



「け、憲邇さん、もっかいしよ? はーっぅ、はーっぅ、お口で、してたい」



「まゆ! やめなさい!」



「お母さんなんかに渡すもんか!」



 ……



「はー、はー、け、憲邇さんの、ものにもなってない人に横取りされたくない。はーっ、まだえ、えっちもしてない人なんか、あげないもん。どれいになる勇気もない人なんか、相手にされるもんか」



「……まゆ。ごめんね、落ち着いて話をしましょう?」



「やだっ。とったのっ。お母さんはあたしの全部とったんだからあ! なんだよっ、助けてくれたのこの人だけっ、愛してくれたのこの人だけだもんっ! しあわせだったのに、めちゃくちゃにしたのお母さんなんだよっ! お母さんがよかったねって、応援するよって言ってくれれば、お父さんもあんなことしなかったのにい! お父さんとって、憲邇さんいっぱいぶって、そのあと好き? 結婚して? ふざけんなっ! どこまでどこまでどこまで、あたしの大切なのとってけば気がすむのっ! お母さんが全部とったんだよ、好きだったお父さんも憲邇さんも全部っ! なにさ、みんなの前じゃいい子ぶって、二人っきりだとあたし無視して仲良しになってえ! ずるいよ、ひきょうだよ、そんなんされたら好きになるだろ、大人だからってずるいずるいずるい! そんであたしには子供だから諦めなさいって、いけないって言うんだ。えっちはしちゃダメ、大人まで我慢しなさい。お母さんはできるからそんなこと言うんだ。自分はできるからあたしにさせたくないんだ。お母さんだって、あたしにとられたくないんだっ。渡すもんか。憲邇さんはだれのでもないの。あたしたちみんなが、憲邇さんのなの。結婚できるもんか。しようとしたら絶対じゃましてやるうっ!」



 一息に話したいことをすべて話したまゆは、疲れて崩れ落ちた。それを彼が支え、ベッドに横たわらせる。彼の手を握り、少しずつ息を整えていく。



 今すぐ地震が起きてほしい。ここに隕石でも落ちてほしい。なにかどうしようもない理由でどこかへ消えてしまいたい。



 娘が言った私の罪に、押し潰されそう……



「泣いてもなにも解決しませんよ」



「っ、あ、あなたがそれ言う?」



「だから私などと共に暮らすのはいけません。あなたの娘が、こう思っています。すれ違いなら、誤解を解くべきです。泣くところではありません」



「……」



 すれ違いなんかじゃ、ない。ほとんど当たってる。とっている。助けても愛してもいない。無視をした。とられたくない。なにもかも娘にはお見通しで、自分の浅はかさ加減に震えが止まらない。



 父を奪い、彼を引き離し、彼を引き寄せている。娘から見ればそうとしか見えない。そしてそのとおりなんだから。



「そうですか。なら私が更に誤解させます」



「ちょっと、待って」



「まゆちゃん。お母さんはお父さんをとったりしていないよ。そんな風に見えてしまったのかもしれないけど、でも君を想っていたことに変わりはないんだ」



「……」



 またこの人は、免罪符を作る。



「……嘘だあ。いけないって言ったよ。きらいなんだよ」



「違うよ。いけないと言ったのは君を想っているからこそなんだ。私と関係を持ったことが誰か警察にでも知られると、君がたくさん傷付いてしまう。それを防ぐためにいけないと言ったんだ」



「つかないよ。憲邇さんいるもん」



「いや、そのときには私はいない。私は刑務所に入れられるからね」



「……でも、大丈夫」



「まゆちゃん」



 顔を近づける。「人の噂は恐ろしいんだ。本当に私と関係を持ったということが他人に知られたら、それこそ君の恐れているとおり、男の人は誰も彼も君を襲うよ。君が、一度経験しているからいいだろうと。好き好んでやるバカな女だと思って、まだ幼いことをいいことにもっとひどいことをする」



「……」



 娘の顔が蒼白になる。



「それから君を守るために、いけないと言ったんだ。君が好きだからだよ。愛しているんだ。絶対に」



「……じゃあ、じゃあとっていいの? お父さんとっていいの?」



「とっていないよ。嬉しくて二人きりでいたかっただけなんだ。君のことを忘れていた訳じゃない。もう少し時間が経っていれば気付いてまた気にかけてくれたよ」



 ……そう、かしら。あの男はそんなこと、気づきもしないと思う。



「お酒飲んでた。あたし話しかけても、二人でうわの空だったよ」



「ごめんね。これは言い訳だけど、大人はお酒を飲んで楽になりたいときがあるんだ。私もある。許してあげて欲しい」



「……じゃあ、憲邇さんとっていいの? とられたくないよ。終わりたくない」



「とっていないよ。結婚しようというのはね、まゆちゃんのことを想ってなんだ。私はああは言ったけど、私と彼女が結婚してしまえば君とはセックスはしなくなる。そうして周りから固めて無理矢理にでも止めようとしていたんだ。自分を犠牲にしてね。結婚したら、私に好き放題犯されても文句は言えないから」



 違う。今は犯されたいわ。あなたに、好き放題。



「結婚したら、セックス以外の触れ合いはできるんだ。それで我慢して欲しいと思った。とったわけじゃないよ」



「憲邇さん、お母さん好きでしょ?」



「そうだよ。でも、今のお母さんの好きは本当じゃないと、私は思う」



 本当よ。きっと風化しない、褪せないものだって。



「確かめるまで、絶対にとったりしない。大人だから」



「……しあわせ、とった。隠せばいいじゃん。なのにダメって」



「さっき言ったことだよ。隠し続けるのは無理だとお母さんは思ったんだ。やめたほうがいいってね」



「憲邇さんやりたいって」



「そう、私はやりたい。でもね、私はいいんだ。誰かに知られてもね。その覚悟はある。だけど君のことを無視しているんだよ。君がどうなるか、私は知らんぷりをしようとしていたんだ。捕まったらどうしようもないからね。お母さんはそれを知っていて、止めてくれてるんだ」



 嘘だ。そうなったら彼は絶対に自分をロリコンの変態にして、娘を守る気でいる。無理矢理やらされたと言いなさいと、娘が言ったのを覚えている。そして守れる程度の人材は持っているんだ。決して傷つける気はない。それはあのみゆちゃんにしても同じだと思う。



 だけど、彼は静かに首を振る。



「……不思議だな……やさしい嘘に聞こえないよ」



「本当だよ。ね、絵里さん」



「……ええ」



 少なくとも、私が優しい嘘をつかなければ。彼は嘘をついている気がないのだから。



 元々嘘は真実を織り交ぜると効果が高くなる。彼はそれを知っているのね。だからこんなに説得力がある。



「お母さん、あたしのこと、好き?」



「もちろん。大好きよ」



「憲邇さんより?」



 どうして子供は、こんなにも答えづらいことばかり訊いてくるのかしら。



 それでも、嘘をつくなら、最後まで。



「ええ。その人より好きよ」



「そっか……よかった……とっても、いいから、あたしにも残しといてよ。恋人でいさせて」



 せめて、そう、この子にだけは。



「ええ。いいわ」



「ありがと……我慢、するよ。できないかもしれないけど、ほかのえっちなことで我慢する。えへへ、憲邇さんぱんつ見たいでしょ?」



「うん、見たいな。太ももも見たい」



「えっちい。見たいだけじゃないくせに」



「まゆ、人前でやっちゃダメよ」



 ああ、嘘をつき続けるって、こんなに辛いことなのね。



「うん。大丈夫だよ。わかってる。……とってなかったんだ、よかったあ……」



 まゆはすうすうと寝息を立てた。彼がそっと掛け布団で覆ってあげる。



「私、今のが間違ってるってまゆが言っても、あなたが嘘ついたなんて言わないから」



「……」



「ほんとに、隠してやってたの?」



 娘の反応を見る限り、今日が初めてのように思える。



「ええ、もちろんです……」



 彼はなぜか、私の胸に飛び込んできた。思わず早鐘を打つ心臓。思わず抱きしめてしまう両腕。怒れなかった。私以外の女とセックスをする、それなのに。まゆ、だから。



 彼はただ、そこにぶつかってきただけだった。



「ど、どうしたの?」



「……このまま……」



 その後も彼はなにも言わず、ただそこにいるだけだった。彼の鼓動を感じて、胸の奥からせり上がってくる感情に気づく。これは、これは嘘なんかじゃ、落ち着いてないからじゃない。確かなもの。あやふやじゃない。後悔しない。



 気づいた。彼が無理矢理やるはずがない。まゆがなにか、彼を追い詰めるようにして迫ったのね。だから隠してやっていたと言う。こんなになるまで、また自分を悪者にして。ああ、そうだとわかったから彼を憎めないのね。



 もう、こんなのはやめてほしい。なにが一人でやれるよ。ふらふらじゃない。



 もっと、私に預けてよ。



 私の荷ばっかり、背負わないで。



 抱き合えない、抱いているだけの時間は、とても儚かった。



 



 



 



 



 泣かなくなったのはいつからだろう。



 ああそうだ。彼女の言うとおり、大切になど想っていなかったのだ。



 やりたくてたまらないと、思わなかったのがおかしいんだ。



 迫るべきだった。親を説き伏せる努力をするべきだった。



 ならば。



 あれだけかわいらしいことを言ってくれる相手を、手に入れたいと思う今なら。



 やるしかない。



 やるしか……



 ……



 柚香里(ゆかり)さんに会いたい。



 



 



 真崎(しんざき)奈々穂(ななほ)は養子だった。元々子宝に恵まれなかった家庭が不妊治療の末、代理母出産を外国でしてもらったのだそうだ。彼女が生まれた時期からするとかなり早めだが、確かに外国でなら可能だったことでもある。両親はやはり血の繋がりが欲しかったのだそうだ。



 兄がいたかどうかだが、実は彼女は確かに五歳頃まで別の家に預けられていたのだそうだ。本当の両親は、彼女が代理母のお腹の中にいるときに事故で亡くなってしまっていた。そして代理母が別の育て親を探し、五年の歳月を経て、今の家族──こちらも既にいないが──に引き取られた。その代理母のところに兄がいたかどうかは定かではない。なにしろもう十七年も昔の話だ。役員にここまで聞くのも苦労した。そうでなくとも、その辺りは普通に守秘だ、奈々穂ちゃんの事情を説明しなければ恐らく口を割ってもくれなかっただろう。一応の連絡先を教えてもらったが、やはり歳月が番号を封印していた。住所も調べたが更地だった。名前だけで調べるのは不可能に近い。その上、これはよくある名前だ。全国にごまんといるかも知れず、更に結婚していたのなら。



 ……仕方ない。彼女たちの力を借りよう。自分にも彼女たちのような特殊とも言える力があればと、このときばかりは考えてしまった。



 もちろん。母が嘘をついている可能性もある。五年という歳月、そして外国にいたという事実。



 だが母の言うことを疑いたくもない。確かに外国を飛び回る母が急に赤ん坊を連れてきたときは驚いた。しばらくこちらにいると言ったときも。その頃には私も姉と二人だけの生活に慣れており、急に現れた年下の子供に喜んでいたものだ。



 ……ん? そうか、奈々穂ちゃんは私の姉のことを覚えていない……いや、違う。私が十歳のときにやって来、姉がいなくなったのが十二のときだ。覚えているはずがない。もし妹だったとしたならだが。



 母は優しかった。預かっているだけの子供に大きな愛情を注いでいた。それが、それが自分の娘だったからのものである……わからない。帰ってきてからなら、確かめられると思う。



 優しい、母。だが……



「やっぱりおっきぃなぁ……のりたいなぁ」



 象に乗れる動物園、はあるにはあるがかなり遠い。時間がないから近場の動物園で我慢してもらおうと思ったのだが、それでも不満そうだった。



「お姉ちゃん、そんなモンク言っちゃダメだよ」



「ぶーぶー」



 頬を膨らませる奈々穂ちゃんのほうからみんなで行きたいと言ったのだが、生憎と本日は平日、時間も少なめになってしまい、ならと施設の子供たちを数人誘ったのだ。……今のうちに目通ししておくといいかもしれないと、打算しなかったといえば嘘になる。



