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「ごめんなさい」その二十二_第二十一話_綺麗な記憶

 こんばんは、三日月です。
 遅れましてすみません。水曜になにかと用事が集中するので、火曜日更新にしようかと思いますがやっぱり適当に。
 特にご連絡がないのでハートマークは次回から使います。以前のものも時間のあるときに直すと思います。
 それでは第二十一話です。どうぞ。



















 二十一 綺麗な記憶







 明かりのある家というのはなんという落ち着きを与えてくれるものなのだろう。帰る標があるというだけで不安は打ち消されるものだ。ましてや、今そこには仕事だけじゃない誰かが待っていてくれるのだから。


 待ち望んだ人がいる。それだけで充分だ。


 玄関には
良子(りょうこ)尾方(おがた)親子と千歳(ちとせ)、それからレベッカがいた。水村(みずむら)さんとみゆ、柚香里(ゆかり)さんはいない。まあ、全員でお出迎えなんて期待するのもおかしいが。



「お帰りなさい、あなた。訂正するわね、あなたは女の子を泣かせるだけじゃなくて、泣いてる女の子を引き寄せる引力があるのね」



「ただいま……? そうかな」


「帰ってきた柚香里さん、寝てるけど泣いてるわ」


「え」


「記憶喪失ってのは聞いたけど、それだけじゃないわね、あれは」


「先生、後で様子を見に行ってあげたほうがいいですよ」


「ああ、うん」


「ます、
深町(ふかまち)さん、お話があります」



「わかった。ベッキーはついてきて」


「あ、すいませんご主人様、先ほど
紗絵子(さえこ)様からお電話がありまして、明日到着するとのことです」



「うん、わかったよ」


憲邇(けんじ)さん、花織(かおり)ちゃんからお母さんここんところずっと憲邇さんのこと呼んで泣いてるってさ」



「うん、わかってる」


 大丈夫だ。これくらいは昔に比べたら忙しいのうちにも入らない。


 なによりも、私は一人じゃない。


 自室に入ってベッキーの話を聞く。恐らく調べがついたのだろう。


真崎(しんざき)奈々穂(ななほ)さんのことですけど、代理母には彼女ができる前に二人、男女の姉弟がいたそうです。なので彼女の言うお兄ちゃんはそのときの人ではないかと」



「そうか。その人は?」


「……関わりたくない、と仰っていました。血のつながりもなく、今さら頼られても困るそうです。元々代理母はあくまで代理ですから、母も兄も今から面倒は無理だと、先に言われました」


「……そう、か」


 薄情などではなく、五年も面倒を見たことは称賛するべきことだ。どこかに預けておいてもいいのに産んだからと自分で面倒を見ようとするのは尊敬されることだろう。


「あの、その人は、実は入院してて……とてもじゃないけど、養えないそうです」


「入院? そんな大変な事態なのか。こちらの訪問も余計な心配の種を増やさせただけかもしれないね。後で謝っておこう」


「あたしがやっておきます。マスターはただでさえ忙しいんですから」


「そう? ありがとう。だとしたらお金は援助するからというのでさえいけないだろうな。こちらでやっぱり、なんとかしよう」


 そもそもそんなお金があるのなら自分で面倒を見たほうがいいだろう、と反論されれば返す言葉もない。一時ではあるが彼女の解離は戻ったのだから。


「それから、
草薙(くさなぎ)さんのご家族については捜索中ですが、最悪の可能性が高いとパティは言っていました」



「……そう」


 パティが言うならそのとおりなのだろう。がせめてなにか、残したものがあって欲しい。


「さて、それじゃベッキーの話を聞こうか」


「え」


 小さな着物を椅子に座らせる。「遅れてごめん。なにがあったんだい、ベッキー?」


「い、いえ、なにもありません、マスター」


 いつもならパティが連絡係だ。それがベッキーが来たということ。つまり、ベッキーが塞ぎこんでいた理由を言いたい。聞いて欲しい。そういうことだ。


「レベッカ」


 合わされた両手を、そっと包み込む。「君が施設の出身だというだけで、謂れのないいじめを受けるのならそれは悪いことなんだよ。何度でも言うよ。なにかあったのなら、教えて欲しい」


 ベッキーはぐっと、目を瞑って言った。


「……あ、あたしの、す、スクール水着が、びりびりに、破られてて……せ、せっかく、マスターに買ってもらったのに……」


 隠されていた火傷の痕がじわりと蘇ってくる。普段は力ずくで押さえつけているもの。昔はこれで、この左頬に走る大きな火傷のせいでよく、子供の無邪気な悪意に晒され続けていた。


「そんなこといいんだよ。また買ってあげる。先生には言った?」


「い、言ったけど、これ、だれがしたのって、聞くだけで、だれも、手あげないから、あとで先生まで言いに来なさいって、先生はわかってるからって、それきり……あ、あたしに、なにも……言ってくれなかったぁ……」


 我慢していたベッキーが泣き崩れた。私はまた、守れなかったことを悔やみ……小さな少女を抱きしめるのみだった。子供は残酷だ。みなと違うというだけでそこを攻撃しようとする。それも無慈悲に。まだ十歳のこの子に親がいないというだけで、顔が少し違うというだけでどうしてそんなことをする必要があるのか。もはや大人となってしまった私には理解しづらいところだった。


「や、やっぱり、こんな力、持ってるからいけないんだ。このせいで、こんなことに」


「違うよ。それは絶対に違う。ベッキーが人より早く走れるからって、それでベッキーを傷つけていい訳はないんだ。絶対にね」


「マスター……マスターだけです、そんなこと言うの……ほ、ほかのお友達、みんなと違ったらなんで違うんだって、すぐ悪いことだって言ってくるから……」


「安心して。みんなと違うことは悪いことじゃない。誰がなんと言おうと私はそう思うよ。みんなと違うことが悪いことなら、人それぞれの個性も悪いことになる。ベッキーが人より優れていることは個性なんだ。そこを恐がるほうが悪いんだよ。誰がなんと言おうと、私だけはそう言う。ずっとだ」


「っぅ、うう……ますたぁ……大好きぃ……」


「私も好きだよ、ベッキー」


 妬まないことなどできはしない。だが、それで人を傷つけていいことなどありはしない。子供だから許されることでもない、子供だからこそ、しっかり教える必要がある。


 泣き止むのにベッキーも三十分以上かかった。


「こ、今度は大事にします。マスターにもらったものは、ちゃんと大事にします」


「いいよ。あげたものは君のものだ。なくしたっていい」


「いえっ。マスターにもらったものは宝物です。時計も、お洋服も、ケータイも、風船だって大事にします」


「……そう。ありがとう。でも、お洋服はもう着れないものが多いんじゃないかな」


「でも、マスターがくれたんです。一生とっておきたいんです」


 どうせ長くは生きられないから。


「ベッキー。君たちも長生きできるよ」


「……はい」


 嘘じゃないよ。本当に、君たちだって長生きできるんだ。いつか、教えてあげる。


 明日学校へ一緒に行くことを約束して。今日はもう寝るように言った。


「マスター、あたし、なんでもします。なにかあたしにできることないですか?」


「大丈夫、今はないよ」


「あ、あたし、もう十歳になりました。女の子らしくなったねって、言われるんです。だから、その……ぱんつ見たく、ないですか? あたし、マスターになら、下着も裸も、見られていいです。お、おっぱいとか、ないけど、あ、あそこも、触ってもらっても、いいですよ……」


 期待に満ちた目で、ベッキーはそっとすり寄ってきた。火傷の痕が消える。着物の裾をしっかりと握り締めて。


「そんなことはしないよ。もう寝なさい」


「……あたし、女の子になってませんか? まだ、子供ですか?」


「充分女の子だよ。襲いたくなったら言われなくても襲うから、覚悟しといて」


「っ、は、はいっ」


 紅潮したまま、ベッキーはおぼつかない足取りで部屋に戻っていった。……どの子も、ああいうことを言ってくる。自分たちを性欲の赴くままに犯して欲しいと頼み込んですらくる。まだ十歳になるかならないかの子供たちが、だ。恐らくそれは、みゆとまゆを抱いてしまったことが関係してるのだろう。自業自得、こうなったら皿までだな。


 あの頃もよく、ゆぅちゃんはいじめられていた。今も昔も、学校というものはなにも変わっていないのかもしれない。


 だからといって泣き寝入るわけにもいかないが。


 よしと一声を出し、
八尋(やひろ)さんに電話をかけようとして……彼女が携帯電話を持っていないことに気付く。おっと、別宅には電話がある。そちらにかけよう。



「もしもし、八尋さんのお宅でしょうか」


『は、はい。深町様ですのね?』


 信じられないほど早く出た。


「はい、夜分遅くにすみません。明後日は私は休みなので、この前のお話、返事を返させていただきたいかと」


『今すぐはダメですの?』


「それには少し説明が必要ですので。ゆっくり話して、決めてもらいたいんです。後二日だけ、待ってくれませんか」


『……わかり、ましたわ。二日ですのね? 待ち、っく、ます……』


「すみません、ずいぶん長い間待たせてしまって。明後日は必ずお会いします。そちらの都合のいい時間にこちらまで来てください」


『はい……私、本当に妾で構いませんの。恋人でなくともよいのです。深町様』


「その件は明後日に。すべて話します。では」


 切ってしまった。だがこのまま話し続ければずっと懇願を繰り返してきそうだ。こちらが切り上げないと。


 母親も昔はそうだった。国際電話だというのに時間を気にせず、長々と話をしたがる。そうか、明日だったか。迎える準備、はいいか。母の部屋はずっと空けてある。少し良子に掃除してもらえばいいだけだろう。


 
長坂(ながさか)さんはまた今度だな。向こうから来るのなら拒む理由はないが。毎日みんなの相手をするほうが疲れは取れるし、増えることに問題なんてない。みんなのほうが少々問題にするだろうが、なんとかしよう。



 ノックをしても返事がなかったので、「入るよ」と一言断りを入れて鍵のかかっていない扉を開けた。


 中では水村さんが、その長い髪の毛を丁寧に手入れしているところだった。……美しいな。女性が髪を櫛で梳いている姿は本当に美しい。


「ぁ……こ、こんばんは。ぉ帰りなさい」


「ただいま。ごめんね、千歳と同じ部屋で」


「いいえっ、とんでもないです、お母さんが来たなら、そっちと一緒がいいですから……」


 柚香里さんはみゆの部屋に泊めてある。先日そこに泊まっていた水村さんのほうから別の部屋がいいと願い出てくれたのだ。


「ゎ、わたしこそ、お迎えできなくてすいません。ど、どうしても髪が、言うこと聞いてくれなくて」


「そんなのはいいよ。それよりもね、またすぐ学校へなんて」


「行きます」


 かなり強い、口調。


「行かなくちゃいけないんです。義務教育は最低でもこなさないと。お勉強も
花雪(かゆき)ちゃんや、今日も千歳さんに見てもらいました。なんとかなりそうです」



「無理して行くことはないんだよ」


「いえ、今はもう、ほんとに怖くないんです。あなたのためなら、あんなの簡単です」


 目が生き生きと輝いていた。……恐ろしいまでの変容だった。豹変と言ってしまってもいいくらいに、変わってしまっている。


 これは危険だ。


「水村さん、あのね」


「あなたのためを考えたらこんなところでお世話になってちゃいけないんです。早く両親と和解して、自宅通いができるようになってから、憲先生にお仕えできるようになるんです。わたしも看護師にならなくちゃ。
静香(しずか)さんに負けてられないから」



 静香が、看護師? こ、ここでそんな、嬉しいことを言わないでくれ。


「水村さん、私のことより、自分のことを考えてくれ。君が怖いと思うのなら行かないほうがいい。無理して行ってこじらせるような真似だけは絶対にしちゃダメだ」


 櫛の動きが止まる。丸く点になった瞳が首を振る私を捉えて、唇を結ばせ、俯いた。


「……本当は、怖いです。怖いまま、だけど、あなたのことを考えるとへっちゃらなんです。あなたの言葉に勇気をもらったんです。だから、そんなこと、言わないでください……」


「水村さん。まずは私の関係者たちと、忌憚なく話せるようになろう。それからでも遅くないよ。今学校へ行くのは背伸びのしすぎだ。もうすぐ夏休みだ、それが明けてからで充分だよ。やめて欲しい」


「……はっきり命令して、ください。行くなって。そうしたら納得できます」


「行くな。君が傷つくのはもう、見たくない」


「っ……ううう、憲先生、天然でしょ? そんな台詞、自然と出てくるのおかしいですっ」


「あ、あれ? そう? ご、ごめんね、つい」


 天然……初めて言われてしまった。そ、そうなのか? まったくそんなの、身に覚えがないのだが。


「でも、う、うれしいです。ぇへへ……そんなロマンチックな台詞、男の人に言われたの初めて。恋人みたい……」


 なぜか、また自然と。


「なるかい? 私の恋人に。もう八人目になるけど」


「え……い、いいんですか? ゎ、わたしなんか」


 しゃがんで、この年にしても低い彼女と目線を合わせた。


「愛してあげるって言ったよね。あれは嘘のつもりじゃないんだけど」


 言ったからには、責任を持つべきだ。あの場面のことを嘘とするには、私はこの少女に暴行が多すぎた。


 潤んだその瞳も、長いその黒髪も、自信のない内向的な性格も、傷痕も全部。


 愛してみせるよ。


「……はぃ……よろしく、ぉねがぃします……」


 紅潮に紅潮を重ねた頬、顔中、耳まで不安になるほど真っ赤だった。震えて、若干涙ぐみ始めてしまった。必死に結ぼうとしている唇が愛らしく、同じもので塞ごうかとよっぽど思ったが、それはできずに。できるだけの柔らかさを持たせて、頭を撫でるだけにした。


「安心して。すぐにみゆたちみたいにしたりしないよ。君がいいと思うまで待つから。抱きたいと思うけど」


 そっと髪を梳かす。「我慢する」


「……は、は、はぃ……」


 上ずった高い声。嗚咽を始め、流れた雫を見たくないので胸の中に閉じ込めた。……細くて小さな体。この子もきちんとしたものを食べさせる必要があるな。柔らかい中にほんの少し、骨の出っ張りを感じる。痩せすぎだな、やはり。無理を言ってでも食べさせなければ。


 この上を見る視線は。ずっと微笑んだままでいてもらいたい。


「あ、あの、あのあの、ゎ、こんな、ゎたしのこと、女として、見れるんですか?」


「かわいい女の子じゃないか。あのとき見た上半身は、きちんと女性の胸の形をしていたけど?」


「……ぁ、ぅぅ……」


 耐性がみゆくらいないな。炎上しすぎだぞ。……かわいい……いや、今まで女の子として扱われることがなかったんだろう。ならばこれだけかわいらしいということを、他の男子に教えていかなければ。


 もっとたくさんの人を知って、君にお似合いの人を見つけてもらわないとね。


「じゃあもう行くね。……好きだよ、
詩音(ふみね)



「はっ、ぅぅぅ、ゎ、わたしも……す、すす、す、好き、です……」


 できるならその笑顔のまま、眠りについて欲しい。


 そうだ。もうこちらのほうがいい。こうしたい。言ってしまったんだ。後戻りは出来ない。なかったこととすればそれこそ、逆戻りだ。言った以上、責任を取るしか。ああ、やり方は最悪で間違っている。でも他に思いつかない。抱くつもりなんてまったくない。普通に人間として、愛してあげるだけだ。


 扉の向こうで眠る、涙を流す人のことも。


「あ、おかえりなさい、憲邇さま」


「ただいま。柚香里さんはどう?」


「はい、もう熱はないんですけど、その……」


 口ごもるみゆが視線を戻すと、確かに今も涙が流れているようだった。薄く透明で、あまり見たくないもの。ゆぅちゃんの泣き虫が直ったのはずいぶん後だった気がする。


「ときどき、こんな風に泣いちゃうんです。大丈夫でしょうか」


「大丈夫だよ、みゆがついててくれたんだから。みゆがいなかったらもっと泣いてる」


「そ、そんなことないです」


「本当だよ。寝ててもね、誰かが傍にいてくれるだけで看病されているほうは嬉しいんだ。ちゃんとわかるから」


「……憲邇?」


 柚香里さんが目を覚ました。部屋を見渡し、一瞬怯えかけたが、そこにいるみゆの顔に安堵していた。


「あ、こんばんは、先生」


「こんばんは。どうですか、体調のほうは」


「はい、全然平気です。みゆちゃんがいてくれるからかしら」


「みゆだよ。ちゃんづけしないで」


「ああ、ごめんね、みゆ」


 まだ少しぎこちない二人。みゆがこんなにもアプローチしてくれることに感謝だった。


「……あのー、先生はご結婚なされてるんですか? わたしは結婚してませんよね?」


「はい、二人とも未婚です」


「そうですか……じゃあやっぱり、あなたがわたしの弟だなんてそんなわけないんですね」


「──」


 あまりの核心に意表を突かれ、動揺を隠すことができそうになかった。私こそ混乱しそうになる。


「お互い未婚なのに名字も違う、住所も違うんじゃ違いますよね。なんだ、ちょっと、期待してたのにな……あ、夢で見たんです。見て、なんていうか、起きたときに記憶が戻ってたっていうか。でも勘違いだったんですね。夢を見て、そうだって思い込みたかっただけなんですね。なぁんだ……」


 あなたが弟だったらよかったのに。


「……」


 ゆぅちゃんは寧ろ弟でなければよかったと何度も何度も泣きそうに話してきた。弟でさえなければなにも問題ないのに、と。


 僕だってそうだったのに。


「弟なんかよりも、今は大切な娘がいるんです。そちらのほうがいいですよ」


「はい、そうですね……」


「……草薙さん、先ほどはすみません。でも今のあなたの病状を鑑みるに、ここに住むのが治療として最適かと思います。理由は……」


 私が君の弟だから、絶対に襲ったりはしない、と。言えるはずもなかった。


「私が医者だからです。男ですが、絶対に襲いません。誓います。ここにいてください。ここは安全です。襲われると恐怖してしまう今の自宅よりは」


「……はい」


 なんとか、微笑んでくれた。


「しばらくここで養生してください。今の状態で仕事に向かう必要もありません」


「……」


「お母さん、お腹すいてない? ずっと寝てたからすいてるでしょ?」


「あ、うん。少し」


「じゃあ良子さんが用意してくれたのあるから、一緒に食べようよ。憲邇さんも一緒に」


「うん、そうだね」


 今の柚香里さんにとっては他人と初めて過ごす食事になる。なるべく楽しくしよう。


 他の人たちもまだ夕食をとっていないそうなので一緒になる。私の家は元々祖父が大勢の人を招きたいとして食堂は広くとってある。以前は広すぎて辟易したものだが、今となってはありがたかった。広い家もたくさんの人に使ってもらえれば本望だろう。今までは殆ど良子一人が使っていたようなものなのだから。


「お母さん、憲邇さんのお話聞いてた? ちゃんと食べなきゃダメだったら」


「でも、太りたくないし」


「草薙さん、今ここで体重言ってもいいんですよ」


「職権乱用でしょう、卑怯ですっ」


「あらあら、あなたが食べさせてあげたらいいんじゃない?」


「そうですね、みんなの前で食べさせられるのが嫌なのでしたら、自分で食べるんです」


「ううう……わかりましたぁ」


 半ばやけくそ気味にご飯を何口も口に運んだ。


「お母さん、もう、極端だよ」


「う、ごめん」


「詩音ちゃんももうちょっと多く食べよう? 先生に食べさせてもらう?」


「……は、はぃ、で、できたらそっちが……」


「しょうがないね。はい、ちゃんと主食も食べないとダメだよ」


 ご飯を少し多めに彼女の口に運ぶ。隣には水村さんとまゆがいるが、反対側にいる子供もこっちをじっと見つめ、ちょっと口を開けた。そちらにも運んでおく。


「ぁ、ありがとぅ。おぃしぃ」


「おいしいよっ、憲邇さん」


「ありがとう。よかったね、
葛西(かさい)さん」



「はい。作った甲斐がありますね。でもご主人様はおいしくないのかなぁ」


「おいしいからおかわりもらおうかな」


「はーい」


 ご飯茶碗を持っていってもらった。こういう支度をするときの良子はやっぱり似合っている。女中が天職なんだろう。


「ご、ご主人様って、なんですか?」


「ああ、彼女はうちの女中さんなんです」


「ます、憲邇さん、メイドっていうんです。いつになったらそう呼んであげるんですか」


「そうだけど、女中か、せめて家政婦のほうがしっくりくるんだよなぁ」


「あ、家政婦ですか。そう、ですね。すごくかわいい格好してますけど、やってることはそのとおりですね」


「そうですよ、ご主人様が初日にこの格好しなさいって無理矢理押し付けたんです。私は割烹着にされると思ってたのに」


 大盛りで戻ってきた良子が適当なことを言ってくる。弁明させてもらえるなら、初日からあの格好で私や周辺住民を驚かせたのは彼女のほうです。


「良子さん、嘘つくなよ。自分でやりたいって好きだって言ってたくせに」


「うふふ。はいそうです。でも、ご主人様だって好きなんですよ、この格好」


「そうねぇ、私もやってみようかしら。そのほうがあなたも喜ぶでしょ?」


「みんなでやりましょうよ。あたしも着物じゃなくて、そういう格好もいいなって思うんです」


「憲邇さん、みゆもあんな格好でごほうししたいです」


「う、でも、衣装がないだろう? 衣装がないことには」


「じゃあみんなで作りましょう。私がみなさんに教えていきます。ただし私がメイド長ですよ?」


 はーいと大きな唱和になった。まったく、仕方ないな。


「……あ、あの、尾方さん、は、あ、あなたって、先生のこと、呼んでるん、ですか」


「そうよ? あら、なにか勘違いしちゃった? 私もね、何回もプロポーズしてるのに受けてくれないのよ。ひどいわよねぇ?」


「お母さんだって無理だよ。憲邇さんいろんな人にプロポーズされてるもん。あたしとするのに、待っててくれてるんだよっ」


「ご主人様は犯罪者ですからね。私としてくれるなら今すぐでもOKなのになぁ」


「あ、私も母が先生ならいい関係を築けるわねぇって後押しされました」


「残念だけど、私はまだ落ち着くつもりはないよ。私は今自分のことで手一杯だから」


「……モテるん、ですね、先生は。みんな、先生のことが、好き、なんだ。わたしにこんな、親切だから、みんなにも、なんですね。そっか……」


「あ、お母さん、憲邇さんがだんなさまだったらいいなって思ったでしょ?」


「お、思ってるわけ、ないでしょうっ。め、目が覚めたとき、傍にいたから、た、大切な人なのかなって、そう、思っただけで」


「憲邇さん、お母さんに言わないの? 昔、お母さん憲邇さんの」


「言わないよ。……私からはね」


 しまった。みゆは別に姉だということを言いたいわけじゃなかったろう。そうだ、昔に恋人だった、はないにしても知り合いだったとぐらいは言っていいのかもしれない。


「あーあ、また憲邇さんオトメゴコロを奪っちゃったね。おんなったらし」


「ち、違いますっ」


「あーら、あなたの好みって長い黒髪でスカートやワンピースの似合う女じゃなかったかしら。透き通るくらいの白い肌も大好きで、家庭的な女も好き、それとスカートがふわふわひらひらするのも大好きなのよね、変態っ」


 くっ、言い返せない。そのとおりなのだ。


「……ふ、ふぅん。そうなんだ。だ、だからみんなスカートなのね」


「そうだよ。よかったね、お母さんもひらひらするワンピースで」


「べ、別にそういうつもりで着てたわけじゃないわよ、きっと」


「どうかしら。うちの人の愛人三号だったから言い出しにくいだけなんじゃないの?」


「尾方さん、じゃあご主人様の本妻と、一号二号は誰ですか」


「本妻は私でしょ、一号はまゆで、二号が」


「お母さんっ! ふざけてるとけとばすよ」


「ごめんね草薙さん。尾方さんは結構あんな冗談を言うんだ」


「は、はい。わかってます」


 本当に困ったものだ。また少し箸が止まっている水村さんに気付いたので、また閉じた口に無理矢理ご飯を運んでいった。戸惑いながらも開いてくれたのでよしとする。


「あ、お母さんもお野菜ばっかり食べてないでご飯食べなよ。こんなにおいしいのに」


「う、うん……わたし、少食だったのかな……」


「先生が言ってもなかなか聞かない人って珍しいですね。私たちはみんな先生の言うことならなんでもすぐ聞いちゃうのに」


「そ、そうです。憲邇さんの言うことなら、あたし、なんでも聞けます」


「ゎ、わたしもっ」


「私も元からメイドですから、ご主人様の言うことを聞かないなんてありえませんね」


「こらこら、まるで私がいつも君たちに命令してるみたいじゃないか」


「そういうことじゃないわよ。私たちは、あなたの言うことなら進んで聞きたがるだけ。ねぇ、みゆちゃん?」


「は、はい。やっぱり、お医者さんの言うことは聞いておくべきだと思います」


「……そうね。みゆの言うとおりかな。なるべく食べるわね。でも、すぐにたくさんは無理よ」


「そうだよ、ちょっとずつがんばってこうね。無理すると大変なことになっちゃうから。はい、憲邇さん、あーん」


「……おいしい」


 また、笑顔が見れた。撫でた顔につられてしまう。


 まゆも水村さんも、なによりみゆも、以前はあんなに暗く冷たい顔をしてたときもあったのに、今はこうして笑顔でいられる。喜びだった。誰かを笑顔にできることは、なによりの。


 だからこそ、柚香里さんも笑顔にしなければ。絶対に。大好きな──


「……な、なんですか?」


「あ、いえ、なんでも」


「あーら、なんでもなくないわよ。この人はね、ご飯をおいしく食べる女も大好きなんだから」


「そうですね、先生みんなの前で堂々と言ってましたから」


 ……黙ってよう。うん、おいしいな、ご飯。


「や、やめてください、さっきから……勘違い、しないでください、させないでください。わたしは、こんな人なんて知らないし、好きでもなんでもないんです。お世話してもらったからって好きになったりしません。ちょっとだけ思い出したんです。子供の頃に一緒にひまわり畑で遊んだ男の子がいたんです。その子が好きだったんです」


 それは、あの日の。ああ、どこまでも覚えている。


「へぇー、その子の名前わかる?」


「けんじって、呼んでました」


「……」


 みなが一斉に黙る。「この人、深町憲邇っていうんだよ。さんざん呼んでたじゃん」


「で、でも、違うけんじです。よくある名前じゃないですか」


「憲邇さんは覚えてないの? ちっちゃい頃の柚香里さんと遊んだこと」


 きつい問いかけだった。覚えてないはずがない。だが今、それを言っていいものか。


 その期待に満ちた目には、応えたいのに。


「……小さい頃にひまわり畑で遊んだことはあるよ。でも遊んだってことしか覚えてない。もしかしたら、草薙さんだったのかもしれないけど」


「ほ、ほら、違うでしょ? 違うよ、こんな人じゃなかったから。違うと思う。こんな優しい人」


 好きになりたくない。


 痛いくらい、胸が締め付けられた。


「お、かあさん? なんで、やさしい人、好きになりたくないの?」


「だって、優しい人は怖い、優しくして、優しくしたからって近づいてくるの。いいだろ、いいじゃないか、って。乱暴に、大声出そうとしたら叩くの、殴るの。髪引っぱられて、痛くて、泣く、と、もっと面白そうに、するから……っ! 怖い、怖い、怖い……優しい人が、一番、怖い……!」


 記憶が戻りだしたのかがたがたと震えだした。思わず駆け寄ろうとして、私ではそれは叶わないと気付く。明らかに男性に乱暴をされていた。叩かないで、あの言葉の意味。


「お母さん、大丈夫だよ。憲邇さんは大丈夫。ね? ほら、泣かないで」


 本当に……柚香里さんにとって、みゆは癒しでしかないのだろう。こんなにも彼女に安らぎを与えるものだとは思わなかった。子供は強い。いつもそう思う。


「信じたい、けど、やだよ、好きでもないのに、襲ってくるの、嫌、助けてくれた人が、また襲ってくるの、嫌って言ったら、叩いてくるの。そればっかり。もう、信じられない……」


「柚香里さん、あのね、みゆちゃんもおそわれてたのを憲邇さんが助けてくれたんだよ。でも憲邇さんみゆちゃんおそってなんかいないよ」


「それはみゆが子供だからでしょ? わたしはもう大人なの。大人で、力がないから襲われる。なんで、そんなことばっかり、思い出してる……」


 言ってやりたくなった。私は本当に君の弟なんだと、だから絶対に傷つけたりしないと、言ってやりたい。言えない、そうと知ったらみゆのショックは計り知れないだろう。証明するにはやはり、長い時間の付き合いしかないのだろうな。


「お母さん、大丈夫だよ。憲邇さんは絶対に大丈夫。みゆの言うこと、信じて」


「しんじ、れない。まだわたし、あなたが娘だって思えないもの……あっ」


 みゆが少し悲しげになる。だが首を振って。


「憲邇さんね、元の記憶のお母さん、好きだったんだよ。だから絶対におそったりしないの。……あの、あのね、憲邇さんとお母さん、昔、恋人同士だったんだよ」


「えっ」


 驚きに顔を上げ、こちらを見上げてきた。


「ごめんなさい憲邇さん、みゆは言ったほうがいいと思います。憲邇さんだけでも、信じてもらわないと」


「いや、いいよ」


 言っておくべきだった。


「……ほ、本当ですか」


「はい。高校時代から二年、恋人同士でした」


「……だから、なんだ。だからこんなに、優しくしてくれるんだ……」


「お母さん、だからね、絶対乱暴しないよ。安心して」


「恋人……うん、そうね……あ! お、思い出した。そうだ、わたしの初めて、だったかも」


「はじめて?」


「まゆにはあとで教えるわね」


「……そう、だ、思い出した、すっごく、らぶらぶだった人だ。初めて、本気で好きになった人だっ。万華鏡、プレゼントしてくれたよね? 綺麗だったの、わたし覚えてる。まだ持ってるかなぁ……お祭り、行ったよね、かんざし、似合ってるって言ってくれた。デザート作るのが得意なの、ロールケーキとかわたし教えてもらって、それと小説が趣味なのよね、恋愛小説とか、たまに普通の純文学っぽいのとか書いたりしてて」