 今度は水村(みずむら)さんでなく、奈々穂ちゃんを追い出すべきだと、五十川(いそがわ)も言ってきたのだから。



 比較的簡単に、子供たちは彼女が幼い心を持っていると受け入れてくれた。それは彼女たちが力を持っていることと無関係ではないだろう。



「のせろー、のせろー」



「ます、憲邇さんに言ってもしょうがないでしょ」



「しょうがないなぁ、乗せてあげる。ただし、私の肩にね」



「えっ」



 するするっと肩車をする。軽い、な。本当に軽い。よく食べているのに全然太らない体質のようだった。



「わっ、わっ、わぁ……たかーい!」



「いいなぁ、お姉ちゃん……」



 そっと彼女たちに目配せをした。



「どうかな、機嫌直してくれた?」



「うん! しょうがないな、これでゆるしたげる。あはは、ぞうさんちっちゃーい」



 声に答えるかのように一頭、鼻を持ち上げてくれた。おおーと大げさに驚いた彼女が仰け反るので危うくバランスを崩しそうになる。さすがに大きい。これは難しいぞ。



「うふふ……ね、せんせぇ、このままどうぶつえんまわってくれる?」



「残念、これは象さん限りなんだ」



「ちぇっ。じゃあ、かわりばんこでいいから、ななほとてぇつなご? ほかの子ともしていいから」



「わかったよ」



 すとんと彼女を下ろす。「やっぱりおっきかったんだなぁ」と感嘆する彼女に対してこっそり、次はベッキーを肩車した。



「わぁ……」



「ベッキー、頭持ちなさい。危ないよ」



 着物の女の子を肩車するのは久しぶりだ。うっかり落としてしまわないよう気を付けないと。幼い頃から着物姿でいたベッキーにはその頃頻繁にしていたからいいものの、最近はそうでもなく少し怖い。



「はい……すごい……高い……」



 ベッキー、レベッカは最近塞ぎがちだったが、無理矢理にでも連れ出してよかった。上を見上げれば、微笑んだグリーンの瞳を見られるのだから。



 彼女たちの多くは瞳の色が違う。なのでハーフということにして、日本人の姓と名と、もう一つ外国の名前をつけている。名もわからない子が多いのだ。そう見えるのなら、それに相応しい名がいいだろうと、そちらのほうが親しみやすいだろうと思っていた。実際そのとおりだった。



「せんせぇ、つぎ……あーっ! もう、目のまえでうわきするなんてひどい人なのね。うふふ。しょうがないなぁ、きょうだけだよ?」



「う、浮気じゃないです。大体、あなた一人のじゃないんですからっ」



「そうだよ。今日はみんなで遊びに来てるんだ」



「えへへ。ごめんなさい。いってみたかったの」



 またか。頼むから、あの時間帯にテレビを見るのはやめてくれ。



「じゃあこのまま次を見ようか。次はどこ行く?」



「あー! せんせぇひどいんだ、ふん、おぼえてなさい」



 しかし、とりあえず全員にしなければ。猿、カバ、孔雀と、その辺りで全員が終わり、いったん小休止する。私が飲み物でも買ってくると言ったのに、全員が一緒に行くと言って聞かないので頼むから待っててとなだめすかすしかなかった。



 売店でそれぞれの好きなもの頼む。向こうでは彼女たちが、先ほどまでのいがみ合いはどこへやら、仲良くお喋りをしていた。いいものだな……



「お客様? どうかなされましたか?」



「あ、いえ。なんでもありません。ありがとうございます」



 両手いっぱいにジュースを抱え彼女たちの元へ戻っていく。手に手にそれを受け取り、笑顔でお礼を言ってくれる彼女たちにこちらも笑顔になってしまう。



 みんな笑顔になれた。それはとても、とてもいいことだ。



「せーんせぇっ」



 柔らかいものが頬に触れた。「えへへ、おぼえてなさいっていったでしょ? きょうはありがとねっ。うれしかったぁ」



「……そんなことないよ。私も嬉しかった」



 本当に。──したくなるほど。



 ああ、みんながじっと恨めしそうに奈々穂ちゃんを見つめてる。……やはり、なのか。パティだけじゃない、全員……こんな私の、どこがいいんだ。



「あれ、みんなしてくれないの?」



「えっ、い、いいんですか?」



「いいんですか? なんでそんなこというの? したかったらみんなしようよ。みんなのせんせぇなんだから」



「……」



 目を瞑ると、恐る恐る近付いてくる彼女たちの気配がわかる。一人ずつ、みんな順に頬にしていった。開けると、もじもじと嬉しそうに恥じらう、少女たちがいた。



 それを跳ね除けて、五歳の女の子が抱きついてくる。



「せんせぇ、だーいすきっ!」



「私も好きだよ。もちろん、みんなのこともね」



 強引に子供たちを抱き込んだ。そうだ。ベッキーたちはまだ幼い。こうやって誰かに甘えることができなかったらいけないんだよ。なにかをするのに許可が要るなんて、そんなのを考えるにはまだ早い。もっと子供らしくていいんじゃないかな。



 時間いっぱい、できるだけ多く見て回って。それでも子供たちは疲れを知らず、飛び回り続けていた。帰りの車の中で熟睡する彼女たちを見ていると心が和む。今日連れてきてよかったと、思えるのだった。



 施設にベッキーたちを送り届け、とんぼ返りで病院へ向かう。そのときに目が覚めてしまったので、今のうちに聞いておこう。



「ねぇ奈々穂ちゃん。あの子たちと一緒のお家で暮らしたいと思う?」



「え? うん、いいよ。せんせぇのおうちでもいいし、そっちでもいい」



「そっか。よかった。もしかしたらあのお家に住むかもしれないんだ。考えといてね」



「うん。せんせぇ、ちゃんとななほにあいにこなきゃダメだよ?」



「わかってる」



 またすぐに、眠りについた。



 病室まで運んでいき、ベッドの上に寝かせると起きてしまう。「ごめん、起こした?」



「……せんせぇ、いっしょいて? いっしょ、ねてよ」



「……」



 私は、誘われるままに、どうしてかそのまま、彼女の横たわるベッドに入っていった。



「わぁ……えへへ、おやすみなさい、せん」



 ダメだった。衝動が抑えきれず、欲するままに唇を奪い、そのまま舌でこじ開けた。



「ひゃっ……な、なにするの?」



 構わずもう一度舌を入れ、硬直する彼女を抱き寄せた。柔らかい体、焼けそうになる。



 ずっと目を開けて。同じく目を開けたままキスを受ける彼女を見つめていた。戸惑い、でも途中で少し、自分から舌を動かし絡め合ってくれる。背中に手を回され、弱い力で抱きしめ返してきた。



「……はぁ……せんせぇ、どうしたの?」



「抱かせて。えっちなことしよう」



「え、いいの? してくれるの? ななほ、まだごさいだよ?」



「嫌? 私は奈々穂も抱きたい」



 かすかに、体が跳ねて。もぞもぞと脚を絡めてもきた。



「も、もっかいいって」



「奈々穂を抱きたい」



「はぅ……い、いいよ。だいてください」



 まるでみゆのように見える。潤んだ瞳、幼さは似通うものなのだろうか。



 なにかが切れたのだろう。私は彼女を求めて止まなかった。声を出せないようずっと口を塞ぎ、下着の中に手を入れ胸を乱暴に揉みしだいていく。シーツにもぐり着ているものを上に上げ、声を今度は無視して双丘に顔を埋めた。柔らかく弾力があるものを舐めると、飛び上がるように体が跳ねつき、高い嬌声を上げる。



「黙ってなさい」



「んぅ……む、むりだよぅ。へ、へんなこえ、でちゃう……あっ」



 仕方ない。この際気にしないで存分に愉しもう。



「奈々穂は意外と大きいんだね。着やせするんだ」



「ななほ、おかしいよねぇ? ごさいなのに、おっぱいこんなにあって……まゆおねえちゃんも、みゆおねえちゃんもなかったのに……」



「そんなの気にしなくていいよ。……どんな感じがする?」



「くすぐったぁい、んっ」



 くすくすと彼女は笑う。本当の彼女も経験がなかったのだろうか。一度でもあれば、少しは違っているだろうに。



 多分、彼女によさを感じてもらうことはできないだろうから。せめてなるべく痛くないようにしよう。



 丸くて白とピンクでできた二つを充分に味わった後、スカートをめくり上げて次はあそこを露にした。



「なめちゃ、やだからね」



 ぐっと嗜虐心をそそられた。我慢できない。私は顔をそこに近づけ、恥丘に埋めていった。



「やっ、あっ……」



 当然だが生えている。その林に顔をうずめるのは久しぶりだった。薄暗いそこを舐めて、くすぐっていく。



「やああっ……」



 彼女は顔を覆っていた。初めての感覚に戸惑っているのだろうか。続ける。液が溢れてくるまで……舐めて、ぴちゃぴちゃと音が漏れる。その度に、彼女はかすかに体をくねらせる。蠢く秘部に鼓動が高鳴っていった。



「……はっ……はっ……」



「ここ、どう?」



 小さな突起をつまんでみる。



「やっ! ダメ、ダメなの、大きいこえでちゃうから、そこはいじっちゃダメッ」



「そっか。ごめん、無理矢理色々やっちゃって」



 初めてにするにしては少し強引に過ぎる。この子の声が私を獣に変えていく気がした。



「う、ううん、いいよ。さっきのとこいじんなかったらぜんぜんへえき。いやなときはね、ちゃんとめっ、てたたくから」



「また舐めてもいい?」



「……う、うん。あんまり、おとださないでね……はっ、ぅ……や、ぁ……」



 奈々穂ちゃんはぎゅっとシーツを掴んでいた。瞳に、涙が浮かんでいる。私はいったん顔を離し、その雫を掬い取った。息切れが、響いていく。



 赤く白い頬は、愛しさを増大させるだけだった。



「な、ななほ、はっ、あせくさく、ない?」



「甘ったるくて私の好きな匂いがする」



「はぅぅ……」



 いやいやと首を振る様さえ、とても。



 口をしっかりと拭いて、自分のものを取り出す。



「挿れるよ。力抜いて……痛かったら、言ってね」



「うん……」



 身体はやはり十代後半のそれだった。少しきついが、それでもちゃんと入っていく。みゆとは違う。当然だが。



 痛そうに、思い切り目を瞑る。透明なものが滲み、でも声を上げず、我慢して体中で抱きついてきた。



 ぶちっと、音がして……血が流れていった。……この子も……



「あっ、け、けがしちゃった……っ、ど、どうしよ……」



「違うよ。これは怪我じゃない。安心して。大丈夫だから……痛く、ない?」



「ちょっと、じんじんするだ、け……うごかすんでしょ? ななほ、だいじょうぶだから……せんせぇ、きもちよくなっ、てね。ななほは、じゅうぶん、しあわせだから」



「……」



 ああ、なんてかわいい台詞を……自分がいきり立つのがわかる。そっと顔に、口に、首に、胸に、肩にキスをして……少しずつ、動かしていった。その度に彼女は顔をしかめる。でも、なんでもないようにそれに耐えていた。



「……んっ……んっ……あっ、いた、あっ……あぁっ……」



 嬌声が漏れる。首を振る。キスに揺れる。ぎゅっとしがみついてくる。……締めつけてくる。全力で受け止めようとしてくれる彼女に、私はとても……



「痛いって言いなさい。我慢しないで」



「いた、っくない、もん。ぇっく、ななほ、いたいけど、いたい、のに、うれしいもん。あっ、これね、しあわせなんだよ、あったかくて、くちゃくちゃって、しあわ、あぅっ」



 これ以上聞いていられない。聞けば聞くほど、激しくしてしまいそうだ。無理矢理唇を再度塞ぎ、胸を変形させ腰を動かした。体格も少し小さい奈々穂、奥まで到達し、そのたびに脚が強く絡まってくる。



「……せんせぇ……せん……せぇ……せんせぇ……すきぃ……すきぃ……」



「私も、大好きだよ、奈々穂」



 かすかな喘ぎ声が、ぬめる音が、息遣いが……静かな病室に流れていった。足音が扉の外で響いても、気付かないくらいに私は酔っていた。もう、射精しそうなほどに。



「……せんせぇ……愛してる……あたしもう、できるから……できちゃったら、産ませて……赤ちゃん、ほしいから……」



「? あたし……!」



 まさか、元に戻った? 元の十七歳に?