「お母さん、落ち着いて。座ってよ」


「あ、うん」


 今度は興奮と期待、それからわずかにまだ恐怖を残してこちらを見つめてきた。


「よかったぁ……あの人、ううん、憲邇だったら大丈夫だよね。すごくすごく優しくしてくれたし。あ、そっか。憲邇が優しすぎたから、ほかの人もちょっと信用しすぎちゃって、それで痛い目見たのね。なんだ、憲邇のせいじゃない、バカ」


「そうだね、私のせいかもしれない。ごめん」


「な、なに言ってるのよ、襲うやつが悪いのよ、憲邇は悪くない。憲邇よく言ってくれたもんね、そんなに無防備になると危険だって、付き合い始めの頃さ。あはは、バカなのわたしじゃない」


「君のせいでもない。絶対に。君の言うとおり、犯罪は犯すほうが悪いんだ」


「……うん……ほんとだ、覚えてるなぁ、この感じ。なぁんだ、懐かしい匂いって、憲邇の匂いだったのね。ふふ……」


 視線が下に向かう。「あ。ってことは、みゆはわたしと憲邇の娘なの?」


 みゆがこちらを窺った。軽く首を振り、「違うよ、私と別れた後に付き合った人とできたんじゃないかな」誤魔化すしかなかった。


「……そう、か。ふぅん、信じられないな。憲邇と別れたなんて思い出せないし、憲邇みたいに好きになる人、いるとも思えない」


「はいはい、もうほんっとらぶらぶねぇ。悪いけど、私だってこの人と同じくらい好きになる人はいないって断言してやるわ」


「んだよ、あたしだってそうだね」


「私もご主人様しかいません」


「はい、私も先生だけです」


「あたしだってま、憲邇さんが好きです」


「ゎ、わたしだって好きです」


「お母さん、みゆもね、憲邇さんみたいに好きになる人なんて、絶対いないって言えるよ」


「なぁんだ、ライバルいっぱいだなぁ。ふふ、また憲邇に告白したら、憲邇ほかの人蹴って、わたしと付き合ってくれないかなぁ」


「……」


 ああ、できたらそうしたい、なんて考えるな、最低極まりない。


「そうなの? 憲邇さんモトカノと別れて柚香里さんとつきあってたんだ?」


「そうなの。年上で美人で巨乳の人より、わたしを選んでくれたっけ」


「ま、まあそれは仕方ないわよ。この人は巨乳より小さいほうが好きだから」


「そ、そうです、その記憶は怪しいですよ。ご主人様は巨乳が好きだって、お仕事中いっつもちらちら見てくるんですから」


 そうなのか。やめないとなぁ。というより、二人とも一致してないよ。


「先生、なんで柚香里さんを選んだんですか?」


「ごちそう様。さて、私は仕事が残ってるから」


「憲邇さん逃げんなよっ! 教えないと一週間ご飯抜きにするよっ」


「……あんたが好きだから、付き合いなさいよ、じゃないとぶっ飛ばすからねっ、と言われたから」


「な──そ、そんなこと言ってな、い……ごめん、言ったけど、でも、それで怖くて付き合ったってこと?」


「違う違う、その告白の様子がね、もじもじしてて、そっぽ向いてて、かわいかったから。でも断ったんだ、お付き合いしてる人がいるって。それでも柚香里さんは諦めずに何度も告白してくれて、何度も何度も砕けにきたんだ。それで、そのうちね」


「そうなんですか。憲邇さんとおつきあいできるようになるにはあきらめないことが必要なんですね。なーんだ、簡単簡単。あたし、あきらめませんよっ」


「ええ、全員そうね。諦めないぞ?」


「おー!」


 また唱和した。本当にみんな、どうしてこうも仲がいいんだろう。普通はいがみ合うかなにかするかと思うのだが。


「け、憲邇は今彼女いないの?」


「いるよ」


「わ、たしじゃ、なかったよね?」


「そうだったら、付き合ってくれる?」


「……ぅ、うん」


 言って欲しいことを言わないでくれ。君は昔から、私の望みを叶えすぎだよ。


「あー、お母さんずるだよっ。さっきだんなさまじゃなくていいって言ったのにっ。ダメだよ、憲邇さんのか、彼女は、みゆなんだから」


「へへんだ、あたし今憲邇さんとどうせい中だからね、あたしがつきあってるの」


「あら、私だってこの人と一緒にお風呂入ってるわよ?」


「そんなの昔からあたしもやってましたっ」


「私なんか二年もこの家にお仕えしてきたんです。私が一番親密です」


「まあまあ、いいじゃないですか。みんな先生のこと好きで、みんな仲良しなんです。ここから各々、先生との特別を作っていったもの勝ちですよね? 詩音ちゃん?」


「え、ぁ、は、はい」


 よし、なんとか誤魔化せたな。このまま普通に話していって、仲良くなって打ち解けてくれたらと思う。


 過去の話はいつか、ゆっくりしよう。


「で憲邇、わたしと今も付き合ってたの? 教えてよ」


「……いや、恋人ではないよ。最近こちらに来たんだ。そうだ、言ってなかったけど、以前の君から説明を受けたことは教えとこうか」


 みゆにまつわる経緯を説明した。彼女は若干驚いているようだが、これで元恋人というだけでどうしてこんなことになっているのか、理解してくれたようだった。


「ごめんねみゆ、お母さんひどいこと言っちゃった」


「ううん、いいよ。ピクニックしたんだよ、憲邇さんと三人で。またしようね?」


「うん、いいわね。三人で、家族みたいに」


 家族、か。本当にそうなんだよ。いつか言える日がくるから、待ってて欲しい。


「よし、ご飯も終わったし、今日はだれが憲邇さんとおんなじお布団で寝るかじゃんけんだね」


 え、いつからそんなことしてたんだ?


「望むところです。勝った人が一緒で、ご主人様になにしても、なにされてもいい権利をもらえるんですね」


「あら、いいわねそれ。私も混ぜてもらおうかしら」


 柚香里さんを除いて全員が利き手を奥へ引っ込めた。テーブルの中央見つめ、私が止める間もなく掛け声が上がり、大人数のため壮絶なあいこ合戦が繰り広げられたのだった。ちゃっかり柚香里さんも出していた。仕方ないので私は所在無げに食器の後片付けに入ったのだった。


 意外とすぐに決着はついたのか、何枚目かを洗い終えたところで後ろからみゆの駆けてくる足音が聞こえた。


「憲邇さん、みゆ、勝ちました」


「そう? よかったね」


「あ、みゆも手伝います」


「ありがとう」


 隣に台を用意し、その上に立って腕まくりをしてくれる。洗った食器を手渡すのも今ではすっかりスムーズになった。


「それで、お母さんとまた三人で寝ようって思うんです。いいですか?」


「もちろんいいよ。その前にちょっと時間もらうけど」


「はい。ベッキーさんも憲邇さんのこと好きなんですね。すごくくやしそうでした」


「付き合いが長いからね。ベッキーは赤ちゃんの頃から知ってるし、本当に父親だと思われてる節があるかな」


「そうです。お父さんでだんなさまがいいですよね」


「あはは。そうだね。それはいいね」


「……け、憲邇さん、こういうのって、しんこんさんって、この前学校で言われました」


「確かに新婚みたいだね。今度夕食の材料二人でお買い物に行こうか」


「い、いえ、一回、一人で行ってみたいです」


「そっか。じゃあ一人でおつかい任せてみようかな」


「はい」


 問題もないだろう。もう老人の影もない、が、そうか、みゆはかわいいから誘拐に遭うかもしれないな。なんとかバカ丸出しで後をつけたいが……やめておこう。


 それから少し他愛のない話を続けて、食器洗いを終えた。後ろで数名、誰かが耳を立てている気配があからさまだったが、知らないフリをしておいた。


 これだけいてしかも女性が多いとなるとさすがに入浴時間が長くなるものだった。私も千歳と入ったので、まあ、若干長かったが。後でいいとみんな言うので、やむなく最初に入らせてもらってしまった。


 なぜか柚香里さんは、頑なに誰かと入ることを拒んでいた。


 湯上りに髪を梳かす柚香里さんをまた見れて嬉しいな。うん、良子も千歳もベッキーも長いし、水村さんも長くてよかったし。みゆもまゆももう少しだね。
絵里(えり)さんはこの前長いのを見たけど、短くても似合ってた。



 長い髪は本当に綺麗だな……ベッドの隣で柚香里さんがみゆと楽しげに会話をしながら梳かしているその所作はすごくぐっとくる。ちょっと私もやってみたい。


「みゆも今度ドライヤー使いたいなぁ」


「そう? みゆも長いから使ったほうがいいかしらね」


「長くないよ、お母さんぐらいがいい。それとお母さんみたいにけしょうひんも使ってみたいなぁ」


「みゆには早いわよ。あれはね、若くなくなった人が使うの。お母さんもう若くないし、みゆはこれからでしょう?」


「そうかなぁ。早く大きくなりたいよ。横に並んだときとか座ったときにね、憲邇さんの肩にこてん、って頭を乗せられるくらいがいいなぁ」


「まぁ、理想ね。ふふ、お母さん実はそれくらいの身長差なのよ」


「わぁ、いいなぁ……ね、ね、やってみて」


「できるかなぁ」


 試しに隣に座ってみると、確かにちょうど柚香里さんが頭を乗せられるくらいの差だった。……軽い、小さなものを肩に感じる。


 懐かしい感触。


「うわぁ、いいなぁ……ずるいよお母さん、代わって代わって」


「はいはい」


 ちなみにみゆが隣に座っても肩どころか頭の先が胸の辺りまでしかこないので、体重を預けて腕を組んできた。柚香里さんも笑ってる。


「でもよかった、わたしが勝ってもみゆが勝ってもいいんだから」


「お母さん、ほんとは憲邇さんと二人っきりがよかったでしょ?」


「そういうこと言わないの。みゆだってお母さんに気を遣わなくていいのよ?」


「ううん、みゆはね、もうたくさん憲邇さんと二人っきりでおんなじお布団で寝てるからいいの」


「ふふ、よかったわね」


「お母さんも恋人のときたくさん寝たんでしょ?」


「さあ、お母さん記憶喪失だから」


「あー、ずるーい。憲邇さん、教えて教えて」


「みゆちゃんと同じくらいだよ。もう寝ようか。夜更かしすると体に悪いからね」


 三人、川の字になろうとしたのだが、みゆがこうしたほうがいいと言って聞かず、私を中心に二人が横にいる形となった。


「お母さん、憲邇さんのこと好きって思い出してよかったね。憲邇さんがんこだから黙ってるつもりだったんだよきっと」


「そうね、ほんとよかったわ……ほ、ほんとはね、目と目があったとき、すぐ、びびっときたの。電気が走って、ああ、好きって」


「そうなんだ? いいよね、そういうの。みゆも、憲邇さんに、み、みゆみたいなかわいい女の子が好きって言われて、すぐ好きになったの」


「首っ丈ね。そうだ、昔っから憲邇は女ったらしだったっけ。女の子みんなに優しいの。でもね、付き合うともっともっと優しいのよ?」


「うんっ。知ってる、憲邇さんみゆをとっても大事にしてくれるの」


「ダメよみゆ、憲邇とはキスまでにしときなさい。えっちなことしようとしたらぶっ飛ばしてやるの」


「い、いいよ、憲邇さんなら。え、えっちなこと、大きくなったらしていいって先生も言ってたから、大きくなったら、したいな」


「まぁ憲邇ぃ、責任重大よ? 女の子にここまで言わせて責任取れなかったらわたしがぶっ飛ばしてやるわ」


「うん、わかってる。大きくなったら考えるよ」


 もう今も充分大きいけど。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


「おやすみ」


 みゆは私に抱きついたまま、胸に顔を寄せて眠りについた。柚香里さんは若干距離がある。みゆの方を向いていた瞳がこちらになり、じっときついものに変わった。


「……憲邇、これだけ、言わせなさい」


「なに?」


 くるりと向こうを向いた。


「あの中に彼女がいるんなら、始めから言いなさいこのバカ」


「え」


「今さらよりを戻そうとか、思ってるけど思ってないんだから、あのとき先に言ってくれたらいいのにこのバカッ、変態っ。どうせあなたは年上の美人お姉さんにリードされて幸せなんでしょうけどっ」


「え、いや、あの」


「みゆの前ではああ言ったけど、ほんとは別にあなたのことなんか好きでもなんでもないんだから、勝手に勘違いとかしないでよねっ。あれは子供のための建前なの。みゆが仲良くしてるからわたしもそうしようって、それだけなんだから」


「……ごめん。隠してたわけじゃ。どうして気付いたの」


 黒い後頭部が、まるで泣いているかのように何度も持ち上がる。


「なによぅ、わたしがいるのに、こんなに近いのに堂々とえっちしたじゃないっ、ばかぁ……ばかぁぁ、さいてぇ……ううう」


 知られていた。わからないと思った、なんという間抜けさ。


「匂いでわかるもん、憲邇がえっちした、えっちで変態な匂いめちゃくちゃしてたもんっ。ううう、そのあとにお風呂になんて入れないでよぅ、最後に入りなさいよ、ばかぁ……」


 今度ははっきりと泣いてしまう短い音が聞こえる。黒髪が揺れに揺れ、柚香里さんのほうにある右手を動かしたくてたまらなかったが、なんとか抑えつけた。


「わたしが独占欲の塊だって知ってるでしょぉ、ひどい、わたしっ、思い出したの、あなたのことこんなに好きだって、思い出したのにぃ……っ、別れてよぅ、わたしが一番憲邇を好きなのぉ……憲邇、言ったでしょ、付き合うなら、結婚は視野に、いつも、いれ……ううう! やだぁ、今付き合ってる人と結婚なんて考えちゃやだぁ! わたしには憲邇しかいないもん、あんなに美人なら引く手あまたでしょう、いいじゃない、みゆも喜ぶもん、わたしに、わたしを選んでよぅ……」


「お母さん、わがまま言っちゃダメだよ、もう寝よう」


 起きていた。みゆは今日一日、まるで柚香里さんの母親のようになっていた。


「あ、ううう、ごめんなさい。そうだ、わたしこんな女だった。好きだ好きだって、そればっかで憲邇のこと考えてなかったよね。重くて、めんどくさかったよね。ごめん、ごめんね、変わるから、ちゃんと、いい女になる、から、嫌いにならないで、忘れないで、離れても絶対、忘れないでよぅ」


 こちらを振り向けない、柚香里さん。振り向かせられない私。触ることもできず、また空虚な言葉をバカのように言ってしまうだけ。


「忘れない、絶対。どこにいても、ずっと覚えてる」


 ああ、本当なんだ。


 くるりと元に戻って、大量の涙に濡れた彼女ががしっと抱きついてきた。今までの台詞にこの体温、くすぐる匂いと柔らかさ、こちらを見上げる、突っ張ったような無理した表情。


 狂いそうなくらい、かわいい。


 愛しい。


「明日、彼女が見たら浮気だって思うくらいくっついてやるっ。嫉妬させてやるの。わたしだって、めちゃくちゃ嫉妬してるんだからっ。憲邇、なにしてもいいよ。わたしだってあなたを興奮させられるんだから」


「お母さん、みゆまだ起きてるよ。ダメだよ、今日は我慢して。……みゆはお母さんが憲邇さんとなにしててもいいけど、今日はもう寝ようよ。ね?」


「あ……ごめんね、みゆ。お母さんのほうが子供だわ。うん、おやすみなさい、みゆ。大好きよ」


「みゆも大好きだよ。会いに来てくれてありがとうね」


「──ええ、ええ、どういたしっ、まし……っ」


 また声もなく泣いてしまう柚香里さんを、今度こそ(別の意味になったからと喜んで)抱き寄せて、頭を撫でた。


 みゆがいてくれたよかったと。みゆがこんなにも成長してくれていてよかったと。心から思った。


 みゆを好きになってよかった。


 誰がなんと言おうと、そう思う。
















「ダメです憲邇さまぁ、そんなの無理ですよぅ」


 ……わたしの娘はこんな寝顔なのね……くすぐったそうに笑ってる。それにしても、憲邇様。この子にとってはそう呼びたいくらい、王子様なのかしら。


 高校の頃の声の甘い人は、わたしにとっては王子様でしかなかったけど。


「……バーカ。離れててもずっとわたしのことを忘れずに、別の彼女なんて作るんじゃないの。今の彼女と別れたくなーる別れ……わたしのことを好きになーる好きに」


 なにやってるのかしら。変わらない心なんて、変わらない人なんていないのに。


 変わらないわたしが、おかしいのね。


 前は朝に強くて、絶対わたしより先に起きてたけど、今は朝になるのにわたしのほうが早かった。


 ……寝顔、すごくかわいいなぁ。子供みたい。今のうち、みゆが起きないうちに、キスしとこう……もう、もう一回だけ……最後に一回……まだ大丈夫だから、駄目押しに……


 変わってない。キスすればするほど、もっとしたくなる人。この人が起きてれば、そういうキスにすれば、もっともっとしたくなるのに。


「もう、いい加減起きなさいよ。せっかくわたしがこんなにくっついてるのに。前はさ、腕組んだだけで胸の感触にあたふたしてたくせに。わたしね、胸ちょっと縮んでたのよ。あなたが揉んでくれないせいだからね。その癖腰周りは細くなってくれてないし。やっぱり気を張る相手がいないとダメになるのかしら、わたし」


「お、か、あ、さ、ん」


「あ、みゆ起きたのね。おはよう」


「……」


 みゆはどこかへの字に口を曲げ、憲邇の体をよじ登りわたしと同じように唇を塞いだ。


「……んっ、んぅ……憲邇さん、みゆずっと、好きですからね、ん、大人になったら、およめにしてください、んっ、みゆを、もらってくださいね……」


 時折、じろっとわたしを睨んでくる。な、なによぅ、キスぐらいいいじゃない。


「お母さん、おっぱいそんなにおしつけるのずるだからねっ。みゆだって大きくなったらおっきくなるんだから。憲邇さんにもんでもらって、おっきくするからねっ」


「ふふん、残念ねみゆ。女が恋で戦うのにルールは無用なのよ。使えるものはなんでも使うの。ぺたんこのみゆが悪いのよ」


「ううう……ひきょうだよっ、お母さん昔恋人だったんでしょっ。今くらいみゆに分けてよ。今は憲邇さんかわいいって、好きって言ってくれてるけど、きっとそれちっちゃいからなだけだもん。大きくなったらかわいくなくなるよ……お母さんみたいにね、大人になってもかわいいままなんてずるいんだから」


「ううん、でも私はかわいい子が好きなんじゃなくて、みゆが好きなんだけどな」


 憲邇が目を覚ました。「ごめん、ちょっと前から起きてた。あの、二人とも離れてくれるかな。しがみつかれてると、起きられない」


「ダメよ、憲邇はしばらくわたしたちといちゃいちゃするの」


「そうです、今だけ、みゆたちだけのものなんです。みゆも好きです。大好きです」


「わかったよ。ただ、学校にも仕事にも遅れないぐらいで勘弁してね」


「……」


 仕方ないので先にどいてやる。あの腕、ほんとに好きだなぁ……すごく絡まりやすいの。


 やがてみゆも満足したのか離れて、着替えに入る。みゆはなんの躊躇もなく、憲邇の前でパジャマを脱ぎ始めた。


「こらみゆ、ダメよ、みゆのお部屋行って着替えましょう」


「え、なんで?」


「なんでって、みゆは女の子でしょう? 男で狼の前で着替えなんかしたら襲われるの」


「あ……そ、そうだね。あはは、で、でも、みゆ、憲邇さんになら、見られてもいいの。は、恥ずかしいけど、いいって思うな。おそわれても、憲邇さんなら……」


「ダメダメ、みゆ、狼はかわいい女の子を食べちゃうのよ。がぶっと噛みつかれてもりもり食べられて死んじゃうんだから」


「そうだよ、着替えは自分の部屋でしなさい」


「……はい」


 妙にすごすごしてる。あ、いつもはそんなの気にせず一緒にしてるのね。同じ布団で寝てるならそのほうが自然といえば自然かしら。でも、ここは締めるところよ。


 汗っぽいので(これで憲邇にくっついてたかと思うと後悔してしまったけど)シャワーを浴びた。……みゆと一緒には、絶対に入れない。なぜなら……


「ううう……っく、うぇぇ……こんなの、絶対、憲邇に……っく、ううう……」


 誰にやられたとか、どうしてこうなってるとか、思い出したくなかった。


 あんなに好きだったお風呂場が、もう好きになれそうにない。


 ……ひとしきり泣いてから、どうにか気持ちを切り替えた。こうなってしまったわたしでも、また憲邇に見初めてもらえるって、認めてもらえるって、妄想して。


 両親にも見せられない。お母さんが知ればきっと、悲嘆してしまう。こんなものがあるけど眉をひそめない相手なんて、どうしたのと聞かずに大丈夫? と聞いてくれる相手なんて、きっと記憶が戻っても憲邇しかいない。


 わたしの着替えはどうやらある程度持ってきてもらっているらしく、何枚もたんすの中にしまわれていた。花屋で働いてるんだっけ。どんなのがいいんだろ。


「……いいなぁお母さん。下着かわいい」


「ありがと。みゆとおんなじ色ね」


 たんすの中にある下着とわたしの下を見つめてみゆが言う。今は最初から下に着ていた隠すためのスリップと袖のあるシャツをまた着ている。どうしてこんなにも重ねて着ていたのか最初はわからなかったけど今では当然だった。みゆにあんなものを見せるわけにはいかない。幸い脚にはなにもなく腕も肘から先にはなにもない。暑さだけを我慢すれば隠し切れそうだった。


「お母さんの、なんかいっぱいついてるよね。いいなぁ……そんなのあんまり売ってないの」


「もうちょっと大きくなるまで我慢しなさい。大丈夫、憲邇はね、白い下着が大好きだから」


「そ、そうなんだ。ふ、ふぅん、よかったぁ。きょ、今日は憲邇さんのお母さんが帰ってくるんだよ。どんな人なんだろ」


「美人で若くて優しくておちゃめな人ね。人のお世話が得意だけど、たまにひどいことも言うから気をつけないとダメなの」


「ふぅん……よく知ってるね」


「そりゃあね。憲邇にはお父さんがいないから、紗絵子さんも寂しいみたいでよくわたしにも構ってきたから」


「あ……やっぱり憲邇さん、お父さんいないんだ。いっつも話してくれないし、なんとなく、聞きづらくて」


「そうよ。あんまり言っちゃダメだからね」


「うん」


「それと」


 ここがものすごく問題なんだけど。「あの人、憲邇のこと溺愛してるのよ」


「できあい?」


「好きすぎるってこと。隙あらば腕を組むし、憲邇が油断したらすぐほっぺにキスしてくるの。夫がいないから憲邇にその影を見てるのよ」


 ちょっとわかりづらい表現だったので噛み砕いて説明しておいた。それでもみゆにはよくわからないようだった。


「あの人ね、いまだに憲邇とお風呂に入りたがるのよね。最近わたしに愛が足りない、恋人デートしなさいっていっつも言ってたっけ」


 なまじ若く、その上童顔なだけに隣にいてもおかしくないから困る。知らない人に母親ですとわたしが言うと驚かれることしかなかった。ああ、あの人が母親ですと自分から紹介したことは記憶にある限りない。誰かがおしどり夫婦ですねと言うと目を輝かせて夫婦ごっこを始めたっけ。ああもう、思い出したらちょっと腹立ってきた。


「ライバルだったの?」


「そう、ライバルだったの。いいみゆ、あの人が来ても気を許しちゃダメよ?」


「うん、わかった」


 二人して頷き合い、気合を入れて憲邇の好きそうな格好に身を包むのでした。みゆはピンクのリボンを一生懸命につけてかわいらしい。昔のわたしもしてたかもしれないけど、多分みゆには敵わないわね。鏡の前でくるり、一回転する。ふわっと同じくピンクのワンピースの裾を揺らして、よしとにっこり笑顔になった。ううん、これはすごいわね。逸材だわ。憲邇のやつが青田買いしたい気持ちもわかる。でもわたしも、娘に負けるわけにはいかないわ。


 とは、いうものの。憲邇には今現在彼女がいる。奪うなんてことがまたできると、都合よく思えなかった。……憲邇は、わたしを好きになってくれた。だったらわたしでいよう。わたしの好きな格好をしよう。


 まっしろでシンプルな白のブラウスに、薄い青とほんのり赤っぽい色のついたものが交じり合った花柄のマーメイドスカートを選んだ。履く前に、ん? パンストがないわね。花屋さんだからそんなに気にするほどでもないのかな? 覚えてないからわからない。高校の頃は履いてなかったし……脚だって綺麗じゃないのに……高校の頃は長袖だったっけ。夏だけど、でもわたしは違和感をあまり感じていなかった。鏡の前に立てばそれも当然。みゆも肌はなるべく隠してる。


 お化粧はご飯を食べたあとにしてた、けど、どうしようかな。憲邇にすっぴんはもちろん見られてるけど、もしほかの人たちが先にお化粧をしてたとしたらわたしだけ見劣りすることになってしまう。でも早くわたしが行かないと憲邇の性格からして朝食も食べられないだろうし、今日は平日だし……やめよう。今わたしたちは高校生じゃないんだから。お勤め先に今日ご挨拶に行くから、そのときにしよう。花屋さんならこの格好でいいはず、だと思うけど。


「やっぱりお母さんすごいね。記憶なくなっても変わんないんだ」


「なにが?」


「記憶なくなる前にね、ちょっとだけお母さんの私服見たことあるんだ。今とおんなじだよ。かわいい、憲邇さんが好きなスカートしてる。すごいなぁ」


「そんなことないわよ。大抵の男ってスカート好きだし、みゆだってそうじゃない」


「ううん、みゆはね、憲邇さんにどんな格好がいいのか聞いたからなの。普通にそういうことできるのってうらやましいなぁ」


「そんなことないわよ。お母さんのはただの趣味なの。この年にもなって花柄が好きなだけよ。子供っぽいの」


「そうかなぁ、違うと思うけどなぁ……」


 なおもダダをこねるみゆをなだめて、食堂へ連れて行った。


 既にわたしたち以外の全員が着席をしていて、こちらも慌てて席につく。……よかった、みんなメイクしてない。そうだよね、一緒に住むんだから、結局すっぴんでいるよね。


 遅れてごめんと謝ってから、みんなでいただきますをした。今日もまたまゆちゃんが憲邇の隣。もう一つ空いたほうにはベッキーちゃんが座ってた。みんなでわいわい話しながら食事を進めていく。思ったより早くに目覚めてたらしく、時間に余裕は充分みたいだった。


「憲邇さん、昨日みゆちゃんと寝たんだから、今日はあたしと二人っきりだからね」


「またじゃんけんで勝ったらね」


「むーっ! じゃあ今ひざの上にのっかってもいいよね?」


「ああ、いいよ」


 無邪気に笑う少女ははしゃぎながら彼の膝の上に座った。お互いに食べさせ合い、仲睦まじく親子のように触れ合ってる。


 この人がこの中の、多分年上の美人で明るい人とえっちした。わたし以外誰ともやる気はないって言ったくせに。恨めしい。憲邇のバカ。バカバカバカ。あの人もあの人よ。子供がいるのにそうそう簡単に一緒になんてなれないんだから。


 好きなだけで一緒にいられるなら、わたしだって別れてるはずないもの。


 ……あれ、ちょっと待って、あの子、みゆと同い年って言ってたよね。つまり……


 あの子は、絵里さんと憲邇の、子供?


「……」


 あああ、嫌だ嫌だ、わたし、嫉妬の塊だよ、醜いな……嫌な気持ちでいっぱい。憲邇がほかの女の人と愛し合って、子供まで作ってるって思ったら二人とも憎らしくてたまらなくなる。みゆと仲良く話してるあの子供を憎むことはできそうにないけど、でも、軽やかに憲邇と会話を弾ませている人は憎い。「しょうゆとって」って、気さくに憲邇に言わないでよ。その距離感はわたしのものだったんだからね。同じ屋根の下で暮らさないでよ。わたしだって無理だったのに。


 ほんとは籍入れてるのに黙ってるとかだったら、卑怯だよ。


 今のわたしが覚えていること、高校時代から十年くらい経ってしまっている今のわたしがどうだったのか、ほとんど覚えていないわたしの気持ちは、ほぼその頃のもので占められてた。あのときにどれだけ憲邇を好きだったのか。それだけがわたしを占めてる。


 憲邇がどれだけわたしを好きだったのか、大切にしてくれて、愛して、くれてたのか。その思い出した記憶が花火みたいに綺麗過ぎて、今見ている大人になった憲邇は、名残惜しそうに粘ったまっくらな夏の夜空と一緒だ。


 どれだけ見つめても、花火はもう上がってこない。


 彼はもう、たくさんの女の子たちと仲良く線香花火をやってるんだ。


 彼女と二人だけで大きな花火を上げてるんだ。


「……たのに」


 もらってくれるって言ったのに。好きだって言ってくれたのに。愛してるって……柚香里って呼んでくれたのに。あんなに傍にいたのに。あんなにキスをしたのに。あんなに抱き合ったのに。


 どうして黙ってようって思ったの? 今の彼女に教えたくないから? 雰囲気悪くしたくないって、そんなこと思ったの? そんなに彼女が大切ならどうしてわたしをわざわざ泊めるのよ。やめてよ、勘違いするでしょ。その気がないんだったら思わせぶりなことやめてよ、優しくしないでよ。