「せんせぇ?」



 いや、呼び方は変わっていない。勘違いか? だが、もうできると、それは確実に子供のことだろう? つまり……



「産んじゃ、ダメですか?」



「奈々穂、君は今何歳だ?」



「え? 十七ですけど」



「!」



 戻った。戻っている! この解離は、戻るのか! これで治療は一段階進……



 本当に? やったのか? これで、これで彼女は辛い現実を見ることになるのに? 異常でなくなるのが、本当に彼女のためになるのか? 夢を見ていたほうがいいのではないのか?



 いや。それを決めるのは私ではない。



「……せんせぇ、子供は、いや?」



「……いいや。嫌ではないよ。ごめんね、最初から避妊しておけばよかった。もしできたら、責任は取るよ」



「ありがと。せんせぇの赤ちゃんだったら、あたし産めるから……続き、してください」



「……」



 私は運動を再開した。戻った奈々穂ちゃんは、変わらず喘ぎ声を漏らし……とても、嬉しそうだった。



 それが、せめてもの。



「……射精()すよ」



「あっ、うんっ……」



 欲望のままに、なにも考えずに射精を、彼女の膣内で行った。彼女はまた涙で滲み、それでも私に微笑みかけてくる。



 加虐心が、むくむくと持ち上がる。



「ねぇ奈々穂。これ言ってくれる……」



 そっと、耳元で囁いた。彼女は最初驚いていたが、仕方ないという風に口を曲げて、咳払いをしてからちゃんと言った。



「……えへへ。恥ずかしいな……な、奈々穂のおま○こ、せんせぇの精子でびゅくびゅくのどろどろです……初めてがせんせぇでとっても幸せなの……また、えっちしてください」



「……よく言えました。偉いよ」



 言ってないことまで自分から言ってくれた。そっと、キスをした。



「もう、せんせぇのえっち」



「失望する?」



「ううん。男の人はえっちだから。……それにせんせぇは初めてのあたしに、やさしくしてくれたし……全然、痛くなかったよ? すごく……幸せだった」



「……ありがとう」



 君がそう言ってくれるだけで、少なくとも私は救われる気がするよ。その笑顔だけで、なにもかも。我慢できなくてごめんね。



「これで、あたしも恋人の仲間入りですね? せんせぇ、一体どれだけ恋人いるんですか?」



「……君の他には、六人」



「うわぁ……すごぉい……ハーレムですね」



 私は乾いた笑いをするのだった。



「一日一人相手したら一週間終わっちゃいます。あっちのほう、強いんだ」



「そんなに強くないよ。毎日悲鳴を上げてる」



 実際彼女たちは満足していないと思う。もっと相手をしてあげないと。



「せんせぇがたくさんいればいいのにね」



「あはは。そうだね」



「ふふ。そんなわけないけど。せんせぇみたいな人、滅多にいないと思う。……身寄りがなくなったあたしを、あんなにも親身になってくれてるんだから……しかも、普通ご法度なのに、抱いてくれて……あたし、ほんとにうれしい……ごめんなさい。これがバレたら、せんせぇ大変でしょ?」



「そんなことは気にしなくていいんだよ。私は元々藪医者だからね。そういうことをしても平気なんだ」



「……嘘つき」



 彼女は面白そうに笑う。そして、しっかりと抱きしめてきた。



「ありがと……せんせぇ、ほんとに、すき……」



「私も、好きだよ」



 そのまましばし、抱き合った。



 目を閉じた彼女は、とても美しく思えた。



 奈々穂が寝てからの後始末にてんてこまいになり、仕方なく(いずみ)と広子の手を借りてしまったのは、いい思い出となった。



 



 



 



 



「ふんふふんふーん♪」



 ななほはあおーいそらをみあげながらはなうたをうたっています。はやくこないかなぁ。はやくあえないかなぁ。



「せーんせぇだいすきっ、だーいすきっ えへへ……」



 ななほはごさいで大人のこいびとになったのです。おっぱいもあって、えっちもできるから、じゅうぶん大人なのです。



「はやくでーとしたいなぁ……すなはまをおっかけっことか、おなじじゅーすをふたりでのむの。うふふ……」



 そうして、ときどきあってくれるだけで、ななほはちゃんとおきられる。



 だれもいなくなったいまでも、まだ。



 あおーいそらには、きぼうしかみえていないようなきがした。



 あそこがちょっとじんじんいたい。でもこれが、しあわせのあかしだから。



 はやくお母さんたちにおしえなきゃ。ふふふ。



 



 



 



 



 またここに、戻ってきた。わたしの部屋。……ほこりっぽい。掃除、しなきゃ。終わったら、憲先生の似顔絵、飾ろう。



 憲先生。そう呼んだことに、まだ気づいてないみたい。ほっとする。やめなくちゃ。自分だけがほしくて、自分だけの呼び方がほしくて誰も呼ばないようなのを作っちゃった。ニックネームのセンスがない。けど、ほかに呼びようないから。呼んじゃダメ。もし、もしも恋人になれたなら。そう呼ばせてほしい。



 一通り掃除が終わると、お母さんとお父さんがなにかを持ってきた。



「これ、学校の教材。また行くんだろ?」



「……」



 軽く、頷く。



「よかったー。フミちゃんもようやくまともになるのねー。そうだ、今日外食だから、寿司でも行こ?」



 また、頷いておく。



「よし。俺も今日稼いできたからな。目いっぱい食うか」



「じゃあ、準備できたら言ってね? おめかししないでいいわよ」



 もう一回、して。扉が閉まるのを待った。



 外、外……不安で胸が詰まりそうになって、慌てて似顔絵を探した。柔らかく、微笑んでるの。大丈夫。変わらなきゃ。きっとできる。……そっと、それをまた抱き込んだ。



 まだ、両親どちらとも話せない。今日帰ってきたばっかりで、急になんて無理。両方ともが迎えに来て、どっちも上機嫌だったけど、でも、話せなかった。



 お父さんもお母さんも日給をもらってくるお仕事みたいで、今日は稼げた、今日は少なかったと、昔から言ってくる。なにをしているのか、聞いたことないけど。今日はしきりに、稼いだ稼いだって言ってた。多分歩合制だと思うけど、今日はうまくいったんだ。よかった。少ない日に帰ってきて、不機嫌だったらどうしようって思ってたから。



 外出、おめかし……わたしは入院してもなんら成長してはおらず、たんすにしまってあったお洋服をすんなりと着ることができた。むしろ緩い、くらいかもしれない。やせたのかな。



 暑い、し不審に思われるかもしれないけど、長袖じゃないといけない。お小遣いもなく、自分でお洋服も買ったことがないわたしに長袖は多いとは言えなかった。お小遣い、学校行って、真面目にしてたらくれないかな。ちょっとでいい。一着、憲先生の前に出てもいいお洋服があれば、それで。



 なんとか白いパーカーを見つけて、暑いけどそれを着た。スカートが多くて助かった。また白い、長いのを履く。



 鏡に……小さなわたしがいた。服よりも白く見える肌。色素が薄すぎる。病気じゃないのが不思議なくらいだった。



 髪が長すぎる。それは美容院に行くのも怖くなったからだった。どうしたいかを、必ず聞かれる。それに答えるのが億劫で、行けなかった。



 こんな、こんなわたしを、ダメなわたしを、女の子ですらない、わたしを……憲先生は気に入ってくれるのかな。今のままじゃ、絶対無理だよね。占いだと、いいみたいだったけど。



「できた? じゃあ行きましょう。お母さんたちね、フミちゃんが帰ってくるの楽しみにしてたんだから」



 ……一度もお見舞いに来なかったのに。お見舞い、誰も……ううん、そんなこと考えちゃダメ。お父さんもお母さんも忙しいんだから、そんな暇なんてなかったの。



 わたしはまだマシなほう。あの人、奈々穂さんはもっとひどい。帰る家がもう、ないんだから。



 まともになるのね。その言葉が、ちくりと棘のように胸に刺さっていく気がして、痛かった。



 



 



「ほらほら、フミちゃんもなんでもほしいの頼みなさいな」



「そうだぞ。黙ってちゃうまいもん食えやしない」



「……」



 回転寿司は初めてだったけど、好きになれそうには、なかった。ただ回ってくるお寿司を、とって食べるだけ。乾いてても、それしか食べられない。



 注文なんてできないよ。怖いもの。口が、動かない。帰ってから一言も話してないのに、やっぱり両親は気づいてくれなかった。ううん、気づいてっていうのがおかしいの。言えないわたしが悪いんだから、甘えちゃダメ。



 でも、やっぱり両親はなにも変わっていなかった。話しなさい、話しなさいの繰り返し。退院したから、話せるようになったって思ってる。わたしも話せるようになってたのにどうしてか、両親には話せなかった。



 二皿でお腹いっぱいになった。お父さんとお母さんはやけに楽しそうにたくさん注文をしていく。わたしはじっと、ちびちびお茶を飲んで間をつないでいった。



 楽しそうに、お酒を飲んで。楽しそうに、舌鼓を打って。おいしかったと聞いてくるお母さんに、また少し、頷くしかなかった。



 どうしてわたしは、あんな風に普通にすら、なれないんだろう。



 家に帰ると真っ先に似顔絵を並べた。たくさんのあの人の肖像。……ほんとは、傍にいてほしい。同じ家で暮らして、同じお布団で寝たい。あの尾方(おがた)絵里さんのようになりたい。お弁当だって、作って、あげ……練習しよう。お母さん、そういうのしても、怒らないかな──あ、あれ、なんで家族なのに、そんなこと考えるんだろ。おか、おかしいよね。



「フミちゃん、学校、ちゃんと行きなさいよ」



 扉の向こうの母親の声に、恐怖してる。



 行けなかったら、また叱られる。



 まともになれなかったら、また病院送り。



 ……震えながら、心の奥であの人の名前を叫んで、ただうずくまった。



 



 



 勉強は難しかった。ただでさえ頭の悪いわたし。ついてくどころか、まず基本から学ばなくちゃいけなかった。



 二年に入って突然のわたしの復学。先生の説明は単に病気で入院してたとそれだけ。席についても、知らない顔ばかり。一年の頃に同じクラスだった人がいたかもしれないのに、覚えてなかった。



 授業中は楽だった。静かで、ただ先生の声に集中していればいいだけ。でも、休み時間は怖い。みんなてんでに仲良しグループとお話してる。その声が楽しそうでうらやましかったけど、わたしを見るとは気まずそうに目を逸らしてくる。わたしも慌てて逸らして、合わせないようにした。そうか、夏服じゃないからおかしいのかも。でも半袖なんて着れない。手袋だって、外せない。



 グループ活動が、あった。理科の実験はグループを作ってやるみたい。しかも、好きな人でいいからだなんて、先生はわたしに説明した。……どうしようもなかった。誰かに、混ぜてなんて言えるはずない。不審がってる先生を無視して、わたしはじっと俯くしかできなかった。時間が経ち、仕方なく先生が一人足りないグループに混ぜてやりなさいって言って、そこに落ち着いた。肩がすごく、狭い。



 またどうしようもない想像をしてしまう。三年になったら修学旅行がある。それもグループ行動。特に遊園地では誰と遊んでもいいなんて、言われた。……あと一年、あるけど。その間に誰か一人でも友達ができるかどうか。怖かった。