 勘違いしたい。まだわたしのことを好きだって思い込みたい。騙されたい。嘘をつかれたい。いいようにあしらわれて利用されるだけされて、身体だけ弄ばれたい。


 憲邇は絶対にそんなことをしないけど。もしそうなってもわたしは文句なんて言わないと思う。身体だけの関係でもきっと満足できる。


 こんなに、溺れてたから。


「あー? 柚香里さんさっきからじぃーっと憲邇さんばっかり見つめてるよ? 場所変わろっか?」


「ち、違います」


「ダメよ、残念だけどあの席は子供と恋人だけなんだから」


 あなた恋人だからそんなこと言えるんでしょっ。ずるい、わたしだってまたそうやっていちゃいちゃしたいのに。


「……ねぇあなた、今日あなたのお母様が来るのよね? 私どんなご挨拶がいいかしら。やっぱり最初の第一印象ってやつが大事だと思うのよ」


「お母さん、またそうい」


「何年もともに暮らせば内縁の妻になるわ」


「絵里さん」


 必死の形相で、憲邇を見つめてた。唇を噛んで、俯く。


「……ごめんなさい、取り乱して。で、でも、お世話になっているから、やっぱりきちんと、挨拶だけは、させてよ」


「うん、ありがとう。普通でいいよ。母だって昔はよくいろんな人を泊めていたから気にしないと思う」


「何時ごろ着くの、良子さん」


「昼過ぎの便で到着するので、こちらに着くのは三時ぐらいかしら」


「そっか。どんな人なんだろ。うまくおつきあいできるといいなぁ」


「そうね、私も先生にお世話になってるから失礼のないようにしないと」


 あの人じゃ、ないよね。ちょっと背の高いすらっとした、細い大人びた人。あの制服は高校生かな。メイドさんかな? すごく巨乳でかわいい格好してて、ううんもしかしたら憲邇はロリコンになっちゃってて、ものすごく髪の長い肌のまっしろで手袋した子とえっちしたのかも。どうなんだろ。いっそ教えてくれればいいのに。


「お母さん、ちゃんと食べるようになったね。よかった」


「え、あ、うん。わたし、前はあんまり食べなかったの?」


「うん。ちょっと心配になるくらい。ちゃんと食べなきゃダメだよ? 大人なんだから」


「うん、ありがとう。みゆももう少しふっくらしてもいいと思うわ。子供はたくさん食べなきゃね」


「や、やだよ。もうすっごく太っちゃって困ってるの」


「大丈夫大丈夫、ちょっとくらいおでぶさんのほうがかわいいんだから」


「そうかなぁ」


 ……確かに、この子はわたしの子供なのかも。簡単に打ち解けられる。みゆには昨日ずいぶんと助けられてしまった。これからはわたしが親らしく、しっかりしないといけない。今のままで、女子高生気分でいるわけにはいかない。


 憲邇と二人、仲睦まじくみゆを育てていけたら。そんな妄想は早く捨てよう。


 朝食を終えてみんな学校と仕事へ向かった。わたしも、昨日のうちに電話しておいた花屋さんに向かわなきゃ。落ち着いたおばあさんが出てくれて、事情を説明するとすぐに気にしないでと、大丈夫と聞いてくれた。いい人とお仕事ができてたんだとほっとする。すぐに向かおう。いつでもいいって言ってたけど、早いほうがいいよね。憲邇は行かなくていいなんて妙に念を押してきたけど、でもわたしだってこのままただでお世話になるわけにもいかないし。そんなに心配しなくてもちゃんとやるのに。


 ……でもさ、これみよがしにさ、玄関の外で、人の目があるところでさ、いってらっしゃいのキスとか、してほしくなかったな。まゆちゃんとはいいけど、でも、あの人まで。今日のことをみれば違うかもしれないけど、あの人が憲邇にぞっこんなのは一目瞭然だし。


 必要な荷物も言われなかったのであったかどうかもわからず、ただ身についていたお化粧だけを終えて花屋さんに向かった。あのメイドさんがなにかあったらすぐご主人様に連絡してくださいとしつこかった。


 自宅へいったん戻りそこから車を運転して(これも自分のだと実感がなかなか沸かなかった)、憲邇の家からはそれなりに距離のある大通りをちょっと入ったところにある花屋さんに着いた。道は覚えてなかったから少し時間がかかったけど、どうにか地図とにらめっこして辿り着いてみせた。


 こじんまりとした正面には、人のよさそうな老夫婦二人がお客さんの相手をしていた。見覚えはやっぱりない。店員用、の入り口もわからず、正面に向かうしかなかった。


「ああ、柚香里ちゃん」


「こ、こんにちは」


 昨日聞いた声だ。「初めまして、草薙、柚香里です」


「あ……本当に記憶喪失なのね。入って入って。おじいさん、あとお願いね」


「おお」


 お客さんの相手を続けるおじいさんに一礼をして、招かれるままにお店の奥まで入っていった。


 通された茶の間で腰を落ち着ける。畳の床に障子の窓。なんだか居心地がいい。


「私の名前も覚えてないの?」


「はい……すみません」


「ああごめんね、気にしなくていいのよ? 私は
岡山(おかやま)久代(ひさよ)というの。主人は貞治(さだはる)



「久代さんに、貞治さんですね」


「そう。以前もそう言っていたわ」


 朗らかの微笑むこの人を、きっとわたしは好きだったんだと思う。店先では貞治さんも微笑みながらお客さんに花の説明をしている。二人ともが落ち着いた静かな人なんだ。


「お仕事の内容はまた覚えればいいわ。とにかく柚香里ちゃんに復帰してもらわないと、商売上がったりなの」


「え? どうしてですか?」


「そりゃあねぇ、お店から看板娘がいなくなると看板しかなくなるもの。華のない花屋、なーんて、笑い話にもならないでしょう?」


「……そ、そんなことないです」


「あるのよ。またお仕事するとわかるわ。それより、大変だったのね。なにがあったの?」


「あ、いえ、その、なにがあったかとかも、覚えてなくて」


「あ、そりゃそうか。だから記憶喪失だものね。そう……ゆっくり、思い出していけばいいわ。恥ずかしい記憶だけ忘れてればいいの。ね?」


「……はい」


 本当にいい人なんだ。こんなところで働けてたんだ。わたし、幸せものだ。


「じゃあ、とりあえず見学だけでもしていく? 働きたいって言うなら教えるけど」


「は、はい。お願いします」


「おじいさん、今日からまた柚香里ちゃんでてくれるって。こき使わなきゃね」


「おおわかった。柚香里ちゃん、またよろしくな。こき使ってやるから覚悟しとけ」


「は、はい」


「……本当なんだな。まあいい、最初はやっぱり客寄せパンダになってもらおう」


「おじいさん。ごめんね、今日はパンダのきぐるみは用意してないの」


「え、え」


「おい、お前が冗談だって言わないでどうする」


「あら、冗談じゃないんでしょう? 柚香里ちゃん、とりあえずエプロン着けてお店の前に行きましょう。きぐるみ着たかったら用意したげるわね」


「いやさ柚香里ちゃんには昔の女給の格好がいいんだが」


「おじいさん、私が着てあげますから、記憶のない柚香里ちゃんに無理強いしないの」


「本当か? 言ってみるもんだな。また見れるのか……楽しみにしてよう」


 ……いいなぁ、おしどり夫婦。


 花の名前とか品種とか、育て方とか覚えることはいろいろあったけど、記憶のないわたしの初めてのお仕事だからかとても楽しかった。常連さんの名前にどこか聞き覚えがありそうで、喉元まで出かかってなにかが思い出せそうで、でもやっぱり無理だった。焦らないでおこう。久代さんの言うとおり、ゆっくり思い出していけばいい。


 お昼ご飯を(以前もそうしていたからと)ご馳走になり、母の味にとてもよく似ていたので感動した。母の味、というのは、なぜか覚えていた。


 三時頃……憲邇のお母さんがそろそろ到着した頃かなと思うとき。


「柚香里さん、よかった、出てるんですね」


 見知らぬ(当然だけど)人が声をかけてきた。これまでも常連さんがわたしに声をかけてくれてたけど、この男の人はどこか熱を感じた。


 少し、怖い。


「昨日岡山さんのほうから柚香里さんはしばらく休むかもしれないと言われたんで心配したんです」


「……は、はぁ」


「柚香里さん? あれ、いつもと違いますね?」


「こうちゃん、ちょいとこっちに」


 こうちゃん、と呼ばれた青年を店の端へ招き、久代さんがなにかこそこそと話している。その間にお客さんが来て、しどろもどろにまた相手をした。ここ、結構繁盛してる。


「あいつ
幸太(こうた)っていうんだ。ばあさんはこうちゃんって呼んでる。あいつも常連な」


「幸太さん、名字は?」


「名前で呼んでやってくれ。一応、
日比野(ひびの)っていうんだけど、前は名前で呼んでたから」



「え……こ、恋人だったんですか」


「違うよ、あいつの一方的な片思いってやつだ。柚香里ちゃんは、ずっとずーっと想い続けてる相手がいたんだよ」


 憲邇のことだ。絶対そう。わたしはくだらない女だったからきっと今も憲邇のことを好きだったんだと思う。でもみゆは憲邇との子供じゃないっていうの、本当なのかな?


「柚香里さん! そんな大変なことが!」


 って急にわたしの両手をつかんできたから、


「いやっ!」


 振りほどいて逃げるしかなかった。いきなりで、無理矢理で、強引で……


 憲邇と違う、憲邇と違う、憲邇と違う……!


 またかおをやるんだ。


「ご、ごめん、怖がらせてしまったみたいで」


「はは、諦めろ。今からまた積み上げてくしかないんだよ」


「こうちゃん、その辺にしときなさい、まったく。大丈夫かい、柚香里ちゃん?」


「……ご、ごめんなさい。ちょっと、驚いただけ、だから、あ、あなたが憎いわけじゃないの。だ、だから、襲わないで、襲わないでよぅ、許して、顔はやだ」


 まもらなくちゃ。かおだけは、まもらなくちゃ。もうからだは、ぼろぼろだけど、かおだけでもしとかないと、けんじにゆかりだってわからなくなるし、からだはかくせばいいけど、かおだけはむりだもんね。けんじにはやく、みつけてもらって、たすけてもらうんだから、けんじはぜったいにたすけにきてくれるんだから、かお、だけは、まもらなくちゃ、まもらなくちゃ……


「柚香里ちゃん、奥行こう。ほら、歩けるかい?」


 久代さんの声にはっとする。あ、あれ、どうしたんだろ、わたし。みんな見てる。


「ど、どうかしましたか? わたし、またなにか失礼を?」


「なんでもないよ。そろそろ一息入れようかと思っただけさ。さ、奥行ってお茶でも飲も」


「? はい……」


 促されるままにまた奥へ行き、温かい梅昆布茶を飲んだ。おいしかった。


「柚香里ちゃんは偉いねぇ。そうなってもこうして、働こうとするなんて」


「え、そんなことないです。当たり前のことですよ」


「いいや、偉いんだよ。だから雇おうって思ったのよ。記憶をなくす前にもね」


「はぁ……」


 よくわからなかった。その先を促してもしきりに頷くだけで答えてくれなかったし。


「柚香里ちゃんの想い人はまだ見つけてくれないのかねぇ。まったく、薄情なやつだ」


「……あ、あの、その人の名前、わかりますか」


「けんじって言ってたね。難しい漢字を使ってたよ」


 やっぱり。じゃあ、もう見つけてもらってるんです。あ、わたしから会いに来たんだっけ。でもおんなじだね。会えたんだからおんなじ。


 あとは……


「幸せにおなりよ。私たちはもう充分幸せな日々を過ごしてきたから、柚香里ちゃんのような若い子には幸せになってほしいんだ」


「はい。ありがとうございます」


 なってみせます、きっと。
















 またあの母がなにかしでかしてないかと思うと不安だったが、通常通り業務をこなし帰宅した。どちらかというと不安なのはやはり柚香里さんのほうだった。大丈夫だろうか。あれだけ言ったのに良子から止めても行ったのだと言われ、何度も電話したがもう仕事中なのか出てくれなかった。よほど駆けつけようかとも思ったが、そんなことはできはしなかった。


 母、紗絵子には私が現在どうなっているかは教えてある。恋人関係も含めて。ただ柚香里さんが泊まっているのは昨日の今日なので教えていない。良子辺りが教えていそうではあるが……正直、どう対応しているのか怖いものだ。


 車を降りて玄関まで歩くと、仁王立ちをした母さんがじっとこちらを見つめていた。横には柚香里さんと絵里さん、みゆとまゆに水村さん、それと良子がいた。全員が母さんをじっと見つめている。なんだろう、なにかあったんだろうか。柚香里さんは初見、変なところはなさそうだが。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 と、いつもどおりの返事をもらえて、私はなんと幸せなのだろうと思っていると……


 母さんがぼろぼろ泣き始めた。腰に手を当てて仁王立ちをしたまま、右目の下にあるほくろを通り道にして。


「母さん? どうしたの?」


「……っく、言ってやろうって、思ったのに、たた、いてっ、やろうって、思ったのに……なんにもでてこない……会いたかった、憲邇くん……!」


 飛びついて抱きつかれた。胸の中でわんわん泣き、この年なのに恥も外聞もなく玄関先で泣き続けた。とにかく中へ入れよう。ここはちょっとまずい。ほら、みんなも驚いてる。


 リビングまで行き、とにかく座らせた。一年……そういえば一年も外国にいるのは久しぶりなのかもしれない。飛び回っているとは言っても、ちょくちょく帰ってきていたな。泣き止むまでずっと母さんは袖を握っていた。


「えっと、紹介は済んでるのかな? 私の母の深町紗絵子だよ」


「ええ、みんな知ってる」


 母さんはまた急に腕を引っ張り込んだ。


「憲邇くん、私、我慢したよ? 一年我慢したんだよ? ご褒美ちょうだい? くれるって言ったでしょう? とにかくお風呂、お風呂一緒に入って、背中流してよっ」


「わかったわかった、とにかく、私の荷物を片させてくれ」


「手伝ったげる。誰も来ないでよっ!」


 みんなを睨みつけ、母は私の荷物を強奪して先に歩いていった。


 ぽかんとしてるみんなに、どう説明したものかと若干頭が悩ましい。


 自室に入り一応鍵を閉め、着替えを始める。


「母さん、みんなの前なんだから、もうちょっと自粛してよ」


「どういうこと。どういうつもり?」


 急に真面目な顔になる。


「どうもこうもないよ。彼女たちは苦しんでたから、ここで休ませているだけ」


「へぇ、そう。憲邇くん、まさか憲邇くんまで忘れてるわけじゃないでしょう?」


「忘れると思うのか、私が」


「ふざけてるの、私だって一目見たらわかるわよ、あのみゆって子が、誰と誰の子供か」


「だったらどうだっていうんだ? まさか今から中絶しろとでも言うんじゃないだろ?」


「あのねぇ……! 私はあれだけ言ったじゃない! 柚香里は記憶がないからいいけど、絶対に避妊だけはしてって!」


「したさ! してもできてしまうことはある!」


「嘘! どうせ憲邇くんは柚香里と合法的に結婚できるからってやってたんじゃないのっ!」


「そんなわけないだろうっ!」


 壁を叩きつけ、睨み合う二人が興奮しているのがわかる。「ごめん、大きいよ声が。聞こえたらことだ」


「……本当に、ちゃんとしてたの?」


「ああ、してた」


「そう。仕方ないで済ませられることじゃないけど、もうここにいるんだからどうしようもないわね。でも」


 きつい目は変わらない。「知らないであのみゆともセックスしたっていうの?」


「そうだよ。本当に知らなかった」


「私は自分の息子を、ロリコンの変態に育てたつもりはないわ」


「ごめん、本当に。好きになったんだよ。だからやった」


「開き直って、そうすれば楽でしょうね。私は確かにこの町でそんなひどいことがあったなんて知らなかったわ。でも私なら、きっとほかの選択肢を選べたはず」


「うん、わかってる。私はどうすればいいかわからなかったんだ。ただ、愛しいと思った。本当に、抱きたいと思って……嬉しいから、やったんだ」


 この腕の感触を、今さらなかったことになんてできはしない。まだ抱きしめ足りないとさえ、思う。


「最低よ、変態、変態、変態、変態っ……へん、たい……バカ、最低……どうして、どうしてあんな子にまでするのよ、おかしいわよ、どうして、そんなに近親相姦するの……バカよ、バカ……そんなの」


 その先は、


「私だけにしといてほしかったのに」


 言うな。








 最後に母さんを抱いたのはいつとか、そういうのは覚えていない。ずいぶん前にやって、向こうは幾度となく求めてはきたけどずっと拒絶していた。


 母は私と柚香里さんが恋人なのが許せないみたいだった。私が柚香里さんと彼氏彼女となり、母さんとはもう恋人ごっこなんてできないと告げたときに信じられないくらい落ち込んでいた。……それから、なにかにつけスキンシップと称しくっついては肌を見せ、どこもかしこも触りキスをしてきた。でも断ってきた。もう、できないんだ。私はもう大人で、子供ではないんだ。母の子供ではあるけれど。


「大体、私は憲邇くんのこんなにも重大な秘密を握ってるのよ。私の望みくらい叶えてくれたっていいでしょう」


「言ってもいいよ。私の罪に変わりはないんだから」


「最低ね。あなたはいいかもしれないけど、真実を知るあの子たちがどうなってもいいと思うの?」


「……言わないでくれ、頼む。私にできることなら、なんでもするから」


 浴槽で二人、バスタオルを巻いたまま二人は背中を合わせていた。


 結局、約束は約束だからと母とまた混浴してしまった。今さら理性が飛ぶとは思えず、仕方なしではあるが、一年ぶりの母との触れ合いは実際、懐かしいものではある。それと同義にするつもりもないが。


「こっち向いて」


 振り返る。母さんもこちらを向き、他の誰も彼もがやるように腕を絡めてきた。


「憲邇くんはたくさん恋人がいるそうですね」


「うん」


「じゃあ、その恋人たち全員と別れて私と付き合いなさ」


「ふざけないで」


「なによ、冗談じゃない」


 力がこもる。


「昔はかわいかったのにね、憲邇くんも。お母さんお母さんって、すぐ私を頼ってくれたのに」


「昔はね」


「それがさっ、すぐにお姉ちゃんお姉ちゃんになって、すぐゆぅちゃんゆぅちゃんになって、ひどいよっ」


「悪いけど、私は母さんより柚香里さんのほうが好きだよ」


「知ってるわよっ、バカ」


 痛いほどになる。


「……ばかぁ……知ってるわよ、私がっ、どうし、っ、たって、勝てないことくらい……こんな年にもなって、憲邇くんのっ、こと、となると、すぐ泣き虫になるんだから、どうしようもないよね……っ、でも、諦めもできないのよ。私にとってあなたは、息子じゃないの。ひどい母親っ、だけど、あなたはあなたなのよ。憲邇くんなのよ」


「うん、わかるよ」


 僕にとって柚香里さんが、ゆぅちゃんでしかないのと同じだ。みゆがみゆでしかないのと。


「なによ……わからないでよ、軽蔑してよ……私のことなんか嫌いって、うざいって言ってくれればいいじゃない。メールのしすぎだって、電話しすぎだって……」


「言えないよ。母親にそれは言えない。私をここまで育ててくれた人にそんなこと」


「じゃあ」


 母さんは指でバスタオルを、湯船の底へと緩やかに落としていった。


「また紗絵子を犯して、ください」
















 学校へ出勤するのが辛い。私の同僚が深町様でしたらよかったのに。


 明日、明日……と心の中に何度も呼びかけ、できるだけの平静を取り繕いました。これまで一年も待ったのです。後一日くらい、待てぬことがありましょうか……と思えていたのは朝まででした。私は我慢のできない女になってしまったようです。


「八尋先生、先生は
上山(うえやま)先生の彼女なんですか?」



「え……?」


 なんのことを言っているのか、その女生徒の問いに私は一瞬ぼけっとしてしまいました。どこかにやにやしているようにも見える彼女の隣の女生徒が続けます。


「この前上山先生の家に入ってったって四年の子が言ってました」


「あ、ああ、いえ、上山先生の宅へ上がらせては頂きましたけれど、そのような関係ではありませんの」


「そうなの? 上山先生おしとやかでやまとなでしこだって言ってたからてっきり先生かなって」


「ねー? 年上の男のほうがいいですもんね?」


「別に私は、あの方が例え目上だったとしても構いませんわ」


「あの方? 誰か好きな人いるんだ?」


 どうして学生というのは他人をはやし立てるのが好きなのでしょう。声を大きくし、まるでこれが大事件のようにはしゃぎまわる女生徒たちに少し、辟易しました。


「……ええ、おりますわ。明日、告白の返事を頂く予定ですの」


「えーっ!」


 なぜか本当に驚いているようでした。


「こりゃビッグニュースだよ」


「せっかくできた学校のマドンナが誰かにとられちゃうんだね」


「上山先生なら美男美女で許せたのに」


 どうしてあなたたちに許してもらう必要があるのでしょう。これは私と深町様の問題ですのに。


「どんな人なんですか?」


「私の歌声などよりずっと、素敵な声を響かせる方です」


 音楽教師という手前、生徒の前で歌の見本を示すことは多々あります。私は特に普通でなんの変哲もない歌声だと思うのですが、どこの学校でも生徒たちはずっと褒めてくれます。少し、嬉しいものです。


「え、歌手とか? やっぱりそっちの方面で仲良くなるんだ?」


「いいえ。同業者ではありませんわ。ただの会話が素敵な音色として、私の耳には聞こえるのです」


「……お、おお、さすが乙女の言うことは違うね。じゃあ職業は?」


「お医者様をしておられます」


「おおー! 医者かぁ、やっぱり憧れるよねぇ?」


「うんうん」


「ほらほら、もう時間ですの。皆さん教室に戻りましょう」


 よい返事をして、元気な子供たちは駆けて行きました。


 話せば話すほど恋しくなる。恋はまさに病でした。


 お昼休み、考え込むのが怖くて音楽室へピアノを弾きに来ました。落ち着きたい。待ち遠しくてたまらない気持ちを落ち着かせたい。そう思い、心を鎮めてくれるような曲を選んで弾いていきました。


 もう、待つのが辛い。去年に付き合っていた頃は他の女性の影など、一切ありませんでした。だから安心していたのかもしれません。でも今、深町様が付き合っておられる彼女と別れるのをただ待つことなど、できそうにありませんでした。それは少し、元婚約者の
小村(こむら)という男性の来訪が影響しているのかもしれません。



 彼はまた狂言なのなら私とやり直したいと申してきました。父上に無理矢理婚約させられたのが嫌なら、僕を好きになってはくれないかと。確かに、恋人のおられる現在、そうなれたとしてもなにも問題はないのでしょう。ですが私は彼になにも感じられませんでした。言っていることはそれはもっともらしいことでした。けれど、その言葉の中に、態度に、なにも中身が伴っていないような、まるで真実を語っていないような気がしたのです。……私は試しに、思い切ってお金が欲しいのでしたら父上とご結婚なさればよろしいですわと、言ってみました。……驚きました。驚くほどに豹変、するのですね。必死に言い訳をし、違う違うと、そんなものは欲しくないと言えば言うほど真実だと思えました。私と結婚できればさぞ地位は向上すると思います、けれどそのようなものに、なんの価値もないのですよとまた、深町様の言葉を借りて言ってみました。……ああ、暗い気持ちになります。彼は、


『だったら今のお前はなんの上に立ってるんだ! 今まで父と家に守られてそれに甘えてきて、今さらそんなこと言っても説得力がないんだよ!』


 ……と、般若のように怒り狂い罵倒して、きました。そのとおりの言葉に、まるで父に叱られているときのように俯いてしまいました。私は結局、鳥かごの中で飼われることに殉じてきたのです。受け入れてしまっておいて、そうして甘い蜜を吸っておいて今さら言っても、確かに説得力などないでしょう。でも、だからといって、


『お前はただ黙って男の言うことに頷いていればいいんだよ! 後ろで笑って突っ立っていればいいんだ! ぐずがつべこべぬかすな!』


 など、と言って、よいのですか? 私はぐずですけど、置き物では、あ、ありません。結局あの男も同じでした。前夫となんら変わりのない、女を愛想のいい人形としか見ていない男でした。……どうして、なまじお金と地位を持った男は、さらにその上を目指すのでしょう。もっともっと欲しがるのでしょう。貪欲な男がいけないとは思いません。けれど私は、あそこまでになる人とお近付きにはなりたくありませんでした。


 首を縦には振れずに、しばらくそのままでいると彼は舌打ちをして、その場を去りました。遠ざかる車の音を聞いて、どっと疲れが体を襲いました。花雪も花織も外で助かりました。これを聞かれたくはありませんでした。


 もしかしたら。お金か、最悪暴力であの小村という男もまた私を手に入れるかもしれません。また襲われるかもしれません。もう待てませんでした。早くあの方の大きな腕の中に抱かれて、幸福の朝を迎えたい。最中に言葉を聞きたい。なにか一つでもあれば、それを永遠とすることさえできそうなのに。


 ……ひどい音でした。結局落ち着ける音楽など作り出せることはできずに、お昼休みは終わりました。


 上山先生の宅へ上がらせて頂いたのは相談を受けたからでした。学校で話すことではなく、プライベートなのでどこかで、とのことでしたので、その、深町様の近くでしたからそちらでよいですわと、行ってしまいました。


 彼は恋人が妊娠しているかもしれない、と告げられたので籍を入れようかと思い悩んで、母である私に相談を持ちかけてきたのです。まだ迷っているので、産むかどうするかを考えあぐねいている、まだ検査もしてないから本当に妊娠しているかもわからない。中絶をしたらどうなるのかなどを、教えて欲しいと申してきました。……私は少し、理解が追いつきませんでした。そもそも、籍も入れていないのに子供を作るなど考えられないことだったのですが、彼の話を聞くにそれはおかしいことではないと、言われました。やはり世間知らずです。


 でも。私に言わせてもらえるのなら。子供ができなければ結婚を考えもしない相手など、選びたくはありません。できても迷う相手など嫌です。ましてや、できてしまうことをしているのです。それほどまでに相手の方は好きなのだと、あなたが気付くべきなのですと、言ってしまいました。衝撃を受けているようでした。頷き、中絶の痛みを説明すると、彼はようやく重い腰を上げる気になったようです。


 向かいの席に座る彼は好青年です。でもまだ若いのかもしれません。年齢は聞いておりませんが教師となったのもつい最近だと言っておりました。まだまだ、悪い言葉ですが青いのでしょうか。


 逆に私があの方と関係を持ち妊娠していたとしたら、どのような返答が返ってくるのか。私にはもう、わかりきっております。


 無垢と、清純と、かわいい、かわいらしい。四十手前のおばさんに言うことではありません。でも、でもっ、あの声であんなに近くで、言われたのです。


『俺はこいつがかわいい』


 呪文を反芻しない日はありませんでした。そのたびに、胸が詰まる思いで苦しくてなりませんでした。思い返すたび、頭の中に響かせるたび、焦がれて仕方ありませんでした。


 やがて……どうして目が覚めたときに、隣にあの方がいないのでしょうと嘆くようになりました。どうしていくら家で待っていても、あの方が帰ってこないのでしょうと嘆くようになりました。そうです。思い込んでしまったのです。私と深町様が恋人、いいえ夫婦であったはずなのに、と。


 後悔して仕方ありませんでした。私の言葉でプロポーズしていたら、もしかしたらと思うばかりで、枕が濡れていきました。帰宅して玄関を閉じた途端、崩れ落ちることもままありました。娘たちの前で突然泣いてしまうことばかりで、あの方の名を呼んでばかりでなにも手につかない日もありました。


 辛いときにはなぜかふと辛いことも思い出します。父の因縁を切った頃は見なかった夢を、あの男の夢をまた見始めるようになりました。覚めたときにまた、どうして隣にいないのですかと、不条理なだだをこねるようにもなりました。せめて部屋越しにでも、同じ屋根の下にいるだけでもいいのにと、わがまま放題になります。


 そんな折にパーティーに誘われ……ああ、私はやはり我慢のできない女になっていました。


 気がつけば夜も更けているのに、私は今、深町様の家の前にいます。明日の約束を待てずに、もう逸る気持ちのまま来てしまいました。女中に断りを入れ、あの方の部屋を目指します。……おかしかった。いつもならきちんと閉ざされているはずの扉が開いている。なにかあったのでしょうかと、早足で近づくと、


「閉めなくていいんだ、誰かに聞かれたり、見られたりするためにやってるんだから」


 低いテノールに足を止めます。どういうことでしょう。ともかく気を落ち着けて、深町様に突然の来訪を詫びる言葉を捜しました。


「で、でも、憲邇さまのお母さんもいますよ? み、見られちゃったら大変です」


「いいんだよ、私は」


 決まりました。よし、今です。


「今みゆとセックスがしたいんだ」


 暑さに体が凍りました。








「はぁ……ふぅ、けん、じさ、まぁ……」


 唇が跳ねる、音がする。そっと隙間からのぞくと、二人の男女が口付けを交わしていました。それだけなら、特に問題はないでしょう。でも、今目の前で繰り広げられているのは七つの幼子と二十も年上の大人のものなのです。かわいらしいキスではありません。舌と舌を混ぜ合う、本物の……私もしたことのない、キスでした。


「みゆが珍しく自分からメールをくれたからね。しかも内容が、お母さんとなにしてもいいですから、みゆにもちょっとだけ分けてくださいだなんて」


「だ、だって、お母さん、あんなに憲邇さまの好きなのなんですよ? きっと憲邇さまはどれいにします、お母さんだって、なりたいって思ってるんですから」


 奴隷……? 聞き違いでしょうか、とても不穏な言葉を聞いたような気がします。


「まだわからないよ。それより、メールの返事にとっておいたプレゼントをあげようと思うんだ。受け取ってくれるね?」


「は、はい、もちろんです」


「じゃあ、ちょっと後ろを向いてて」


 私は深町様の取り出したものがなんなのか、わかりませんでした。しかしそれが、首輪、だと、気付きます。そして、ああ、息を呑みました。


「……憲邇さま……」


「みゆは私のものだよ。身体も心も、これで縛ってあげる。こっちを向いて」


「はぃ……」


 なにも知らない七歳の少女に、あんなに小さな少女の首に、本当に奴隷のように首輪を着けました。信じられませんでした。深町様があのような、虐げる真似をするだなんて。


 もっと信じられないのは、それを受けるみゆちゃんがあんなにも、嬉しそうに涙ぐんでいることです。


「長くなったから紙に書いたんだ。ほら、ちゃんと読んで」


「は、はい……」


 ありえませんでした。文面に目を通すと、羞恥心に身を赤くし、火照った身体をじっと見つめ、そっと首輪に手を添えて、ぐっと目を瞑り、そして、


 ぞくりとする言葉を、痺れる音色で囁きました。


「み、みゆは、憲邇さまのじゅうじゅんなせいどれいです……こ、この首輪にちゅうせいをちかいます……みゆ、を、厳しくしつけ、て、か、かって、くだ、さい……みゆの全部は、憲邇さまのものですから……え、えさは、けん、じさまのっ、せ、せいしだけで、きちんとそ、だち、ますっ……ぇっぐ……みゆのゆめはぁ、け、憲邇さまの、おうち、にっ、一生、監禁されること、です……せいい、っぱい、ごほうしますっ、みゆと、みゆのお、おま○こを、どうかかわいがってください、お願いします、捨てないでください、ほんとにみゆはなんでもします、今言ったことも嘘じゃないです、監禁してください、かってください、憲邇さまのせ、せいしだけで生きてけます、捨てないでください、捨てないでください、きらわないでください、お願いします、お願い、しま……えぅ、ぅ……」