 一人読書してる人を見つけた。その人しか見るものがなくて、その人をずっと見てた。本に夢中でわたしのことなんて気にかけてない。見つめててもこっち見ないから、ほっとした。



 一日が終わって。帰宅するとまだ両親は帰ってないみたいだった。働く時間も不定期。早いときも遅いときもある。どこかほっとして、自室でため息をついた。



 まだ、マシかな。自傷しようなんて思わない。まだ耐えられる。大丈夫、わたしはやっていける……



 血が一滴、腕を伝って流れていってた。……あれ。わたし、なにしてるんだろ。



「……」



 また、ぐちゃぐちゃになった右腕に、もう一つ傷がついた。呆然として、だらんと腕を垂らして、そのままにしておいた。



 最悪、だ……やっぱり、憲先生に内緒で学校行こうだなんて、無理だったの。もっとよく相談しとけばよかった。なにしてるんだろう。また同じこと、どうして……



 インターホンが鳴った。出たく、ない。でも、出なきゃ。今わたししかいない。ティッシュで拭いて、長袖を下ろして、手袋、それから玄関に出た。



「ごきげんよう、詩音(ふみね)さん」



 花雪(かゆき)さん、だった。「先日退院したと聞きまして、びっくりしましたの。こちらを聞くのに苦労しましたわ。上がってもよろしくて?」



「……」



 頷く。ああ、どうして、また話せなくなってる。優雅に靴を脱ぐ綺麗な同級生にも、どうして。



 自分の部屋に通した。言いたい、どうすればいいか聞きたい、のに口が、動かない。仕方なくまた紙を取って、筆談を始めた。



「まあ、学校に? 早くありません?」



『早く、あの人と付き合える、普通になりたくて』



「まあ……無理はいけませんわ。また私とも話せなくなるのでは、行く必要などありませんの」



『でも、お母さんは行きなさいって』



「詩音さん。お母さまの言うことがすべてではありませんのよ。深町(ふかまち)さまは行ったほうがいいと仰いましたの?」



 言っていない。むしろ、早まる必要なんてないって言ってくれてた。



「詩音さん。ここで不登校になるより、ちゃんと行けないとご両親に言ったほうがいいと思いますわ。そうすればご両親のほうからきちんと先生方に説明してくださいます」



「……」



 言えない。またかって、怒られるに決まってる。甘えるなって、怒鳴られそう。



「わかりました。私のほうから進言させていただきます。お帰りを待たせていただきますけど、よろしいですわよね?」



 ありがとう、その一言も、言えなかった。



 彼女がどこかへ連絡を、多分自宅へ連絡してるときに二人とも帰ってきた。花雪さんがやってきて、ずんずん玄関に向かう。



「あら、お客さん?」



「こんばんは、お邪魔いたしております。私、詩音さんのお友達の花雪と申しますの」



 お嬢さま言葉と挨拶に二人とも面食らっているようだった。



「差し出がましいようですけど、詩音さんはまだリハビリの途中ですの。今すぐ学校へ通わせるのは酷ですわ」



「なに言ってんだ、治ったから退院したんだろ?」



「……お父さま、失礼ですけど、主治医のお話は聞きまして?」



「さあ。なんか言ってたか?」



「まだ少し注意がいるとか、そういうのは聞いたけど。そういや、ろくろく聞いてないかもね」



 激昂してくれた。「それでも親ですの! 治療の段階が進んだに過ぎませんわ。まだ学校なんて早すぎますの。少しずつ少しずつ、慣らしていかなければなりませんのよ」



「なに言ってんだ、ちゃんと学校行ったんだろ? 問題ないじゃないか」



「そうよ。あたしたちだって困るの。子供がずっと家にいるなんてね。監督不行き届きって思われちゃう。行けたんだから、子供が余計な口挟まないでほしいわ」



「……」



 や、やっぱり迷惑なんだ。まともにならなきゃいけないんだ。どう、どうしよう。行かなきゃ、やらなきゃ、普通にならなきゃ、また怒られる。あやま、謝んなきゃ。紙、紙ないの?



「……なんてひどい。なにもわかっておりませんのね。私の父親と同じですわ。あなた方は、破壊するものです。行きましょう詩音さん、こんなところにいる必要ありませんわ。私の家で暮らしましょう」



「おいおい、なに言ってるんだ、うちの子は普通だよ。うちだって普通だ。君も家に帰りなさい」



「……っ……こんな、これでは詩音さんがこうなるのも無理ありませんわ。ひどい、あなた方が原因じゃありませんの!」



「なんだと! お前黙って聞いてりゃ調子ん乗りやがって。あたしは真っ当に生きて、真っ当に育ててきたんだよ。こんな風になったのはこいつが原因だろ!」



「……」



 ついさっきつけた傷がうずいた。引っかきたい。もっと大きくしたい。別の傷をつけたい。憲先生、憲先生、憲先生……!



「信じられませんわっ、そのようなこと、娘の目の前でっ。もういいです、行きましょう、詩音さん」



 そのまま、意外と強い力で引っぱられてくのに流されてた。泣き、たい。でも泣けない、泣くと怒られる。もうそれはやだ。怖いのやだ。叩かれるのやだ。きらわれるのやだ。大きな声やだ。



「ふざけんな、こいつはうちの子だ」



「……こいつだなどと……まだですの。ヒーローは遅れてなんてこないほうがいいのに」



「? なに言ってんだ、手を離せ」



「あなた方は主治医に説明しましたの? 家庭の事情を、プライベートだと黙ったのではなくて? だから治療が進まなかったのです。あの人だって悩んで、慎重にならざるを得なかったのですよ? それで大きな傷をまた、あなた方のせいですわ!」



「黙れ小娘が! あたしの半分も生きてないお前になにがわかる? 子供を育てたこともないお前にとやかく言われたくないね。さあ、帰れ」



 急に憲先生が現れた。うあ、これ、幻だ……あんまりにも見たいからって、幻見えてるんだ。手を、引っぱられる。うわぁ……憲先生、このままどこか連れてってください。どこでもいいです。どこか遠くへ、連れてってください。



 家族の家(ここ)はもう、怖いんです。



「先生? なにしてるんですか、ちょっと!」



 車に乗った。不思議だった。幻なのに妙に手が熱い。花雪さんもいる。そっと、右手に先生の両手が重なる。



「ごめん。気付かなくて。無理矢理にでも、話を聞いておくべきだった」



 声が、凛と、頭に響く。あ、あれ。これ、本物なのかな。



「先生! どういうつもりです、こんなことをして、しかるべき手段を取りますよ?」



「やってくださいどうぞご勝手に! 私はこの子の医者だ、この子に必要だと思ったなら素人の意見など参考程度にしか聞かないのでね」



 車が走ってく。やっぱり、現実みたい……怒った顔、好き。患者のためだけど、間接的にわたしのために怒ってくれた。うれしい、うれしいよ……ああ、泣いちゃった。怒られないかな。大丈夫かな。



「ごめん。話をつけておくべきだった」



「聞こえましたの?」



「ああ、車を降りるときにね。この子のせいだと言ったところからかな。あまりの衝撃にしばらく、動けなくて。ごめんね」



 ふるふるって、首が動く。いいんです、間違ってないから。今も、こんな、あなたに守ってもらえる価値なんて、



「詩音ちゃん」



 びくっとする、甘い声。「いつまでも言うよ。決して、絶対に、君のせいではない。今のではっきりしたくらいだ。やはり原因の大半は家族にある」



「ええ、私も確信しましたわ。なにもわかってない、どころか、わかろうともしてませんでしたの」



「ああ、後でじっくり話を聞いておくよ。とにかく、今は休もう。詩音ちゃんを休ませなきゃね」



『病院はもう、いやです』



 そう、自分の要求だけ、わがままだけを先に紙に書いた。ほかに書くべきこと、感謝の言葉より先に。



『ごめんなさい。ありがとう』



「……私こそ、ありがとう。君が頑張ったのはすごくよくわかるよ。それだけにすまない。今日は私の家に泊まってくといい。それとも、花雪ちゃんのところがいいかな?」



「いけませんわ深町さま、こういうときは少し強引にでも、自分の宅へ誘うべきですの」



 かすかに、賛同の頷きをした。また大好きな人は、それを見てくれてる。



「わかった。うちへ泊まってきなさい。少し賑やかかもしれないけど、あそこよりは絶対にマシだ」



 あそこ……思い出して、空寒くなる。あそこに、いつか帰らなきゃいけない。いつかはあそこで暮らさなきゃ。ああ、寒い。本当に寒くなってきた。なにもかも怖い、怖いよ……



 そっと左手が、わたしに重なる。



「大丈夫、安心して。絶対に説得してみせる。今のままではおかないよ。君を」



 救ってみせる。



 言葉と、行動と。なにもかも兼ね備えたこの人に、ただただ、ありがとうの言葉が漏れていた。



 大好き、大好き、大好き、大好きです、大好きなんです、好きでごめんなさい、でも好きなんです、好きなんです……



 



 



「お帰りなさい、あなたぁっ」



 玄関を開けるとすぐ尾方さんが飛びついて抱きついた。「早かったのね、どうしたの? 私に会いたかった?」



「違うよ。また出て行かなきゃいけない。あの、離れて」



「やあだ、この前はあなたから抱きついてくれたのに」



 ぴくっと、憲先生が反応した。ぐいっと、肩を押して。いいからって奥へ押しやった。



「上がって。こんなうるさい人はいるけど、気にしないで」



「あら、水村さんじゃない。こんばんは……あ、ごめん、ね。はしゃいでる場合じゃないのね。上がって? ゆっくりしてくといいわ」



「……」



 この二人が夫婦なのなら。いっそ子供にしてもらえればどれだけ楽か。こんなバカな想いも、抱かずにすんだのに。こんな人がお父さんなら、こんな人がお母さんなら。自傷(こんなこと)もしなかったかもしれない。ああ、やっぱりわたしが悪いんだ。



 憲先生の家には女の人がたくさん住んでる、みたい。よくわからないふりふりの格好をした、若くて綺麗な人がいる。それともう一人尾方さんの娘だっていう子供。遊びに来てるだけだって言うけど、ほかにも数人。この前見た大口(おおぐち)さんもいた。



 案内されたお部屋は、その中のみゆという少女が使っているところみたいだった。……小さな、女の子。でもどこか、親近感が沸いてくる。あ。そうだ。いつか、病院をこっそり抜け出した日に、会った子だ。



「あ、あの、大丈夫です、憲邇さ、憲邇さんのおうちにいれば、すぐよくなります」



「……」



 頷いて、じっと丸まっていた。



 この部屋からも、あの人の匂いがする。落ち着く匂いに目を閉じて、弾けそうな気持ちを抑えていった。



 



 



 



 



 自分を失格だと責めるのは後回しだ。今できることをやるべき。



 再度訪れた水村宅は玄関が開け放たれていた。一応来訪を教えておく。すぐにうるさく廊下を鳴らして、母親がやってきた。



「……なんのご用かしら。悪いけどもう通報させてもらいました、遅いわよ」



「話があります。私は聞かせていただく義務がある」



「こっちにはありません。医者だと思って任せてたらろくなことになりゃしないのね」



 沸点というものがある。自分は高いほうだと、思っていた。だがどうやら間違いみたいだ。力の限り壁を叩き、怒りを露にする。



「わかりました、先にこっちの話を聞いてください。その後にお話を伺います」



「な、なによ、脅しのつもり?」



 もう、ダメだ。



「お前は娘があれだけ怯えていたのに気付かなかったのか!」



 今のお前よりよっぽど!