 意味もわからぬ少女にあのような、およそこの世のものとは思えぬ、血の通った人間のすることとは思えない辱めをさせています。途中からは朗読も忘れ、我を忘れるかのように懇願していきました。みゆちゃんにとって深町様はすべてなのだと、なのにあのようなことを、なんて、なんてひどい。


 ……けれど。どうして、でしょうか。私は目を離せませんでした。覗きという悪趣味なことを、続けてたいと、見続けたいと思っていました。なにかある、と思うのです。もしかしたら、屈服させる愛の形を、あのみゆという少女は望んでいるのかもしれないと、そう、思えたのです。いえ、思い違いかもしれません。見極めたい。そう言い訳をして、大人と子供の情事を見ていました。


「みゆ。新しい女の人が現れるたびにみゆはそうなっちゃうね。大丈夫だよ、私は柚香里さんとくっついても、みゆとくっついたままなんだから」


「でも、でもぉ……みゆはダメなんです、ほんとに好きじゃなくて、信じられないんです、怖いんです、憲邇さまが大人の人と結婚しちゃって、みゆとはもうえっちしてくれないかもってっ」


「怖いよね。私だって怖いんだ」


「え」


 優しく……頭を撫でました。涙を拭いて、それでも溢れてくる少女の身体を抱き寄せ、包んであげました。


「みゆに嫌われるかもって、他の男の子と付き合うかもって、怖いんだ」


「そ、そんなことありえませんっ」


「でも怖い。怖いと思う気持ちは、やっぱり残っちゃうんだ。私もダメで、信じられないから」


「そんな、そんなこと言わないでください!」


「みゆ。私とみゆは同じ人間だよ。一緒だ。怖いと思うときもある。でもね、それ以上に信じていられるときもあるだろう? 私はみゆがえっちを受け入れてくれているうちは、みゆはちょっとでも私を好きなんだって信じられるから」


「……おんなじ、なんですか」


「そうだよ。ただ私はちょっと変態なだけかもね。こういうことをしたいって、好きな相手に求めちゃうから」


 首輪をなぞり、しゃがみこんで右手が頬を覆います。


「……みゆも、へ、へんたいです。こういうことをされたいって、大好きな人に、ずっと願ってました」


 小さな両手が、そっと重なりました。


 間に流れるものはそれでしかなく、確信に至るには充分でした。


「本当? ごめんね無理矢理で。嫌ならやめるよ。私がみゆは嫌がってると感じたらやめ」


「いいえ。してください。憲邇さまだっておんなじ人間だって、今言いました。だ、だったら、憲邇さまだってやりたいこと、ありますよね? どうぞ、みゆを使ってください。みゆは、憲邇さまがおんなじ人間だって、怖いっていうの、言ってくれてうれしかったんです。みゆの怖いの、憲邇さまもわかってくれてたって……」


 その会話に、やはり深町様はあの少女が求めているものを与えているだけに過ぎないと、わかったのです。……い、いえ、もしかしたら、深町様自身も、あのようなことが、お、お好きなのかも、知れませんけれど。


「ありがとう。みゆは大きな人間だね。私はとても敵わないよ」


「み、みゆはちっちゃいです」


「ふふ。お母さんに意味を聞きなさい。じゃあ、みゆは私がまた野外露出をさせてもいいんだね?」


 野外露出……? 一体それはなんなのでしょう。辱めであること以外、よくわかりませんでした。


「は、はぃ……ぱ、ぱんつまでなら」


「わかった。最初からパンツだけがいいってことだね?」


「違いますぅ!」


「あはは。大丈夫、野外露出は時々でしかしないよ。みゆがどうしてもって、言ってこない限りはね」


「絶対、言いません」


「おかしいなぁ、あのときすっごく嬉しそうに携帯で写真撮ったのに」


「それは関係ありませんっ」


 な、なんでしょう、この、仲のいい、いちゃいちゃとした会話は。なんだか少し、腹が立ってきました。


 私も……


「またご主人様ったら変態なことして」


 声をあげずにいられたのは奇跡でした。小さな囁き声でしたが、すぐ隣で急に聞こえたものでしたから驚かずにはいられませんでした。


「八尋様、ご主人様は本当にたくさんの恋人がおられます。そのうちの最年少がこのみゆちゃ……うわ……」


 黙りました。女中なのに、どうしてそこまで知っているのでしょうと、そのときは思えませんでした。


 深町様がみゆちゃんの指を舐めております。みゆちゃんも深町様のを。……年端もいかぬ少女が、どこかうっとりとした悦びの表情をしていることに思わず、見惚れてしまいます。少し卑猥な音を響かせて、お互いの目と目を見つめ合い……時々離しては、唾液で濡れた唇を合わせました。


 エロティックでした。


「あっ」


 身体が硬直します。深町様の濡れていない右手が、下のほうにきていました。それはつまり、そこを、大切なところを触っているということ。まだなにもかもが未発達の身体の、最も守らなければならないところなのに。


「あっ、は、う……ん……っ」


 指を舐めるのが少し遅くなったかと思うと、目を閉じて一心不乱に舐め返していきました。スカートの中に潜り込んだ大きな手が、小さな身体を蹂躙している。なのにみゆちゃんはそれを受け入れて、自らも進んで愛撫をしていました。


「毎回私の負けだね。悔しいな、いつかみゆを指より濡らしてあげたいのに」


「い、いいですぅ、ふぁ、みゆは、まだ、いんらんじゃありませっ、んしぃ、ふぁぅ、みゆだって、負けたくぅんっ! や、やぁ……」


 いつの間に脱がしたのか、みゆちゃんの上半身が裸でした。その、なにもない胸の先を、大人が舐めたのです。いやらしく、また音を出して。


「ごめんね、もっとうまくして、早くみゆをおっぱいでも感じられるようにしたいんだけど」


「やぅ、やぁ……おっぱい、へんになっちゃいます、あっ、あっ」


 ……幸せな、喘ぎでした。子供であるということをのぞけば、私が過去に発したものよりはよほど、まともであると思えます。嬉しいからの応え。相思相愛である証。望んだ結果、なのですね。


 横を窺うと女中も釘付けでした。上気した顔のままじっと二人を見続けていました。私もそうします。


 深町様の舌は長く不思議なほどあちこちへ動き回ります。胸を舐め、お腹、首へ行き、また指に戻る。舐める箇所がずれるたびに少女は目を閉じ、嬌声を上げておりました。


「憲邇さま……」


 上を向いて目を閉じ、指から離した口を少しだけ突き出しました。ああ、キスをねだるサインです。しゃがんだ男性は少しだけ焦らし、また少し前へ出たところで唇を奪いました。離れたあとに彼は少しだけ顎を上げ、頷いたみゆちゃんは舌を出しっぱなしにします。それを、舌だけを今度は絡め合いました。半分ほどの小さなピンクを大きなピンクがねじ曲げます。……わかり合って、いるのですね。どうしたらなにの合図なのか、もう二人の間では決まりきっているのですね。最近の付き合いでない、深く長いものが二人の間にある。


 手紙にあった恋人。みゆちゃんが小さな恋人なのだと、このときようやく悟りました。


「みゆの舌、おいしいね」


「憲邇さまのが、甘いです」


「そうかな? それより、みゆの小さいあそこが気持ちいいよ」


「はっ……っ」


 下着が下ろされました。まっしろなものを片足だけ外して、少女はそわそわとし始めます。


「みゆが舐めるせいで興奮してたんだよ? ほら、早く見せてよ」


「はい……」


 自ら、羞恥に顔を真っ赤に歪めた少女はスカートをめくり、ます。下着が下げられた状態なのに、自分から恥部を見せる。その、わずかに濡れている、ところを。


「今のみゆ、とってもかわいいよ。首輪を着けて、胸を勃たせて、自分で濡れたあそこを見せてる。そんなかわいい顔して、変態だね」


「ううう……そんなこと言わないでください、け、憲邇さまが、やりなさいって、言うから」


「ちゃんと録れてるから、安心して」


 録れてる? ま、まさか、この様子を、撮影している? そ、そこまで、しているのですか、この少女に……まだ九九もできない一年生に、小学生になったばかりの女の子に、そこまで……


 フラッシュが焚かれました。カメラを向いたままの少女は決して、肢体を隠そうとしませんでした。一枚だけにした男性はまた嬉しそうに首輪を持ち上げます。


「みゆのご奉仕、気持ちよかったから。白いので返してあげる」


「は、はぃ」


 白いの。言わない、直接的でない言葉なのに、どこか言霊を感じます。


 ベッドの上に移り……不本意ではありますが、深町様のを、深町様をすべて見てしまいました。顔が熱く燃えてしまうのがわかります。ああ、どうして横の女中はあんなにも平気そうなのでしょう。


 若干の恐怖と、文字通り苦い思い出。けれど、好きな相手というだけでそれは、あっさりと塗り替えられます。みゆちゃんもそうなのでしょう。恐怖などもう感じてはいないのでしょう。あれだけ愛されているのだから。


「挿れるね」


「……ぅ、ぅ、うっ、あ……っ! はぁっ!」


 大粒の涙がこぼれていきました。痛いの、ですね、やはり。子供だからでしょうか。四つんばいになり、シーツを握り締め丸いお尻を後ろから突かれています。二人の熱い吐息が主だったのに、今度は男と女がせめぎ合う性の音が、部屋全体を支配していきました。目を閉じて必死に耐えるみゆさんのなんと愛らしいことでしょう。この顔をどうして、直接見ては差し上げないのでしょうか。深町様もあれほど喘いだ顔をどうしてみゆさんに見せてあげないのでしょう。


 あんなにも官能的なのに。


「憲邇さまぁ、憲邇さまぁ……好き、好きぃ」


「私も好きだよ、みゆ、大好きだ」


「うっ、うっ、うっ、あ、あ、あ……はぅっ」


 突くたびに揺れるみゆさんから、弾けるように雫が飛び散っていきます。最初の涙とは違う、痛いのもありますがしかし、明らかな嬉し涙のもの。時折抑えているのか喘ぎ声も小さくなっていますので、みゆさんは大きな声を上げるのが恥ずかしいのでしょう。我慢しても漏れるのはやはり悦びの発散で、あれを既に得ている少女に少し思うところがあります。


「憲邇、さまぁ、今日、あっ、激しいです、よぅ」


「仕方ないよ。みゆが首輪を着けてあんなこと言ったんだから」


「で、もぉ、あっ、う、あん、んっ」


「あれ? 私の従順な性奴隷がそんなこと言うとお仕置きで本当に監禁するよ? 夏休みの間ずっと、私の部屋で飼っちゃうけど」


「ううう……ずるです憲邇さまぁ、ぁ、あっ、どうして、おしおきでうれしいことするんで、ああっ、ですかぁぅ……」


「いいんだ? 本当に変態だね。餌は白いのしかあげないよ? 一日三回、ちゃんと食べられるかな? ああ、もちろん下のお口限定ね?」


「あああっ! ひ、ひど、うっ、ひどいですぅっ、ああ、は、ああっ、うう、が、がんばり、ますっ、ぜ、ぜひかってくだっ、さいぃ」


「真性の変態だねみゆはっ! 私の言葉を聞いてずいぶん膣がきゅうってなったじゃないか! くそ、本当にできるならやりたくなってきたっ」


「憲邇さまこそっ、か、かたくなってますぅ! お、おっきくして、へんたいですああっ! ああっ! あああっ! し、してくださいっ、憲邇さま今日激しいのひどいですっ、やめてくださいっ!」


「かわいいよみゆ、綺麗だ! そんなみゆが好きだよ!」


「みゆも好きですぅ! あ、あ、あああっ!」


 段々みゆさんの声が伸びてきました。興奮が高まっているのか、気持ち、よくてたまらないのか。恐ろしいほど卑猥な台詞を聞いて感じているのでしょう、か。直接でない言葉なのに、いやらしくてたまりません。


 深町様はどう考えても優しい、サドの方でした。お仕置きと称して望んでいることをするなど、嬉しくてたまらないでしょう。みゆさんはどう考えてもマゾで、大人の男性の性の求めに応じるのが嬉しいのでしょう。後ろから男を受け止めるたびに真っ赤な唇が嬉しいと叫び声を上げ、飲み込んでいるのに唾液がゆっくりと垂れていっています。気持ちいいのでしょう、七歳なのに。感じているのでしょう、小学生なのに。悦んでいるのでしょう、まだ成長途中の肢体が。


 大人の締まった身体が力を入れ、筋肉が表れるのに、ど、どきどきします。みゆさんを見て、あの方のお腹を見て、どんどんと胸が高鳴っていきます。ああ、なんて素敵なお顔。


「はー、はー、はーっ、はー、はー、はーっ」


 しばらく動かされ続けて疲れたのか、息切れが激しくなってきました。頭を垂れるようにもなり、身体全体が沈んでいます。でも男性はまだ満足に達していないのか、終わりが見えませんでした。


「ごめん、本当に激しかったね。少し休もう」


「い、いですぅ、はっ、はっ、大丈夫、ですから、憲邇さま、のっ、はー、したいように、して……」


「だから休むの。私に寄りかかってね」


 腰にある手がみゆさんの身体を起こして、座った深町様に体重を預ける形になりました。ため息をついてみゆさんが身体全部を預け、息を整えていきます。……まだ、結合したままに。


 ああ、ああなんて、淫らなのでしょう。そこしか直視できません。私はどんな赤い果実よりずっと赤くなっていると思います。小さな性器を無理矢理大きな性器が犯しているのが遠くからでもありありとわかります。ひどく不恰好に広がったみゆさんのものに、さ、刺さっている大きなもの。そのものの周りにはよく見えませんが、きっと濡れに濡れていることでしょう。どこで撮っているのかわかりませんが、それまでもカメラの中です。


 無垢な少女の身体が蹂躙されている。背徳に産毛が逆立つはずなのに、私は……


「ごめんね、まだ
射精()したくないんだ。ちょっと体位、やる格好変えるけど大丈夫?」



「いいえ、はぁ、大丈夫です。みゆも、体力、つけなくちゃ」


「いいよ。それよりもうしたいな、いいね?」


「はい……っ、ああ、あぁぁ、ぁう、うあ、ふぁぁっ」


 そのまま二人とも座ったままにまたまぐわいを再開しました。男が腰を動かしております。本来なら顔と顔は近く、口付けも容易でしょうが背の高さが違いすぎるためにそれは叶いません。お二人ともにキスが好きなのでしょうに、勿体ないですわ。


「やっ! 憲邇さまっ、そこ、ダメですってばぁ!」


「どうして? 小さいけど、ちゃんと反応してるよ? 気持ちいいんだろう?」


「ぁぁぁ……まっ、まだわかりませんぅ……へ、へんなんでっ、す、へんに感じるだけですぅ……」


 あ、あそこのどこなのでしょう。私は全体を舐められただけで、どこをどうされるのか、わからない想像はじれったいものでした。深町様の指がどこにあるのかはわかるのですが、さすがに詳しくはわかりません。やめて欲しいと上を向いたぼろぼろの瞳に、意地悪な大人は余計強くしていきました。