「真っ当に生きてきて、真っ当に育てた? そんなもん当たり前の話なんだよ。それで娘が傷付いたときに、その理由を娘にだけ求めるのか? どうして自分たちが間違えたと思わない! 人間は誰もが特別だ。お前らの言う『真っ当』が苦しい子供がいる。なぜ個々を見ない! 他人の家庭と同列なら安心なのか? そんなのおかしいだろう!」



「う、うちの事情です! あんたに口出されたくない!」



「ふざけるな!」



 胸倉を持ち上げる。なんて、なんて無駄に重い。



「もう彼女は私の患者だ。私は口を出す権利と責任がある。義務もだ。はっきり私が診断を下してやる。彼女があの病に陥ったのは、お前らの教育だ!」



 後ろから羽交い絞めにされた。警官だ。くそっ。こんなときに。



「……先生、落ち着いて。詳しくお話を伺いましょう。またの再見がこのような形とは、因果ですな」



 なんとか冷静を、取り戻した。まゆのときの人だ。「すみません、もう、大丈夫です」



 母親は怯えきっているようだった。今まで何度か会った私に、こうも怒りの感情があることなど想像もつかなかったのだろうか。どうでもいい。



「上がってもよろしいですか? こちらとしても、詳しい事情を知らなくては彼は主治医だ、逮捕とまではいけません」



「……はい」



 奥へ行く、彼女に私と彼、そしてもう一人警官が続いた。前と同じ、若い男性だ。



「ご主人は?」



「今はいません。仕事に出ています」



「ほお、こんな遅くまでご苦労なことです。それで、一体なにがあったんです?」



「その男がうちの娘を攫ったんです。目の前でいきなり」



「ええ、それに間違いはありません。私はそうする必要があったと思ったので、やりました」



「攫った理由というと?」



「彼女の友人から連絡を受けまして、無理に学校にまた通わされたのだと、聞きました」



「それは本当?」



「ええ、本当です。だってそうでしょ。退院したんだから、子供は学校に行くべきです」



 また一つ、拳を握り締めて。



「あなたは私の話を聞いていなかったのですか。まだ学校は早いので様子を見て、私とご両親と彼女、全員が行けそうだと思ったときにするべきだと」



「……そ、そんなこと、言ってたかしら」



 くそ。水掛け論だ。



「まあそんなもの隣にいた看護師に聞けばすぐでしょ。医師の忠告無視は患者側の責です。いましたよね?」



 私が頷くと隣の男と目配せをして、すぐにその場を離れた。



「でまあ、学校にも行けないくらい重い病なんですか?」



「はい。難しい病状といえます」



 ある程度の説明をした。お年を召された方、納得してもらえるかどうかは賭けに近かったが、それでも言うしかなかった。



「自傷、ねぇ……知ってますよ。何度か、確実に切られたってのに自分でやったって法螺吹くやつ。それの本物ってことか」



「これはすべての自傷患者に言えることですが、決して、彼らが悪いわけではないのです。彼らの意思でやったのだから責任は彼らにあるというのは間違いなんです」



「ああ、はいはい。そうなんでしょうなぁ。誰が好き好んで自分から、親から授かった体に傷を付けたがりますか。それでなんてことをしたんだ、って怒るのはなにかおかしい気がしますよ。女の子なら特にね。ファッションなら見せびらかしますしリスキーだ」



 恐らく自殺をする事件を何度か扱ったことがあるのだろう。意外にも理解してくれた。



「それはっ……でも、自分でやったのは、あの子の意思でしょ? こんなの、病気といえるのかしら。私はすごく恥ずかしかったんです」



「恥ずかしい?」



 その言葉の意味がわからなかった。「あなたは」と乗り出した体を、大きな腕で止められる。



「奥さん、それは違いますよ。あんたそりゃ、お門違いってもんだ。病気じゃないと思ってるんだ。だから恥ずかしい。娘さんのことだって、構ってほしくてやったバカな行為だと思ってんじゃないですか」



「違うっていうんですか。私は普通に育ててきたんです。あの子が友達を作るのがへたなだけで、叱ることだって愛情でしょ?」



 思わず立ち上がりかけたが、冷静な警察官にまたも止められる。



「その辺の事情は知りませんから、ぜひご説明願えませんかね」



「……はい」



 母の口からようやく語られる、彼女の過去。なにがあって、なにがなかったのか。訊ねても忙しいからと、突っぱねていたこと。



「今でこそ変わりましたけど、あの子昔から目つきが悪くって。誰かを睨んでるような顔ばっかりしてました。それで学校じゃよく問題起こしては私が謝ってたんです。勉強も運動もできなくて困り果てました。なに言っても言うことを聞いてくれないし、暴言は吐いてくるしで。家のことも手伝ってくれませんし、私たちも忙しかったからすぐ構わないようになりました」



 ……まだだ。最後まで聞き、我慢すべき。



「友達もできなかったみたいです。なんですか、小さいのにませてんだか、噂じゃあの子、援交だの薬だのやってるって噂が立ったんです。あほらしくて否定する気にもなれなくて。しばらくしたら消えましたけど」



「……なるほど、それで?」



 メモを取ってくれている。ああ、私も付けておけばよかった。



「その頃からかいつからか覚えてないけど、急に話さなくなりまして。今度はなに言ってもだんまり。学校でもそうみたいで、本当にどうしてああなったんだか。先生だって困ってたそうですよ。そのうち、話しかけもしないようになりました。向こうから話してくるまで待とうって」



 なんだそれはっ! それが親の、くそっ!



「……それで?」



「それで、その、ある日見つけたんです、ゴミ出しに行くからゴミないかって戸を開けたら、自分で自分の、腕を切ってました。すぐ夫に連絡して、病院行かせました。入院させて、それで最近、ようやく退院できたから、また学校へって、それだけです」



「……なるほど」



「私は普通に育ててきたんです。暴力なんて振るってもいない、ご飯だって食べさせましたし、着るものだってちゃんとあげてました。あの子が起こす問題のフォローだってきちんとしてきたんです。こんなことはやめなさいって、何度も言いました」



「しかし」



「まあまあ先生、落ち着いて。ここは第三者が言ったほうがいいと思いますよ。タバコ、よろしいです?」



 こちらを軽く睨みながら彼女は頷いた。一本、弱いのを吸い、深く煙を吐き出していく。



「奥さん、あの子はきっとあなたに、見捨てられたと思っているんです」



「……え」



「あなたに愛されているかどうか、不安でしょうがなかったんですよ。だから確かめるために自分の体に傷を付けた。これで心配してくれたら、大丈夫? って声をかけてくれたら、自分はまだ愛されているんだって。確かめたかっただけなんです」



 ……すごい。どうしてそんなことまでわかるのだろう。



「いやね、一度扱ったことがあるんですよ、この手の件についてはね。少年課にいたこともありまして。自傷ではないんですが、同じように見捨てられたと思った少年少女が、わざと自分を危機に追い込み、両親が助けてくれるか、ある種試そうとしたケースはね。もちろん、娘さんがこれだとはまだ断定できません。そこのところ、専門家はどう判断します?」



「間違ってはいないでしょう。ただ、それですべて正解だとも思えません」



「ごもっとも。それだけとは私も思いません。人間ってのは複雑だ。いまだによくわかりません。最近ようやく、この年になってようやく少しわかるようになりました」



 紫煙を別方向へ飛ばす。振り向いた警官にまだ、母親は噛み付いた。



「見捨ててなんていません。私は、そりゃ叱ってばかりだったかもしれないけど、構ってやって、母親らしいことはしてきました」



「私もね、確かに叱ることは愛情だと思います。けど、叱るだけが愛情などでは、決してないんです。娘さんによくない噂が立ったとき、それをふざけるなと、煙を消そうとしないのは愛情でしょうか。そのせいで火は、大きくなったんじゃないでしょうか」



「あんなバカらしいもの、本当なわけないでしょっ」



「奥さん。子供こそ荒唐無稽な話を信じるんですよ。それが突拍子もなければないほど、信じたがるものなんです。ましてやこれは隣にある、ニュースや漫画のメディアでよく取り上げられることなんです。本当かどうか、娘さんに訊ねましたか?」



「……そんなの、聞かなくてもわかります」



「それを、娘さんは見捨てられたと勘違いしたんです」



 ようやく、言っていることを理解したのか、初めて苦しそうに俯いた。



「どうして話さなくなったかはわかりませんけど。その辺は医者のほうでお願いしますよ」



「はい」



 と、出て行った青年警官が戻ってきた。



「電話でいいのに。ああ……そうか。看護師はきちんと深町先生は説明をしていたと、証言してくれましたよ。医者の忠告は聞いておくものです。自分で病状がわからないなら、なお更」



「……」



「奥さんあれでしょ? 退院させておきながらまだ治療が必要だって、それが嫌なだけでしょ?」



「……」



「あれですか、姑や親類からねちねち嫌味を言われるのが嫌なんですか」



「……それが嫌じゃない人なんていませんよ」



「私だって言われ続けてきました。でも、結局どっちをとるかなんです。親兄弟を立てて子供に嫌な思いをさせるか、自分が嫌な目にあって子供に楽をさせたいか。ここいらでもう少し、自分が親ということを考えてみてはどうでしょう」



「あたしは、きちんと愛情たっぷりに育てようとしたんです」



「失礼ですが……今の話振りから、第三者の私は愛情をあまり感じられませんよ」



「だって、だってあの子……養子ですから」



 全員が驚いた。まさか、そうだったなんて……



「昔は不妊治療なんて妻の責任で、苦しかった。やろうとすれば姑が、なんて恥ずかしいって罵ってくる。だから、養子をとるしか、なかったんです。まだ赤子を、運良くもらえて、きちんと育てようって、愛情たっぷりに……でも、うまくいかない。きちんと育てようって思えば思うほど、失敗してく。段々、育児が面倒になって、あの子が嫌になって、最後にはああ、なって、入院させるしかなかった!」



 だが、言うべきことは言うべきだ。



「しかし、それとこれは別です。子を授かったのなら、それが他人からとはいえ面倒だなどと思うのはそれこそ恥知らずです。養子だからと、言い訳にするのは愛がない」



 また手を出された。「もういいでしょう。事情はわかりました。お母さん、残念ですが先生を逮捕はできません。お子さんもしばらくこの家の敷居は跨がせないほうがいいかもしれません。ようく話し合ってください。きっと今は、悲しいすれ違いを起こしているだけだと思います。今から会いに行ったっていい」



「……はい」



 例えこの警官がことを荒立てたくないと思っているだけだとしても。今の私にはその言葉はありがたかった。



 去り際、彼は言う。



「うちも養子でねぇ。先生の言葉は胸に痛いよ。だが真実だ。誰か一人、言うべき人は確かに必要だろう。それも、あなたならいいのかもしれない」



「言い過ぎですよ。寧ろあなたのほうから言うべきだったのでは?」



「冗談、私が言ったら先生止めちゃくんねぇでしょ?」



 そのとおりだった。苦笑して見送りをする。



「そうだ、最後に一つ。あの夫婦、ギャンブルがお好きなそうですよ」



「ギャンブル?」



 小声で近寄って。「どんな仕事してるか知らないが、よくパチンコ競馬競艇に顔を出してるそうで、いいとこは宝くじを買うとこだけだって噂です」



「……そうですか」



「気をつけてください。あまり親というものを信じすぎるのもいけないものです。特に、嘘をつくことと演技することに慣れた女は」



「……」



 確かに、彼女たちとは違う……と思いたい。思いたいが、しかし私は寧ろ騙してくれる女性は大歓迎だった。騙されたことも多々あった、らしい。そんなこと考えたこともないが、母親が自分のために子をないがしろにした嘘をつくかもしれないというのなら、それはアンテナを張っておくべきだ。



「ありがとうございます。心に留めておきます」



「まあ、先生は純朴そうですから気付けなくても仕方ありませんよ。少しでもおかしいと思ったらこちらに相談してくれても結構です。それも仕事のうちです。いい時間つぶしになるのでぜひご相談に」



「はい。ぜひ」



 悪い人では、ないのかもしれない。単なる日和見主義だったとしても。



 ここから。彼女の治療をまた再始動だ。



 