「じゃあ、なにが気持ちいいか言ってよ」


「えぅ、ううう……して……です」


「なに?」


「しゃせいしてもらったときですぅ!」


 大きな声に胸が、どくんと嬌声を上げました。


「キスしてるときです、指なめてるときです、憲邇さまにえっちなことささやかれたときですっ」


「よく言えたね。じゃあ今日もたくさん射精しなきゃ」


「はっ、はっ……うっ、んぁ、あ、ああ、はぁ、憲邇さまぁ」


 女子に卑猥なことを言わせたときの男の嬉しそうな顔はありませんでした。あんなに淫らなことを言わせるのがエロスなのですね。


 一体となる動きが続いていきました。右手がみゆさんを支え、左手を小さな唇が舐めていました。持ち上げられるのに耐えられないのか時折それがおろそかになりますが、そのたびにまた一生懸命に舐めていきます。男性は嬉しそうに、力強く華奢な身体を突き上げていきました。


「そうだみゆ、浮気しなよ、そしたらお仕置きに三日三晩犯し続けて、毎日えっちしないといけない身体にしてやる」


「はい、はいぃ、してください、そっちのがいいですぅ、うわきなんて、しませんけどぉ、三日もえっちしてもらえたらみゆ、それだけでしあわせすぎですぅ……はぅ、ふぁぁ、はっ、憲邇さまぁぅ……」


「まったく、自分からおねだりするなんていつの間にみゆは淫乱になったのかなっ。お仕置きだね、これが終わったら、明日もお仕置きだよっ」


「はっ、ご、ごめんなさいぃ、みゆ、はぁ、憲邇さまのおかげでいんらんになっちゃいましたぁ……ありがとぅ、ござぃますぅ、おしぉきがうれしいんです、いじめられたいんですぅ、うぁっ、ああ、う、はぁ……んん……っ」


 なにかが早鐘を打つのがうるさい。二人の愛し合う男女に聞こえそうで、早く止まって欲しい。


 淫靡、ですわ……


「ほら、のぞかれてるよ? みゆのえっちなの、誰かに見られてる」


 血の気が引きました。みゆさんの視線がこちらに来、思わず体をずらします。こ、このくらいなら、気付かれていないと思っていたのですが……


「だ、ぁっ、だれもいませんん……け、憲邇さまそういうこと、言うのひどっ、ひどいです」


「いたと思ったんだけどなぁ……ねぇ、それよりみゆ、今のでも膣がきゅうってなって、私のを締めつけてすごく気持ちよかったんだけど、どうしたのかな? まさか、見られてたら気持ちいいっておも」


「そんなわけないですぅ! びっ、びっくりしただけですっ、み、みゆはいんらんでへんたいかもしれませんけどっ、そこまでああっ!」


「ごめんね、私は興奮したんだ。見られるかもっていうのはすごく興奮する。だってみゆのえっちなところは、誰にも見せたくないからね」


「えぅぅ……憲邇さまぁ、大好きぃ、好き、好き好き好き好きぃ! 憲邇さまのケーキより甘い言葉が大好きですぅ!」


「私も好きだよ。ほらまた、こんな言葉一つできゅうってなるのはね、痴女っていうんだ。みゆももう、立派な痴女だね」


「はぃ、みゆはぁ、ちじょですぅ……はっ、はーっ、はー……あ、あっ、う、う……っ」


 言葉だけを聞き、艶やかな想像に耐えられなくなりまた、覗きました。少しずつ動きが早くなっているようでした。白い肌に汗が散り、髪を振り乱し顔がよじれていくように喘いでいます。本当に、本当に幸せそうな顔でした。幸せでたまらないと、歪んだ顔が表現しています。深町様の顔も同じとしか思えません。茶色の肌が力強く振動しているのに、それは激しくないのです。あの男よりなんと気遣いに溢れ、優しく、緩やかで、温かい。


 私、も、私も……


「みゆの
膣内(なか)気持ちいいよ」



「そんなことないですっ、あううっ、お母さんのほうが気持ちいいですっ」


「ああもう、みゆがかわいいから、抑えられないよ!」


「はっ、ぅぅ……っ……憲邇さま、カッコいいからっ、もっとしてほしいですぅっ!」


「好きだよみゆっ、大好きだっ!」


「みゆもぉ、あ、あ、ああっ、あああっ! 好きですぅ!」


 どんどんどんどん早くなっていきます。みゆさんの声がどんどん高く長くのぼっていきます。これは開いた扉のせいで家中に聞こえたかもしれない、と左右を見ると、


 紗絵子様がおりました。じっと部屋の中の情事を、見つめておりました。


「みゆっ、射精すよっ!」


「はいぃっ、ああっ、あああっ!」


 ……どく、どくと、本当に、白いものが……っ……みゆさんに注ぎ込まれていくのがわかりました。すぐに小さい彼女から溢れ出し、二人の繋がれたところが白い液体で染まっていきます。ああ、淫靡ですわ、淫靡で淫乱で淫猥な淫行ですわ。とても深町様のすることとは思えません。……いいえ、そんなことはありませんでした。淫らとはとても思えない、本当の愛の営みでしかなく……射精に応じて身体がびくつくみゆさんはとても、悦んでいるように思えます。深町様は言わずもがなでしょう。それをみゆさんを抱きしめることで表しているようです。


 私は七歳に負けているのですね……


 ぐったりと力尽きたみゆさんとともに、深町様も横になりました。……? ぬ、抜かないのでしょうか。そういうのもあるのでしょうか。


「たくさん汗かいたね。シャワー浴びたい?」


「は、はい……ふぅ」


「ダメだよ、みゆのえっちな匂い、感じてたいから」


「は、はい、みゆも憲邇さまのふわふわな匂い、感じてたいです」


「ふふ。今日激しかったかな? 疲れちゃった?」


「そ、そんなことないです」


「みゆ、嘘つきはキスしてあげないよ」


 ま、まあ、またなんていちゃいちゃしだすのでしょう。なんていい雰囲気なのでしょう。


「はぅ、つ、疲れましたけど、でも、平気です、平気なんです。もう痛いだけじゃないんです」


 どきりと、胸に一刺し。


「そっか。疲れたならもっとうまくやらないとね。頑張るよ」


「だ、大丈夫です、できます、憲邇さまのやりたいことしてください」


「うん、じゃあ、明日の私のお休みで平日、あるでしょ? その日みゆはまだ授業があるよね?」


「え、は、はい」


「じゃあ、その日は覚悟して行きなさい。みゆにひどいお仕置きしてあげるから」


「は、はぃ……が、学校、おやすみすればいいんですか?」


「ううん、学校で授業を受けながらできるひどいことがあるんだ。もしそれを我慢できたら、いっぱいえっちなことしてあげる。そうだね、夏休みに監禁はできたらやるのはもう決まったから、それとは別に三日、いや一週間連続でしてあげてもいいよ」


「そ、そんなのいいです。み、みゆはもっといんらんになっちゃいます。二日連続でも大変なくらいです」


「そう? わかった、じゃあたまには二回ぐらいやってみる?」


「む、無理ですぅ、そんなにしたら動けなくなります。それに憲邇さまはもう一日に二人も三人も女の子相手にしてますから、憲邇さまが疲れちゃいます」


 ま、まあ。そうだったのですね……ということは、あの大勢の女の子たちはみな、深町様の……


「あれ、よく気付いたね。すごいな、すけべだと思われたくないから隠してたのに」


「憲邇さまはすけべじゃないです。ちょっと、へんたいなだけで、あ、あと、えっちが上手なだけで、すけべじゃないです。たくさんいるから仕方ないんです」


「変態は否定しないけど、えっちは上手かな? みゆをもっと気持ちよくさせないとね」


「上手ですぅ。もう、憲邇さまはいつまでたっても認めないんですね。上手だからみゆはあんまり痛くないんです。あ、あの人たちにやられてたときはすっごく、痛かったんですから」


 あの人たち……? やられてたということはまさか、みゆさんも私のように本当に蹂躙されていたのでしょうか。


「そっか。ありがとう。みゆは痴女でも淫乱でもないんだよ、ちょっと変態チックなだけのみゆと、やっぱり二回したいな。みゆの身体をもっと味わいたい」


「えぅ、ううう……に、二回も、憲邇さまを満足させられないです、その前にみゆの身体がまいっちゃいますぅ」


「じゃあ一回、もっと長くゆっくりやろうか。みゆが疲れてきたらそこで休もう。挿れたままで私もどれだけ我慢できるか試そうか」


「は、はい……」


「嫌になるくらいキスしようね。指もたくさん舐めていいよ。みゆがその日、我慢できたらね」


「はいっ。楽しみです。憲邇さま、大好き」


「私も大好きだよ、みゆ」


「……」


 ああ、なんて、


 羨ましい。


 その後も二人はセックスの余韻の心地よいものに包まれて、その、いちゃいちゃを続けました。キスをして、抱きしめ合い、ころころとじゃれあいました。ああ、じゃれあう程度の『激しいの』でしたのね、あれが。


「忘れてたよ、今度は首輪の紐を買わないとね。それとネームプレート。みゆを引っぱって、躾けてあげないと」


「は、はい……み、みゆはぐずですから、憲邇さまのシツケが必要です……」


「頑張るよ。そうそう、みゆにはブログをつけてもらわないとね。今日のことから」


「ぶろぐ?」


「そう。インターネットに日記をつけてもらうよ。どんなえっちをしたかの日記をね。今日は遅いから、明日からお願いするよ。いいね?」


「は、はい……」


 いんたーねっと。お父様が口にしたのは覚えておりますが、私もよく知りませんでした。あとで調べておきましょう。


「そうだ、海に行こうか。みゆの水着、見たいな」


「えっ、あああ、無理ですよぅ、みゆ、今すっごく太っちゃってて、あ、あと一ヶ月待ってください」


「そんなに前言ったこと気にしてるの? ごめんね、みゆは成長しただけなのにあんなこと言っちゃって。いいかい、このくらいは太ったうちに入らないの。うだうだ言うな、ついてこい」


「……は、はぃ……」


 乱暴な言葉に身をよじらせていました。そうです、わ。それはそうです。あのように少しだけの強引を見せられるのなら、従いたくもなりましょう。当たり前のことです。深町様の普段と違う、よい違いなのですから。


「みゆ……好きだよ」


「みゆも、大好きです……あっ」


 ぎゅっと締め付けるものに少し、痛みを感じたのでしょうか。喘ぎとは違いました。


「ああ、ごめん、痛かった?」


「い、いえ……憲邇さま、今日ちょっとへんですよ?」


「……そんなことないよ。みゆのほうがかわいかっただけさ」


「も、もう、やめてください」


「本当だよ。みゆはかわいい。今日のみゆはとっても、かわいかった」


「憲邇さま……ううう、憲邇さまぁ、好き、好き、好き……好きです、大好きです、好きでごめんなさい、ごめんなさい、ごめ、んなさい……好きぃ……きらいに、お願い、ならない、で……」


「なるもんか。絶対に」


「……」


 私の胸が高鳴っていることは、もう否定しようがありませんでした。よほどこの場で従順な性奴隷にさせて下さいませと跪こうかとも思いましたが、今はあの二人を、愛し合ったあとの二人を邪魔したくはありませんでした。明日にしましょう。明日に私の、この淫らでしょうがない胸の内を明けて、愛奴とさせて頂きましょう。受け入れてくれるのか、このような年寄りの私を抱いて下さるのか、それだけが不安の対象でした。


 幼子を抱いていることにはもう、違和感を感じませんでした。


 隣にいる深町様のお母様は泣いていますが、どうにか説得できないでしょうか……


「……ひどいよ、ひどい……あんなちっちゃい子がよくて、どうして」


「紗絵子様、二人は」


「私がいけないの」


 私も憲邇くんとセックスしたい。


 泣き崩れて、その場にへたりこみました。


 その場の二人は嗚咽を繰り返す母親に、呆然としていました。
















































































 第二十一話あとがき的戯言




 
三日月(みかづき)まるる、以下作者「誤解のないよう言っておきますが、私はロリータコンプレックスを肯定しているわけでも、近親姦を肯定しているわけでもありません」



 八尋春花、以下春花「では近親相姦は肯定するのですか?」


 
眞鍋(まなべ)みゆ、以下みゆ「な、なんですか、それ」



 作者「こんばんは、三日月です。このたびは「らぶらぶ! 近親相姦だいす……ではなく、「ごめんなさい」第二十一話を読了くださりましてありがとうございます。今回は初登場の春花さんと、みゆさんに登場していただきました」


 春花「初めまして、八尋春花と申します」


 みゆ「こんばんは、みゆです」


 作者「ロリータコンプレックスの話や近親姦の話はここですることでもないので、一応先ほどのように肯定はしておりませんとだけ言っておきます。それともう一つ、これは私が言ってはいけないことですが言わせていただきます。春花さんに起こった出来事は陵辱です。それ以外のなにものでもありません」


 春花「……私もそう思いますわ。それより私は驚きの連続でしたの。ああ、これはみゆさんには言えませんわね」


 みゆ「え? あ、あの、さんづけはへんですよ」


 春花「あ、ああ、いえ、その、ですね……」


 作者「ではスリーサイズを」


 春花「言えません。他人に言うものではありませんわ」


 作者「言わないとみゆさんに教えますよ」


 春花「まあ、お父様と同じことを仰るのね」


 作者「すみません。えーとですね、男性は好きな女性のスリーサイズを知りたがるら」


 春花「上から
835485、アンダー62Eカップですわ。お、お尻が大きいので、深町様は気に入って下さるでしょうか……」


 作者「きっと気に入りますよ。教えておきますね」


 春花「是非、よろしくお願いします」


 みゆ「……あ、あの、どうしてみんな、そんなにすたいるいいんですか? 胸があって、腰がくびれてて、お尻が丸いの、なんでですか? それもすっごくすっごく美人ばっかりで、かわいい人ばっかりで……」


 春花「みゆさん、それはですね、女の子は恋をすると魔法にかかるのです。魔法にかかると、女らしくなり、胸が膨らみ、お尻に丸みを帯びて、腰が痩せていくのですわ。そして綺麗になっていくのです。皆様深町様にとびきりの恋をしておりますから、その魔法がとても強いのです。もちろん、皆様の不断の努力あってこそでもありますけれど」


 みゆ「ふだんってなんですか?」


 春花「ずっと続ける努力です。ですからみゆさんも、深町様のためにずっとずっとかわいくなろうと思いますでしょう? でしたら大丈夫です。みゆさんもすぐに大人のかわいらしい女性になりますわ」


 みゆ「は、はい……春花さんもいっぱい努力したんですね」


 春花「ええ。深町様に見初めてもらいたい一心で、これまで頑張って参りました。そうですわ、次回が楽しみなのです。作者様、早く書いて下さいませ」


 作者「はい、任せてください。いいですね、春花さん。なんというか、和みます。それでは今回はこの辺で。さようなら」


 春花「さようなら」


 みゆ「さようなら」




 
20090807 三日月まるる



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テーマ : 官能小説 - ジャンル : アダルト

2009/08/27 22:51 | 小説COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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