 



 



 



 絵里さんは本当に明るい人みたいだった。わたしには少し、眩しいくらい。



「ふぅんでもねぇ、透き通るような白い肌っていうの、まさにあなたみたいな子に言うんでしょうねぇ」



「……」



 そんなことないと首を振った。わたしは色素が足りてないだけ。そんないいものじゃない。病的で気持ち悪いくらいなのに。



「ふぅん。ねぇあなた、あなたはこんな白い肌、好きでしょ?」



「もちろん。好きだよ」



 顔が上がる。「もう一つ言うなら、水村さんのような長い艶やかな黒髪は大好きかな」



 あああ顔が燃えちゃう。そんな、そんなのいいです。おだてても、わたしはなにもでません。



「まあ女ったらし。最低ね。若い子たらし込もうなんて十年早いわ」



「お母さん、憲邇さんなにもへんなこと言ってないよ。この人、美人じゃん」



 そんなの、いいですってば。



「そうですねぇ、奈々穂ちゃんに似て細いし、美人ですよ。胸はないけど」



 大口さんまで、そんなのやめてください。



「水村さん」



 目を、見たくなる。「自分に褒められる価値がないなんて、そんなこと考えなくていいよ。まあ、素直に受け取れないなら受け取れるまで、当たり前になるまで言うだけだけどね。もう一度言うよ。君はかわいい」



「……」



 これは、本気なの、かな。ほんとにそんなこと、思ってるの? 怖い、怖いよ。信じられなくて、信じたくなくて、裏切られたくなくて、信じられない。でも、本気なら。



 男の人にほめてもらったの、初めてかもしれない。



「まあ、詩音さん、そんなに震えることありませんのよ? 大丈夫ですわ」



 そっと肩を、なでてくれる花雪さんが、うれしくて……ふわふわと柔らかい、温かいもので包んでくれるこの人たちが、うれしかった。



「同じ学校でないのがこうも歯がゆいのは初めてですわ」



「そんなことないよ。花雪ちゃんにはとても助けられてる。今日のことだって、本当にありがとう」



「い、いえ、別に私は……」



「もう、ご主人様ったらひどいです。いいですか、瞳の奥を射抜きながら微笑んでお礼を言ってはいけません。いいですか、そっぽを向いて、たどたどしく『さ、サンキュー』って言ってください」



「そ、それは良子(りょうこ)さんの趣味です。憲邇さんには似合いません」



「……さ、サンキュー。ありがとな」



 そっぽを向く憲先生が、どこか子供っぽく見えた。う、うわ、かわいいとか思っちゃった。思い上がってる。



「まあ! 変ですわ、変すぎますわ! た、たまにはいいですけれど、使用人がおこがましいです!」



「花雪ちゃん。使用人でも、人は人だよ。私たちと同じだ。下に見るのはよくない。ここではよして欲しいな」



「……そうですわね。これは私の宅の話でした。申し訳ありません」



「い、いいのいいの。私もよく怒られるの。メイドの癖にそこまで言うなって。主に絵里さんに」



「言ってないわよ。あなたのお料理が上手すぎるのがいけないの。いい? 私たちだって頑張ってるんだから、グレードを下げてほしいだけ」



「み、みんなで毎日作ったらどうですか? そ、そのほうが憲邇さ、憲邇さん、喜ばないですか?」



「ダメだよみゆちゃん。前に言ったけど、これはおんなのたたかいなの。おとこの胃袋をつかんだものが勝ちなの。ね、お母さん?」



「そうそう。最近じゃ逆のパターンもあってね、女の胃袋を満たしてくれる人を、好きになることが多いみたいだけど」



「あ。そうだね。明日みんなを呼んでパーティーしようか。私がご馳走するよ」



「……」



 全員、絶句した。



「みゆちゃんとまゆちゃんたちには言ったけど、結局今まで作ってないから。いい機会だし、明日のみんなのお休みに。私もぽっかり休みをもらったからね。というか、休めって言われたんだ。できたら、施設の子供たちも誘って」



 施設? とわたしが疑問に思うとすぐ説明してくれた。道理で、わたしみたいな子供のあやし方がうまいんだ。



「ほ、本当に作れるの? 私、冗談だとばかり」



「ご主人様の家事のできなさは絶望的なんですよ? 言っちゃっていいんですか?」



「う、うん。本当に大丈夫だから。心配しないで。あ、手伝いはやっぱり無用だよ。私が日頃の感謝を込めて、丹精に作るから」



「……」



 まだみんな半信半疑のようでした。でもわたしはきちんと信じられます。憲先生が嘘を、こんな嘘をつくなんて思えません。あ、みゆちゃんも信じてるみたい。



 パーティー……わたし、もうすぐ誕生日。今月の終わり、いつか、いつか教えて、その日に、また……



「よーしんじゃあたしリクエストしちゃおっかなぁ。あんね、お魚のおつくり食べたいな」



「……それはちょっと、無理かなぁ。そこまでの能力はないんだ」



「へぇ……やっぱり憲邇さんにもできないことってあるんだ」



「あるわよ。できないことだらけね。まずこれから一生、絶対に女を泣かせ続ける宿命を持って生まれてきたんだわ」



「ち、違います。笑顔にしてくれました」



「そうです。せんせは笑うことの大切さを教えてくれました」



 それはそのとおりかも。この人のことでたくさん笑顔になれた。花雪さんと話すときも、憲先生と話すときも。



「明日もきっと笑顔です。でもご主人様にあんまり期待してもいけませんよ。絶対、おいしくないです」



「う、それを言わないでくれ……」



「……」



 普段のこの人はこんなにかわいく見えるんだ。ちょっと情けないかも。……でも。



 それをわたしにも見せてくれた。それは、それはうれしいよ。



 明日が、楽しみ。



 



 



 とは言ったけど、さすがに、こんな女の子ばっかり……そりゃあ、男の子もいるけど。やっぱり好きな人がたくさんいるんだ。……どの子もどの子も、大抵一目でわかっちゃう。ああ、諦められたら楽なのに。



「でも、あの、私まで……」



 みゆちゃんのお母さんまで来ているみたいだった。みゆちゃんがどうしても会わせたいって頼み込んだみたい。憲先生がいいから食べてくださいって勧めると苦笑して受け取ってた。



 夏なのでバーベキューになりました。結局料理はしないのかと思ったけど、それとは別に作ってくれて、おいしいサイドメニューのようになっている。お野菜の料理が多くて、魚料理も多い。お、おいしくなくなんてないよ。この骨だけの魚のから揚げ、すごくおいしい。



「おつくりじゃないけど、おさしみは作れるんだね」



 まゆちゃんは不格好に切られたお刺身を一口、また口に入れた。



「どう違うの?」



「さ、さあ……綺麗か綺麗じゃないかじゃない?」



 どちらかというと、尾方さんはお肉より憲先生の作ったお料理をたくさん食べてる気がする。小さい子はお肉を多く食べてるけど。



「ます、憲邇さん、今日くらいお酒飲んでいいのに」



「そーだそーだ! ななほのおさけがのめないっていうの? うちのさけのめないやつはだちじゃないぜ! とっととかえんな!」



「奈々穂ちゃん、もう、そういうのどこで覚えてくるの?」



 大きな声を出したのはあの真崎さんと、その母親役をやっている看護師の広子さんだった。小さい子供たちがお酒をよく勧めてくる。



志田(しだ)さん、先生の施設の人だったんですね。ふぅん……道理で外国の人なわけだ」



「そんなこと、ない。髪金、日本いる」



 あの人は千歳(ちとせ)さんで、金髪のまた、また美人の女子高生は志田さんというみたい。なんだか少し日本語がおかしいのはやっぱり外国の人なんだからだと思う。



「だからさ、なに食ったらそうなんの? あんね、お前のその、恋したから大きくなるっていうの、めっちゃ腹立つんだけど」



「二回目ですけど、本当です。二年で二センチ、ご主人様に恋して大きくなりました」



「ぶっ殺すぞてめぇ!」



 口が汚いのはボーイッシュなメガネの人で、夢見てるのはふりふりひらひらな格好してた確かに巨乳の人。



「お母さまもお酒をたしなめばよろしいのに。そうすれば殿方のお酌だけではございませんことよ?」



「む、無理ですわ花織(かおり)さん。私、一口で気絶してしまいますの」



「……春花(はるか)さん、これ、ジュースだよ」



「い、いけませんったら」



 あそこではお嬢様そのものの三人とベッキーちゃんが雅なまでに立食をしているように見える。ベッキーちゃんは日常的に着物を着ているらしく、今も涼しげな浴衣姿だった。



「ほらほら、パティちゃんもみゆちゃんも。もっと食べなさい。いいですか、こんなおいしいもの今を逃したら食べられないよ!」



「で、でも、みゆより、みなさんに、その」



「そそ、そうです。わわたしたちの分はいいですから、みな、さんに」



 おどおどし通しの二人を、大口さんが急かしていた。



「ます、いえ深町さん。男が少ない中僕に寄ると、あらぬ疑いをもたれますよ」



「レオン、今日は女性が主役だから、男は裏方に回らないとね」



「はいはい。僕はあなたに、料理だけは教えられますからね」



 憎まれ口を叩きながら楽しそうに、レオンと呼ばれた子と憲先生は料理を作り続けてた。なにしろこの人数、作ってなきゃすぐなくなっちゃうから。



 埋もれてきそうなくらい、大勢の人の中で。やっぱりわたしは、溶け込めずにいた。



「あ、あの、詩音さん? こ、これ、おいしいですよ」



「……ぁ、ぁりがと……」



 みゆちゃんが串を一本持ってきてくれた。不思議……この子にはどうしてか、心開きたくなる。あの日のことが大きいんだ。よかった……



「ふ、詩音さん、すごいです。もう、話せるようになったから」



「す、ごくない。まだ、一部の人しか」



「でも、すごいです。すごいんです」



「……」



 できるだけそっと、この子の髪をなでる。くすぐったそうにはにかむ、少女が……とても魅力的に見えた。



「だからあなた、教えなさいよ」



「そーだぞ憲邇さん、教えろよー」



「ななほも、ききたいききたいっ」



「そんなに面白いものでもないよ。私の初恋は、姉だったかな」



 初恋。憲先生の。思わず耳をそばだてて、ほとんどの人がそうしてることに気づく。ただジュージューと、焼けていく音がうるさい。



「姉はすごく美少女でね、明るくて、いつも一緒にいて、その、姉と結婚すると疑わなかったんだ。小さかったから、全然疑問に思わなくて。大好きだったから」



 うわぁ、懐かしそうな微笑み。



「でも、私が中学に上がる前に事情があって離れ離れになったんだ。今はもう、戸籍上は別人になってるみたい。会えないのは辛いけど、でも今はみんながいるから」



「そんな……せんせぇかわいそうだよっ。どうしてはなれちゃったの?」



「それはまた次の機会に。ほら、やきそばもういいよ。食べて食べて」



「ううう……すきなのにとおくへいっちゃうなんて、いちばんかなしいよ……」



「奈々穂ちゃん、色々あるのよ。あとで教えたげる」



「うん……ななほ、お母さんとはなれたくないよ? ずっといっしょいて?」



「うん、ずっと一緒にいる」



「……」



 隣の芝生は青いって、なにかで聞いたことがある。そのとおりかも、しれない。尾方さんに憧れ、今度は広子さん。節操がないな、わたし。



「あたしの初恋憲邇さんだよっ。うれしい?」



「あら、私だってあなたが初恋よ?」



 全員が一斉にブーイングをし始めた。嘘つくなって。まゆちゃんを産んでるのにそれはありえないって。



「あ、あら、あの、私、深町様が初恋ですわ」



 今度は全員、日傘を差し続ける八尋(やひろ)春花さんを見つめた。二児の母、とは思えないほど、若々しく見える人。



「や、やっぱり呆れますの? わ、私、前の結婚は無理矢理でして、その、娘には愛がありますのよ? でも、とてもあの男性に恋愛感情があったとは言えませんの」



 また静かに、焼けていく音だけになる。



「ですから、尾方様が初恋だというのも嘘ではないと思いますわ」



 本当にお嬢様だ。なんていうか、世間知らずっていうか、自分が特別だって気づいてないみたい。



「あ、ごめん。私の初恋は別にいるわ。この人じゃないの」



「まあ、嘘でしたの? ひどいお人」



「あはは。八尋さんは相変わらずかわいいですね」



 あ、ああいうこと、やっぱり誰にでも言ってるんだ。わたしが特別じゃ、やっぱりないんだ。ほ、ほら、真っ赤になってる。



「憲邇さんっ、みんなにかわいいかわいい言いすぎだよっ。ね、このさいだからさ、だれか一人だけ、一番かわいいと思う人教えて?」



「そーそー! 教えてくださいせんせー!」



 子供たちも一斉に聞きたいと口を揃える。ほかの大きな女の子たちもみんな、口には出さないものの目で訴えていた。困ったように戸惑う憲先生はやがて、ごほんと咳払いをして。



「私の姉かな。一番かわいい」



「せんせぇずるだよっ! なにさそれっ!」



「こん中から選んでよっ。憲邇さん大人だからってずるすんなっ」



「……」



 しばしの沈黙。憲先生はそれをみんなが本気で聞きたく、また誰が選ばれても文句は言わないって顔に書いてあるのに気づいてくれた。



「みゆちゃん」



 名を呼ばれた、一番遠くにいた小さな少女が息をのむ音が聞こえた。固まったまま動かないみんなの脇を通り抜けて、もっと固まったかわいい女の子と目線を合わせる。



「ちっちゃなみゆちゃんが一番かわいいよ」



 子供の丸い頭をやさしくなでて。まっかっかになったみゆちゃんは俯いて体中をもじもじさせた。聞こえるか聞こえないかぎりぎりの声で小さく、「ありがとうございます」と呟いた。それに、応じて、おでこに、ちゅって、口、くっつけた。あああ、いいなぁいいなぁ、うらやましい……すごい、泣きそうなくらい喜んでる。



「ご、ご主人様、そういうかわいいじゃありません」



「え? なんのことかわからないなぁ」



「あなたはロリコン星人だったのね。ああやだやだ、年上のほうがいいに決まってるのに」



「まあまあ、先生もそういうの答えにくいですよ。誰が一番とかどうでもいいと思います。私たちはみんながみんな、特別な人間だと思いますから」



 そう。わたしにとって憲先生が特別なたった一人の男の人なのと同じで、憲先生にとっても、知り合いの人はみんな大切で特別な人なんだ。……でも、それはそれとして、自分が特別かわいいって、言われたいものだけど。



「よーし、折衷案を出そう。今からせんせーに一人ずつかわいいところを言ってもらえばいいのだ。それならオンリーワンを感じられるじゃない?」



 やっぱり大人の人は頭がいいな。みんな頷いて、困らせ続ける大好きな人を楽しんでいった。



「最初に言うけど、そもそも私には恋人がいる訳で、私を好きになるより諦めてもらったほうがいいと思うけど」



「はーい諦められる人ー?」



 尾方さんが手を上げると、誰も意固地に上げなかった。彼女自身もすぐ取り下げる。



「そう。わかった。ごめんね、もう言わない。まずレオンはね、憎まれ口を叩きながらも大抵手伝いをしてくれるからかわいいね」



「深町さん、気持ち悪いです。僕は女の子が好きなんです」



「一応全員言いたいから。パティはよくみんなをまとめてくれて、疲れたときにこてんと寄りかかってくるとこがかわいいね」



 しまったって顔をしてる。気づかれてないと思ってたんだ。



「ベッキーは風船をずっと大切そうに持ってるところかな。浮かなくなるまで持ってて、落ちてきたらがっかりしてたよね」



「あ、そ、そんなこと覚えてなくていいです」



「ルーシーはご飯をおいしそうに食べるからかわいいよね」



「あたし、そんな大食い、違う」



 ルーシー、志田さんのことだ。そんなに食べるとこ見てなかった。



「まゆちゃんはねぇ、走ってるときかな。走って遊びまわってるとかわいいよね」



「おかげで足太いんだよ? そういうこと言うなよ、もう」



 うれしそう、だけど。



「みゆちゃんは実はたまに見ちゃうんだけど、一人でスカートひらひらふわふわ、させてるよね。あれはかわいいな」



「ぁ、ぁ……ありがと、ござますぅ」



 ……それはきっとかわいいな。この子なら多分すごいと思う。



「静香ちゃんは劇を観てるときの表情だね。かわいくて目を輝かせてる」



「……ほ、ほんとよく、覚えてますよね。わぁ……」



 劇、って、舞台とか、ああいうのかな。あの人なら、舞台栄えしそう。



「千歳ちゃんはちょっと頓着ないところかな。見てると心が和むから」



「はい。ありがとうざいます」



 本当に頓着ないんだ。落ち着いた雰囲気の人に見えるのに。



「奈々穂ちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねるのがかわいいけど、もう少し人目を気にしたほうがいいかな」



「やん、もうせんせぇのえっち」



 短いスカートをくるくる、翻らせる。



葛西(かさい)さんは家事をしてるときがかわいく見えるな。食器洗いとか洗濯物を畳んでるときとか」



「ほ、ほんとですか? あ、あの、だったらお仕事増やしてください」



「ダメです。小林(こばやし)さんは患者さんに食事を食べさせているときかな。ちょっと不埒だけど」



「そ、そんなこと、ない、です……」



 白衣の天使。そのもの。



沢田(さわだ)さんは男勝りだけど実は家庭的なところかな。沢田さんの料理はおいしかった」



「ほほう? ほほう! よく言った!」



「尾方さんは気さくでぐいぐい引っぱってくれるところかな。それでたまにこっちが引っぱるとすごくかわいい反応するから」



「ばっ……そ、この、ば、バカ……」



 うわぁ、なにあれ。確かにあんなのかわいいよ。



「花織ちゃんは背伸びしてるところかな。難しいピアノの曲にチャレンジしたときはかわいかったよ」



「まあ、ひどいですわ」



「花雪ちゃんは大胆なところかな。大胆に行動を起こすからドキッとする」



「……はい」



 話は聞いてる。そのとおりだ。



「八尋さんは、無垢なところです。清純でとてもかわいらしい」



「……も、もうそういう年でもありませんのよ? わ、私、もう四十になりますの」



 その言葉、一番似合うと思います。



 残った子供たちとなんとみゆちゃんのお母さんにも全員言って。最後の一人になったわたしは、聞きたくないと言ってくれないかもが戦って、俯いてた。



「水村さんは」



 また目線を下げて。「頑張ってる姿がとてもかわいいよ。それと美しい。声を出そうと、前に進もうと頑張ってる姿がね」



「……」



 あなたにそこまで言われるのに、言ってもらえるのに、わたしはダメなんです。特別を感じるのに、これでがんばれるって思うのに、ああなりました。でも、でも言わなきゃ。がんばる。がんばるの。



「ぁりがとう」



「どういたしまして」



 なでられて安心する、わたしは子供だ。



「じゃあ今度は私たちの番ね。あのね、あなたは意地っ張りなところがかわいいわ」



「そうそう! あとね、憲邇さん寝顔かわいいよ!」



「そうですわ、深町様が少し乱暴な言葉遣いをなさるときはかわいいです」



「せんせーは仕事中が一番かわいいよ、決まってるじゃん」



「いいえご主人様は部屋のどこになにがあるかわからずにおろおろしてるときが一番かわいいです」



 みんなてんやわんやに好きな人のかわいいところを挙げていった。す、すごいな。それだけ接点があるんだ。いいな……わ、わたし、なにもないかも。かわいいとこなんて、ただ、やさしくて強くて、綺麗で……好きに理由なんていらないっていう、よくある理由で逃げそう。



 次第にみんな好きな人の自慢大会になっていった。苦笑しながら、みゆちゃんのお母さんがこっそり憲先生に近づいていく。



「このたびはお招きいただきましてありがとうございます」



「いえ、とんでもないです」



「深町さん、いくらみんなの前とはいえ、こんなおばさんにかわいいなんて言っちゃダメですよ?」



「おばさんじゃないですよ。私は見た目がすべてですから、若く見えればおばさんじゃないんです」



「あら、それは失礼ですね。どれだけ若くたって老け顔だったらおばさんになるんでしょう?」



「あ、そうですね。すみません、今のは聞かなかったことに」



 憲先生、あんなことも言うんだ。



「でも、私は若く見えるんですね。張り切った甲斐がありました。同い年の子を持つもの同士、負けたくないですからね」



 尾方さんのことだ。確かにあの人、エネルギッシュで若々しく見える。わたしにない光に当てられ、わたしも少し大きくなった気にしてもらえる、そんな強さ。



「そういえばお父さんは?」



「先約で遊びに出てます。私も趣味くらい持ったほうがいいと思うんですけど、なかなか。つまらない母親ですね」



「なに言ってるんですか。あなたはいい母親ですよ。だからみゆちゃんはあんなに元気に育っているんです」



「そんなことありません。なにもかもあなたのおかげです。本当に感謝してるんです……養子だからと、私たちは愛情をちゃんと注げてなかったんです。あの子がこうして笑える日がくるなんて、思ってもいませんでした」



「これからもずっとそうですよ。そうに決まってます」



「……はい」



 あ、あ、いい雰囲気。あの人も狙ってるのかな。尾方さんなんて狙ってるどころじゃないから、そうかもしれないけど。あ、こっち向いた。すぐにそっぽ向いて、近くにあったジュースをごまかすように飲む。



「でもみなさん、本当にあなたのことが好きなんですね。たとえ結婚していても構わないくらい。羨ましいわ」



「あ、すみません、実は絵里さんとは結婚してはいないんですよ。父親役を、まゆちゃんのためにして欲しいと。学校では合わせてもらえませんか?」



「あ、そうなんですか? もったいないですよ、あんなにいい奥さんじゃないですか」



「そう、なんです。でもまゆちゃんが反対して。自分が、自分がって」



「ああ。ふふ、いいじゃないですか。男冥利ってやつじゃありません?」



「はい、本当に」



「誰を選んでも誰も恨んだりしませんよ。うちの子どうです? いい物件だと思うんですけど」



「そうですね、私も二十年前ならすぐ告白したでしょうね」



 大人だなぁ……簡単にあそこまで話し合うとか、あそこまで本当のことを話せるなんて。じっと見るだけで、わたしはなにも言えない。



「でもご主人様にぶちんですっ」



「そうです、先生はにぶちんでとうへんぼくですっ」



「そーそー、広子ちゃん泣かされたんだよねー」



「私も泣かされましたわ。深町さまはひどい人です」



「うっそだぁ、ななほせんせぇのおかげで泣きむしなおったもん」



「そうだよ、あたしだって憲邇さんのおかげで泣かないでいられるもん」



「まゆの言うとおりよ。あなたたちだって泣いたでしょうけど、それよりもっと笑顔になれたでしょ?」



「そうです。せんせのおかげでずいぶん笑えるようになりました」



「はい。先生大好きです」



「わわ、私も大好きです」



「私だって、す、好き、ですわ」



「あそこの子はみんな好きだよなー。正直、僕は諦めたほうがいいと思うけど」



「でもこの前絵里さんから聞いたんだよ、難しいけど、大人になるまで待ってくれるって」



「そーだそーだ!」



「でも、一番かわいいのはちっちゃいみゆちゃんだと仰いましたわ。私も同い年ですし、ふふ、一番チャンスがあるのは私たちですねー?」



「え、そ、そんなことないよ。け、憲邇さんには、大人の女の人が似合ってるから……」



 たくさんの瞳が背の高い人を貫くと、楽しそうに笑って「おみやげにロールケーキ作ってあるから持って帰ってね」とごまかした。



 また大勢の追及を受けて。困らせていくのをみゆちゃんのお母さんと谷津さんがフォローしていった。楽しそう……と思っていたのも束の間、憲先生が逃げるようにわたしの後ろに回ったときに近づく体温に呼吸が止まりそうだった。どきなさいと言われてもどきたくなくて、や、やめてほしいって目を上げてみた。そこでようやくがみがみ言うのが終わってくれる。ほっと一息をついて、またありがとうって言われるとドキッとする。



 大人になったら……無理だ、よね。無理して、退院して、また頼ってる。なにもできやしないんだから。



 みゆちゃんのお母さんの携帯が鳴った。夫が飲んだから迎えに来てほしいって。しょうがないわねと苦笑して、その場をあとにした。



「ご主人様、長坂(ながさか)さんは誘わなかったんですか?」



「仕事があるってさ。土曜日なのに大変だね」



「……誘ってたんですね。まったくもう、手が早いんですから」



「そうだよ。私は好色のろくでなしだ。早く幻滅して欲しいな」



「……深町様、最近私思いますの。いっそここにいる女性全員、娶って頂ければと」



 小さい子供以外みんなが異常なくらい反応した。? みんな、したいのかな。わ、わたしなんて、それでも一緒にしてくれるかわかんないから、無理だと思うけど。



「それか、せめて私だけでも妾にして欲しいのですわ」



「お母さま! そのようなはしたないもの言い、どうかと思いますわ!」



「だって、だってっ、私、あのようなことだけで終わりたくありませんの! 私のような女をかわいいと言って下さる方に、これから巡り会えるなんて思えませんわ。その頃には私も女ではありませんの。ぐずぐずしていたら……」



「八尋さん、落ち着いてください。こんなところで話すようなことではありませんよ。後でじっくりお話を伺いますから」



 ただ、大きな瞳は涙する。



「……本気ですの。っく、あ、あなたに、愛されたい。あの傷を、男の蹂躙を少しでも埋めたいのです。今でも時折夢に見ますの。そのときに思い出すのは深町様ですのっ。っく、もう、待つのが……私らしく、あなたの好みになるよう、努力して参りました。お願いします、好色だと仰るのなら、私も、私も……」



 花雪さんはもちろんだけど、なぜかみゆちゃんがすごくつらそうな顔をしていた。ぎゅっと両手を握り締めてる。あ、まゆちゃんも、尾方さんも。



 なにより、憲先生も。



 ただ黙って、お医者さんは小さな大人の女性を抱きしめていた。



 そろそろ、火が消える。



 



 



 傷痕を見つめる。もし、わたしが頼み込んだとして。もし、憲先生が本当に好色だとして。わたしは一列に加えてくれるのかな。こんな気持ち悪いもの、ある女に。



 試しに、軽く聞くだけ。冗談みたいに、憲先生の言う冗談みたいに、軽く……内心では、期待半分恐怖半分が自分を突き動かしていることに気づいてた。受け入れてもらえる、一縷の望みをかけて。そうだ。いっそ、こんなことをして拒絶されたあと、自分で立ち上がるくらいがいい。それぐらいの気持ちがなきゃ、やってけない。



 廊下を歩いてた憲先生の手をつまんで、首を傾げる大人の男を二階の隅の部屋に誘った。疑問もなくついてきてくれた。



 鍵をかけて。



「せ、先生は八尋さん、どうするつもりですか」



「少し考えたいかな」



「も、もし、もしですよ? もし、その、ゎ、わたし、も、愛人、っていうか、めかけ? そ、そういうのに、してくださいって、言ったら……」



「なりたいの? 冗談はやめて欲しいな」



「……」決めた。「冗談じゃ、ないです」



「え?」



「やさしいあなたに、抱かれたいです。かわいいって言ってくれるあなたに、捧げたいです。わたしも、ぁ、あなたに愛されたい」



「君の気持ちは医者に対する尊敬だよ。やめたほうがいい」



「……」



 そういうこと、言うんだ……あああ、どうしよう。なに、なにか、ない、あった。花瓶、花瓶まで走って、それを叩き落して割った。かけらをとって、いつもなら右腕にしてるのを今日はどうしてか首にした。ここなら、死ぬかもしれないけど、でも長く入院させてもらえるかも。長く構って──



 かけらごと手をつかまれた。抵抗して、暴れて、押し倒される。



「やめなさい、そこはやめるんだ」



「やっ、やっ……抱いてください、わたし、自分でつけた傷だらけだけど、胸もないけど、だい、犯してください」



 右手で薄い生地の服を破いた。自分の、自傷の痕が生々しく残る、やせ細った胸を露わにする。カッターの傷、斜めに。ナイフの傷、横に。包丁の傷、縦に。



「犯してください、犯して、できないならやさしくしないでください、あんなこと言わないでください、希望を持たせないでください、このまま、やらせてください」



「本気でやりたいのか」



 力強く、頷く。そのまま、全力でとがったものを喉元へ向かわせた。男の人の力は強く、全然動かなかったけど……ああ、とられた。それが放り捨てられ、首根っこをつかまれて窓まで運ばれる。開いた枠に、わたしを押し倒した。わたしの体が半分、窓の外に出る。



「ここの直下に古い井戸があってね。深いんだ。確実に死ねる」



 え。そ、そういう意味じゃ……ううん、ごまかしてもダメ。この家に来てからずっと考えてた。そう、だよ。そういうことだよ。この人に、してもらえないんなら、一生無理だ。だったら、いっそ、このまま……



「死なせて……っ、や……もう、や、死にたい、死にたいの……」



 力が強くなる。わたしはなぜか、力いっぱいそれに逆らってた。そのままにしておけばきっと死ねるのに。



「……本当に死にたいのか。だったら抵抗するな。殺してやる」



「……っ」



 びっくりした。憲先生は本気の目をしてる。本気で……人を殺せる目だ。なんて、冷たい……



 禍々しい、黒の。



 力が込められて、段々下に押し倒されていく。もうすぐ落ちる。そんなところまで。……憲先生の手から、血が落下していく。



 わたしは、



 わたしは、



 必死に抵抗していた。



「ほら、君は死にたくないんだ。絶望していない。諦めていない。まだ生きていく意味があると信じている。楽になれるのに、それを拒絶している。甘えるな。生きろ。生きている限り、生きるんだ。……どうしても死にたくなったら、私に言え。殺してやる」



「ご主人様っ! なにしてるんですかっ!」



 メイドさんやほかの人たちがやってきても、憲先生は手を放さなかった。体面や体裁をまったく気にせず、ただ、そう、これはきっと、



 わたしのためを、想って。



「誓え。私のために生きると。愛してやろう。君を、どこまでも愛してやろう。抱いて欲しいのならいくらでも抱いてやる。それが生きる目的となるのなら、そうしてみせろ。でなければ許さない。君が勝手に死ぬことなど、私は断じて許さないっ。わかったかっ」



「……」



 なんで、



 どうして、



 そんな、



 (やさ)しい瞳をするの?



 わたし、



 わたし、



 愛されてるの?



「ご主人様! 放してくださいっ!」



 後ろから女の人たちが数人がかりで憲先生を取り押さえる。わたしはようやく解放されて、苦しかった息を元に戻した。



 ……首筋に、血が流れていた。男の人の、血が。……わたしはそれをすくって、口に入れた。鉄の、味がした。



 憲先生の、命。



「なんてことを……それでも医者ですか! 死んだら、どう責任を」



「黙れ。どうだ詩音、誓えるか。誓えぬと言うのなら、まだ死にたいと言うのなら、望みどおり殺してやる」



「……」



 憲先生の瞳は、今まで見たこともないような暗い光を帯びていて、とても安心した。なんだか、心から想われてるような、そんな気が、する。



「ご主人様! 冗談でも言っていいことと悪いことがあります! 水村さんに、そんなこと言って」



「誓います」



 わたしは胸の前で手を組んで、その瞳に応えた。この人は、こんなわたしでも、愛してくれる。抱いてくれる。包んでくれる。守ってくれる。……この人と、結ばれたい。



「わたしは、あなたのために生きます」



「水村さん、なに言って……」



 先生はうれしそうに笑った。それでいい、って。



 この血が混じった、もうわたし一人の命じゃなくなったから。



 



 



 



 



 最近私はおかしい。なにやってるんだ。あっさり奈々穂を抱き、今度は水村さんまで……言ってはいけないことばかり言ってしまった。終わりよければ、などで済まされる問題ではない。つい向こうの癖が出た、といって許されるはずもない。



 ショック、だった。まゆちゃんのこと、水村さんのこと、八尋さんのこと、奈々穂のこと。奈々穂に至っては、元の年齢に戻ったのがあのときだけという、こともある。



 今はもう、彼女たちを抱かないよう我慢なんてできない気がする。なんとか八尋さんは保留したが、断り切れないかもしれない。長坂さんもそのまま受け入れてしまいそうだ。



 ノックの音がした。



「ご主人様、お客様です。柚香里と言えば、わかるそうですが」



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 



 第十八話あとがき的戯言



 



 三日月(みかづき)まるる、以下作者「このお話はフィクションです」



 真崎奈々穂、以下奈々穂「ふぃくしょん?」



 水村詩音、以下詩音「……」



 作者「こんばんは、三日月です。このたびは「ごめんなさい」第十八話を読了くださりましてありがとうございます。今回は長らくお待たせしました、奈々穂さんと詩音さんにお越しいただきました」



 奈々穂「はじめまして、ななほです」



 詩音「……詩音です」



 作者「病というのはやはり個々人によって違うと思います。このお話はフィクションです」



 奈々穂「ふぃくしょんってなぁに?」



 作者「作り話、本当にあったお話ではないということです」



 奈々穂「ふぅん。ひるどらもふぃくしょん?」



 作者「はい。フィクションです。……あの、詩音さん、なにか話してください」



 詩音「……ゎたし、今までの人生で一番しあわせな時間過ごしてる」



 奈々穂「ななほもねぇ、すっごくしあわせなんだぁ。このじかんがずぅーっとつづけばいいなぁっておもってる」



 作者「このままの幸せは続きません。ただ違う幸せとなって、変わりながら続いていくのです。それは以前よりも幸せでないのかもしれませんし、以前よりも幸せになれるのかもしれません。しかし、変わらないことは幸せではない、と私は考えます」



 奈々穂「むずかしいことななほわかんない。ななほは、せんせぇとくっついてるとしあわせ。それだけでいいや」



 詩音「……ゎたしも」



 作者「まあ、そんなにすぐ変わるものでもありませんしね。私もずっといちゃいちゃらぶらぶが書きたいだけですので。それではスリーサイズを」



 奈々穂「えっとねぇ、このまえおようふくお母さんにかってもらったときにおしえてもらったの。おぼえときなさいって。上からー、795478、あんだー62Dかっぷだよ」



 作者「結構、背は低いのにあるんですね。詩音さんは?」



 詩音「ゎ、わたし、まだ中二です。そんなの、調べません」



 作者「でも、そろそろ下着とか買いますよね? 好きな人との用と言いますか、普通のは買ってないんですか?」



 詩音「……市販のはどれも、大きすぎるんです。ジュニアサイズで充分です。わたしは元々胸なんてないから」



 作者「では今度憲邇さんに測ってもらいましょうね」



 詩音「いやです。知られたら幻滅されます。病気だって、言われるんです。あ、げ、幻滅されるほど、わたしにそういうの持ってないってわかってますけど、でもいやなんです」



 作者「そうですね。すみませんでした。ただ、憲邇さんが測りたいって言ったらどうします?」



 詩音「もちろん測ってもらいます」



 作者「やっぱりそういうものですよねぇ。それでは今回はこの辺で。さようなら」



 奈々穂「さよならー」



 詩音「……さようなら」



 



 20090625 三日月まるる



 




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テーマ : 官能小説 - ジャンル : アダルト

2009/07/26 01:29 | 小説COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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